第2話 接続停止
1 ジェロニモという男
ジェロニモと紹介されたパイロットは、「てへへ」と笑った。
彼は洗いすぎて色のすっかり落ちたジーンズに、よれよれのカッターシャツというかっこうだった。最近はこういった私服姿のやつが増えていて、宇宙艦内だというのにわざとパイロットスーツを着用していない。
髪はゆるくパーマのかかった茶髪。全体的に軽い感じで、足に履いているのは、擦り切れたバスケットシューズだった。
だが、彼のカッターシャツの右胸には、少将を示す階級章が光っていたし、その下には無造作にレッドバッヂがぶら下がっている。
「あんたが、ダブルソードのムサシさんかい? はじめまして、おれ、ジェロニモっていいます」
「どうもはじめまして」ムサシは小さく頭を下げる。
「ジェロニモはずっと第三艦隊にいたんだ」カシオペイアが説明する。「最近こっちに移ってきたばかりだから、お前も名前は知らないだろう」
第三艦隊ということはヨーロッパのサーバーだ。
「なんでもこっちにもの凄いプレイヤーキラーが出たらしいじゃんか。あんたさんはそれに遭遇したんだって?」
ジェロニモは出会って三十秒で相手を親友呼ばわりするタイプらしい。ま、ムサシもそういう手合いには慣れている。
「ああ、遭遇した。思いっきり撃墜されたがな」
「118機」ジェロニモは顎をさすりながら不適に笑った。「聞いた話じゃ、118機のカーニヴァル・エンジンを撃墜したらしいけど、どんな機体に乗ったどんな奴なんだ?」
ムサシは、えっ?という顔でカシオペイアを振り返る。相手は、難しい顔で、否否と首を横に振る。ジェロニモは、『スター・カーニヴァル』の真実を知らないという意味だ。
つまり、これがゲームだと信じてプレイしている、と。
「名前はヨリトモ。おれやカシオペイアは、むかしの『スカイ・ソルジャー』って戦闘機ゲームでやつと最初に知り合った。あのころは天才小学生と噂のプレイヤーだったが、そののちファントムっていう古い機体に強い思い入れをもっちまって、一線からは消えていったな。おれはちょっと前に、『エアリアル・コンバット』ってゲーム空間で顔を合わせていたんだが、そののち発売日初日に『スター・カーニヴァル』にやってきて、『惑星攻略』のミッション中に突然プレイヤーキラーとなった」
ムサシはふと口をつぐんだ。このジェロニモという男に伝えたくなったのだ。
──あの時ヨリトモが、自らの良心回路をぶち抜く姿は迫力だった、と。
「そいつのユニーク機体『ベルゼバブ』ってのは、いつから出てくるんだ?」ジェロニモは興味深そうにたずねる。「プレイヤーキラーになったのと、ユニーク機体を手に入れたことには、何か関連があるのか?」
「ああ、それはない」ムサシは即答した。「やつのベルゼバブは最初に出した機体なんだ」
「はあ?」ジェロニモは素っ頓狂な声で叫んだ。「最初からいきなり、出たのか? ユニークが? ははははは、そいつは驚いた」ジェロニモは楽しそうに笑った。「でもまあ、それもあるかもしれないな」
「どういうことだ?」ムサシはたずねる。
「うん? ああ、ユニーク機体ってのはな、あれは機体の方で乗り手を選ぶんだ。確率で出現するんじゃない。機体が絶対の確信をもって、自分のパイロットを選択するんだ」
「んな、バカな」ムサシはジェロニモの話を一笑に付した。
「いや、やつの言うとおりだぞ、ムサシ」カシオペイアが静かに肯定した。「ユニーク機体はそういう出現の仕方をする。これは本当だ。お前もヨリトモに関して、なにか思い当たる節はあるんじゃないのか?」
ムサシはぐっと次の言葉をのみこんだ。
やつはバカだが、特別なやつでもある。それは本当だ。
三人の間に、沈黙が流れる。
「で、カシオペイア」ジェロニモはふと口をひらいた。「苺野芙海に会ったんだろ? どうだった? やっぱ可愛いかった?」
「ん? ああ、まあな」カシオペイアは煮え切らない生返事をかえした。
「だれだって? 苺?」ムサシが問う。
「苺野芙海さ」ジェロニモが楽しそうにこたえる。「あ、やっぱムサシは日本人じゃないな。苺野芙海ってのは、日本のスーパー・アイドルさ。おれは彼女の新曲発表イベントのためにわざわざ、こっちの艦へ移動してきたんだからな」
「な、なんじゃとお?」ムサシは思わず立ち上がった。「ジェロニモ、おまえ、アイドルの新曲聞くためにこの艦隊に移動してきたのかっ!」
「そうだけど」ジェロニモはムサシの激しい反応におどろいて答えた。「なんか他の理由で来たとでもおもったのか?」
「い、いや」ムサシは少し口ごもる。「おれはてっきり118機のカーニヴァル・エンジンを屠ったベルゼバブに興味があるのかと……」
「え? いや、困ったな」ジェロニモは困惑して頭をかく。「いや、ベルゼバブに興味はあるぜ。ヨリトモってやつがいい腕してるのも認める。だが、まあ、118機のカーニヴァル・エンジンを撃墜するくらいなら、おれでも出来るかな、とも思う、けどね」
ふふっとジェロニモは不適な笑みを口元に漂わせた。
ムサシはじっと彼の目を見る。
本当だろうか? それともただの自信過剰? ジェロニモという名のプラグ・キャラの目の奥をのぞいて、ムサシは肩をすくめた。
……よくわからん。この男はよくわからない器の大きさがある。軽そうに見えて階級が少将ってのも、なにか理由があることなのだろう。
「ま、いっか」
ふっと笑ってムサシはこたえた。
あの日、アリシアはいった。
「無理強いはしないわ。よく考えて、もどってきて」
ヨリトモは笑った。
「なに言ってるんだよ、今さら。おれは君たちと戦うって決めたんだぜ。たとえ全宇宙を敵に回しても最後まで戦い抜くつもりさ」
「ヨリトモ」アリシアは諭すように首を横にふった。
「あたしも昔はただのプレイヤーだったから分かる。あんたにとってこれは結局はゲームだよ。ゲームに命かける必要はない。あんたにはあんたの惑星があって、そこにあんたの生活がある。あんたにとっては、これは所詮はゲームだよ」
「そんなことはない」
「だから無理するなって。無理して変な正義感や義務感から戦うことはないんだ。だってそうだろう? これは、遥か彼方、1万光年離れだ場所で繰り広げられる、領土争いだ。あんたには、まったく関係のない世界の話なんだ。そんな世界の紛争のために、学校休んだり、仕事やめたり、結婚あきらめたりできるか? ゲームのために、そこまで出来るのかい?」
「いや、だって」ヨリトモは信じられない思いでアリシアの目を見つめた。「君はここで命かけて戦うんだろ? なら、おれだって……」
「わかったわかった」アリシアは苦笑して年下の弟をなだめる様にヨリトモの頭をなでた。「よく分かってるよ。だから、あんたもよく考えてくれっていってるんだ。いいかい、ヨリトモ。もう何分もたたずにあんたのアクセスは停止される。あんたはあんたの惑星にある人形館のシンクロルを経由して母艦からカーニヴァル・エンジンへ、そしてクロノグラフから今のあんたの身体であるプラグキャラに接続されている」
ヨリトモはうなずいた。
ちょっと面白いのは、カーニヴァル・エンジンのシンクロル経由で接続しているプラグキャラから、カーニヴァル・エンジン自体をコントロールしていることだ。
「人形館はあんたをこの世界に接続できないように手を打ってくるが、それに対する対抗手段はちゃんとあたしにある。多少時間がかかるが、あたしにはあんたをもう一度この世界に呼び戻すための計画がすでに頭の中で出来上がっているんだ。ただ、あとになってあんたに、やっぱり嫌だとか言われると困るんだよ。だからあんた自身がよく考えてくれ。嫌なら嫌でそれは構わない。よく考えた上の『嫌』なら、それは熟考しないで『やる』と言われるのよりずっと良い。いいかい、あたしはあんたをこの世界に呼び戻す用意が整ったら連絡する。そのとき、やるかやらないか、きっちり返事してくれ。ここであんたが戦うことは、あんた自身にとって何のメリットもないことを覚えておいてくれ。とりあえず、あたしはこれから──」
そこでアリシアの言葉はぷつっと切れた。アリシアの声もベルゼバブのコックピットを照らしていた青いモニターの照り返しも、突然に消失していた。
かわりに部屋のワークステイションのハードディスクが立てる、カリカリという音だけが耳の中に響いていた。
頼朝ははっと目を見開いてベッドの上に身を起こした。一瞬ここがどこだか分からず周囲を見回す。
……ここは、おれの、部屋か? ワークステイションの液晶画面を見るとエラー表示があり、『ボイド宇宙』とのアクセスが強制的に解除されてしまったという警告が映っている。
やられた。人形館にエミュ空間から叩き出された。
強制切断によるデータの破損を確認するため、もう一度ボイドに繋いで、パーソナルスペースへ再接続してみる。
とりあえずプラグキャラとその他のデータは破損していない。が、さすがに『スターカーニヴァル』への接続は不能だった。
くそっ!
ヨリトモは机を握りこぶしでどんと叩いた。
あれから『スターカーニヴァル』の世界はどうなったんだろう? アリシアは無事なのか? そしてベルゼバブは?
ベルゼバブについては、いまだにコックピットに穴が開いたままのはずだ。その穴は背中まで突き通っているのだから、当然大規模な修理が必要だし、そのためのハンガーはどうする?
ビュートは一体どうしていよう? あいつ一人置き去りにしてしまって、寂しがってはいないだろうか?
いや、やはり、どう考えても、このままには出来ない。もう一度、絶対にあの空間にもどる必要がある。
頼朝はワークステイションの電源を切った。無線カスクをベッドの上に放り出し、窓をあけて庭を見下ろした。
時刻は深夜の三時ちょっと前。街は静まりかえり、空にかかる月が青い光を投げかけているのみ。
「しばらく、乗れないのか……」
頼朝はしずかにつぶやいた。
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