3 クラスメート


「とにかくスゲーんだよ、カーニヴァル・エンジンってやつは!」


 昼休み、頼朝のクラスで石野裕一は興奮ぎみに熱弁をふるっていた。


 石野は太った体に黒縁メガネ、いつも額に汗をかいていて、暇あるごとにズボンのポケットにつっこんだタオルを取り出しては顔を拭いている男だ。

 女の子にはモテないが、クラスではそこそこ尊敬をうける博識なやつである。特にゲームやアイドル、パソコンに詳しく、分からないことがあるとみんな石野裕一に教えてもらうといのうが、頼朝のクラスの基本だった。



 その石野が昼休み、周囲に集まったいつもの仲間相手に、『スター・カーニヴァル』がいかに素晴らしいか、について熱弁をふるっていた。


「とにかく、あの操縦感覚といい、カスタマイズ・バリエイションといい、既存のゲームとは一線を画しているよ。構築された世界観もリアルでディティールが細かいし、とにかくミッションが秀逸だね。この前おれが受けたミッションは、『ターミネイター討伐』ってやつなんだけど、これは人形館を裏切って反乱軍に寝返ったカーニヴァル・エンジンを討伐するってやつなんだ。カーニヴァル・エンジン対カーニヴァル・エンジンだぜ。燃えるなって方が無理だろう?」


「あれ? 人間同士戦うミッションなんてあるんだ?」そばにいた高橋ナオキが驚いた顔をする。


 ナオキも石野と一緒に『スター・カーニヴァル』の体験パックに参加しているのだ。



「おう、あるぜぇ」石野はにんまりと笑ってうなずく。一応「やっている」ナオキが驚いてくれたのが嬉しいらしい。


「シミュレーション・モードではカーニヴァル・エンジン同士の模擬戦ってのがあるんだけど、実戦で仲間同士が戦うことはないんだ。ただし、改造コード使用や不正アクセスをしている悪質なプレイヤーをオフィシャル側が自分で処理せず、『ターミネイター討伐』って形で他のプレイヤーに狩らせてくれるんだよ。やっぱ人間同士の戦いは燃えるよ。コンピュータみたいな決まった動きじゃないから、結構強いし、参加商品のパーツもレアな物ばっかだし、なんといっても撃墜できるカーニヴァル・エンジンのポイントがもの凄く高いんだ」



「へえ」ナオキはうらやましそうな声をあげた。「おれにもそのターミネイター討伐、まわってこないかなぁ」


「うーん、お前のレベルじゃ難しいんじゃないかな」石野は専門家の表情で腕を組んで考える。「基本的に改造データを駆使してるやつのカーニヴァル・エンジンの性能は高いからな。ある程度ランクの高い機体をもってるやつじゃないと、討伐隊に指名されないはずだよ。それに操縦技術も高くないとダメだしさ」


「やっぱ、あれって操縦むずかしいの?」横から古田が口をはさむ。


「そりゃそうさ」石野は快活に笑った。「身長18メートルの巨大ロボットだぜ。自動車や飛行機とはちがうんだ。最初なんか、立ち上がらせることもできないよ」


 前の方の席にいる頼朝は、ふと後ろを振り返って、自慢げな石野裕一の表情をうかがうと、教室の後ろでこちらを見ていた吉川真澄と目があって、あわてて前を向く。



「しかも宇宙空間では姿勢制御と反物質スラスターのコントロールまである。そっちはコックピットのプラグキャラでやるから、操作も複雑さ。慣れないうちは気が狂いそうになるぜ」


「うおー、すげー。うちも早く『ボイド宇宙』に接続しなきゃなー」古田が興奮して拳を振りまわす。


「今はサーバーメンテナンス前だから、大したミッションはないんだけど、次の戦場にいけば、要塞攻略とか惑星降下とかがあるらしいんだ。いま繋いでもせいぜい残敵掃討くらいしかないから、もう少しあとでも変わんないだろう。もっともおれは苺野芙海の新曲発表イベントに参加するから、今から繋いでるけどね」


「きのうやった掃討ミッションはけっこういい成績出したよな」ナオキは自慢げにいう。


「惑星カトゥーンに生き残った、爬虫類人類を掃討するやつ……」

 頼朝は、はっとナオキたちを振り返った。



 爬虫類人類? 惑星カトゥーンに住んでいるのは爬虫類人類ではない。おれたちとほぼ同じタイプの人類族だ。爬虫類人類なんかではない。それは人形館とカーニヴァル・エンジンの良心回路が見せた虚偽の映像であり、巧妙な詐術なのだ。



 石野、おまえたちは人形館にまんまと騙されて、遠い星で殺人行為を働いているんだぞ。無邪気に殺戮ゲームを楽しんでいるんだぞ。



「あんなやつらぶち殺しても面白くないよな」石野は大口をあけて笑った。「山に穴掘っただけのシェルターに隠れてやがるんだけど、カーニヴァル・エンジンなら山ごと吹き飛ばすこともできるし、天井ひっぺがしてあたふた逃げ出すやつら踏みつぶすのなんて、大したポイントにもならないし……」



 頼朝は全身がかっと熱くなるのを感じた。がたりとイスをはね飛ばして立ち上がり、声をあげて笑っている石野の席まで全力でダッシュすると、石野のワイシャツの襟首をネクタイごと摑んで、彼を思い切り殴りつけた。


 石野の巨体がイスから転げ落ち、後ろの机に頭をぶつけ、両手を広げた間抜けなかっこうで尻餅をつく。

 教室がしんと静まり返った。



「てめえ」石野がかっと顔を朱に染めて立ち上がり、頼朝の襟首をつかむと、ばちんと殴り返した。ぐらっと視界がゆれて斜めになる。


「やめろ!」野太い声が響き、数学担当教師の川井が割って入った。「おまえら、何やってんだ。早く席につけ。授業をはじめるぞ」

 川井は紅潮した顔で石野と頼朝を睨みつけた。


 石野はふて腐れたように舌うちすると席につく。


「おまえも席にもどれ、小笠原」

 川井は頼朝に向き直る。


 頼朝は唇を噛んで、回れ右をする。一瞬そばにいた吉川真澄と目が合ったが無視をした。席についても殴られた頬は熱い。口の中が切れているのが血の味でわかる。石野を殴った拳は、じんじんと熱をもっていた。


「では、授業をはじめるぞ」川井は宣言したあとで、「石野と小笠原は放課後、生徒指導室までこい」とつけ加えた。





 六時間目の授業が終わった。

 教科書をかたづけながら、どうしたもんだろうと考えていると、頼朝の机のよこに石野が立っていった。


「おい、いこうぜ、小笠原」


 頼朝はぎょっとしつつも、石野があまりに普通な調子で声をかけてきたので、「あ、はい」と答えて素直に彼のあとに従った。


 指導室のドアをノックして石野は「入ります」とドアをあけた。


 中では川井先生がパイプ椅子に腰かけて腕組みしていた。石野につづいて頼朝が指導室に入ってくると、「おう、きたな」と顔をあげる。



 川井に勧められて二人は用意されたパイプ椅子に腰掛ける。


「すみませんでした」最初に石野が謝る。


「すみません」頼朝が続いた。


「いやかまわん。二人とも、そこそこにしとけ。今日はこれだけだ。帰っていい」


「え?」石野が不服げに口を歪めた。「それだけですか? おれ、けっこう緊張してきたんすけど」


「小学生じゃあるまいし、すこし殴りあったくらいで説教でもないだろう。あとはお前らで勝手に話し合え」


「はあ、まあ、……じゃあ、そうしますが」石野はイスから腰を浮かせた。


「小笠原、手を出したのはお前の方か?」川井がたずねた。


「はい」頼朝は小さい声でこたえた。


「なにが原因だ? なにか理由があるんだろ?」


 川井の問いに石野もあげかけた腰をおろして頼朝を見る。

 頼朝はだまってうつむく以外なにもできない。


「おれも聞きたいな」石野が口をひらく。「おれ、なにかお前をあそこまで怒らせること、したっけか?」


「あ、……いや」



 どうしよう。スター・カーニヴァルのことを話すか? いやそれは、無理だ。説明して信じてもらえる話ではない。宇宙人がいて、そいつらが戦争していて、われわれ人類がまんまと騙されて操られている。

 そんな話をすれば、頭がおかしいと思われても仕方ない。


 が、かといって、他にうまい言い訳をこの場で思いつくほど、頼朝は器用ではない。


 仕方なくうつむいていると、石野が諦めたように、「ま、話したくないなら、いいけどな」と立ちあがった。


 川井もなんとなく納得したような顔で腰をあげ、「指導室のカギをかけるからお前らも早く出てゆけ」と帰宅をうながす。


 石野と頼朝は川井に挨拶して指導室を出て行った。




「小笠原んちってボイドに繋がってるんだろ?」


 しばらく無言で廊下を並んで歩いていた二人だが、石野がおもむろに口をひらいた。


「え? あ、うん」頼朝はうなずく。


「お前も来ない? 『スター・カーニヴァル』。結構おもしろいぜ。こんど苺野芙海の新曲発表イベントもあるし、運がいいと本人に会えるかもしれないんだ。つってもプラグキャラだけどさ」


「ええと、……ああいうのは苦手だから」まさかと言うかやはりと言うか、味方を何十機も撃墜してアカウント停止くらっているとは、言えない。


 が、自分があの世界でバリバリ戦っていたと知ったら、石野はどんな顔をするだろう。ユニーク機体のベルゼバブに乗っていたと知ったら、うらやましがるだろうか? そう、おれは初日に、ユニーク機体を手に入れ、ぶっつけ本番でそのベルゼバブを立ち上がらせたのだ。



「ほんと小笠原って、変わってるよな。アイドルとか興味ねえ?」


「あ、苺野芙海いちごのふうみ?」


「とかさ、『スプラッシュ』の華子とかさ」


撃墜スプラッシュ?」


「そう。かわいいと思わねえ?」


「あ、いや、思うけど、……よく知らないから。あ、苺野芙海って本名じゃないの?」


「ぷっ」と石野は吹き出した。「そんな本名ねえだろ」


「まあ、そうだけど……」


「芙海の本名は秘密なんだ。で、芸名として苺野芙海ってのを使っているらしいよ」


 さすがの頼朝も、苺野芙海の顔はテレビや雑誌で見て知っている。幻想的なくらい美しい少女で、笑うと不思議なあどけなさが表情に漂う。


「悪かったな」石野が急に謝った。「殴ったりして」


「え? いや、殴ったのは、こっちが先だから……。こっちこそ、ごめん」


「へ。てめえのパンチなんて効いてねえよ。だから気にすることないって」


「でも、ごめん」


「で、なんで殴ったんだよ」


「あの」頼朝は目をふせて静かに答えた。「おれには、おれの、大事なものがある。なにが正しく、なにが間違っているかを、おれはいつも自分で考えて判断してきたんだ。だから、その、今日のことも、おれが悪いとはわかってるけど、それでも、……どうしても譲れないものが、自分の中にあって、……だから、おれはおれの信念として、石野くんを、殴った」


 石野はしばらく沈黙した。


 頼朝はその沈黙に耐えきれず、おそるおそる石野の顔を見上げた。


「小笠原……」石野はふっと笑ってこたえた。「やっぱお前、変わってるわ」



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