4 レッドバッヂ


「ひさしぶりだな、ムサシ」カシオペイアが差し出した右手を、ムサシは見つめる。


「どういった風の吹き回しだい?」ムサシはカシオペイアと一瞬だけ握手し、奥へずかずかと歩をすすめた。「お偉い将軍様がおれみたいな根無し草にどんな御用だよ?」


「おまえとは」カシオペイアはムサシのあとについて歩きながら、ゆっくりと口をひらいた。「長い付き合いだ。そう、『スカイ・ソルジャー』のころからのな」


「『スカイ・ソルジャー』って、おい」ムサシは堪えきれずに笑いだした。「ありゃあまだ脳波誘導で接続していたころのゲームじゃないか」


「あの頃は良かった。ゲームは娯楽で、人類の未来なんぞ心配せずにプレイできた」


「いまは、ちがうか」ムサシはシニカルに口の端を歪める。「人類の行く末をおれたちの戦果が左右するってか」


「そうだ。だというのに、邪魔するバカなプレイヤーがたまにいる。しかも『スカイ・ソルジャー』では天才小学生と謳われたほどのプレイヤーが、だ」


「ヨリトモのことか」


「そうだ。あいつがここに来たときは正直かなり焦った。しかも初っ端からユニーク機体にのってやがった」


「あはははははは」ムサシは笑い出した。たしかにそうだ。彼自身、ヨリトモがユニーク機体をいきなり引き出した瞬間に立ち会ったのだ。


「で、ヨリトモのことなんだが」


「なにも心配ないだろう」ムサシは壁一面が窓になったリビングから、外に広がる果てしない星の海をながめた。「ヨリトモのやつはアカウント停止をくらって、もう二度とここに戻ってくることはないさ」


 今度はカシオペイアが吹き出した。

「まさかお前、ほんとうにそう思ってるわけじゃないだろうな? おれの全機体を賭けてもいい。やつはもどってくるね」


「ちっ」ムサシは舌打ちした。「もどってこない方に賭けない?」


「賭けない」カシオペイアはふと真剣な表情をみせた。「で、意見が合ったところで本題に入らせてもらいたいんだが、いいかな?」


「え、今のが本題じゃねえのか?」


「やつはもどってくる」カシオペイアは静かに語り出した。「そしていまもどこかで、ベルゼバブは持ち主の帰りを待っているはずだ」


「ふむ」


「しかし前回のおれとの戦闘でベルゼバブはかなり大きな破損を与えられているはず。となるとどこかで修理をしているはずなんだ。、その場所をおまえに突き止めてもらいたいんだ」


「ああ、発進まえにぶっ壊そうと、そういう計画ね」ムサシはわざとらしくうなずいた。


「そうなるな」カシオペイアは苦笑した。「あのとき良心回路が破損して、おまえも聞いていたはずだ。これは……、いまおれたちがやっているこれは、ゲームなんかじゃない。遠い世界のリアルな戦争行為だ。ムサシ、そうと知ってもおまえは、おれたちとともに人形館の尖兵として罪もない知的生命体を抹殺することに加担できるか?」


「おまえこそ、聞いてたんじゃねえの? おれがベッドに横たわっているだけの存在だってこと。病人ってのは退屈でね。寝ている以外やることがねえ。殺すんならとっとと殺してくれて構わないんだが、いろいろ事情があってね。周囲の利害によっておれは無理矢理生かされている、不本意ながらね。おれは、うーん、そうだな、ゆーなれば、全ての知的生命体に復讐したい気分なんだよ。もっとも、あと何年生きられるか分からない身体だがね。そんな奴でよければ、協力するぜ」



「そうか」カシオペイアは小さくうなずいた。「おれは逆だ。あのときヨリトモに言ったとおり、ここで戦果をあげることが人類を救うことになると信じている。おれはおれで周囲の人を守るのに精一杯なんだ。負けるわけにはいかないんだよ。いろいろ考えてここで勝ち続けることが最良の選択だと思っている。できることならベルゼバブは、戦場で、一対一で倒したい。一度撃墜されているから、おれのプライドのためにも、一騎打ちで決着つけたいところだが、再び負けるリスクは冒せない。少しでもイージーに、味方の被害を抑えて倒せるのなら、それに越したことはないと考えているんだ」



「ふうん、なるほどね」

 ムサシはちょっと考えるように天井を仰いだ。

「で、ベルゼバブの所在に関する情報は?」


「やつらは、あのあと第六艦隊に合流し、旗艦ユリシーズ──つまりこの艦だな──に侵入し、格納されている快速艇を奪取して逃走した。その後の航跡は追えていない」


 快速艇というと小さいものに聞こえるが、実際にはカーニヴァル・エンジンを三機搭載できる戦術攻撃型の長距離艦であり、ちょっとした空母のかわりになる代物だ。超光速飛行の能力もある。


「快速艇? ということは今現在、ヨリトモはベルゼバブと快速艇を所有していることになるのか」

「そうだな」カシオペイアはうなずいた。「あと、あのアリシアという女も一緒だろう。とはいえ、ヨリトモはアクセス権を失っているから、ここにはいない。実際にはあのアリシアという惑星カトゥーンの女、ただ一人だな」



「とすると、最悪、やつらは快速艇のハンガーでベルゼバブを修理して、快速艇のリニア・ドライブで遥かかなたへ逃走している可能性もあるわけだ」


「ああ」カシオペイアはさらにうなずく。「ただ、こちらの記録機ではリニア・ドライブの反応は確認されていない」


「ふうん」ムサシは顎をかいた。「じゃあ、あいつら、まだ遠くには逃げていないってことか。でもなぜだ?」



「わからないな」カシオペイアは興味なさそうに首を振る。「理由なんて考えても仕方ない。事実だけが、敵を追い詰める手段だ。逃げる当てがないのかも知れないし、あるいは航跡を辿られて星間同盟の拠点が露見するのを恐れているか、もしくは他に何か理由があるか」



 カシオペイアは軍服のポケットから赤いパイロットバッヂを取り出した。

「レッドバッヂか?」ムサシは少しおどろいて、レッドバッヂとカシオペイアの顔を交互に見た。






 ムサシも、噂でしか聞いたことが無かった。


 レッドバッヂというアイテムがあり、それを所持していると、すべてのロックを解除できるというのだ。

 すべてのハンガーを持ち主の承認なしに開くことができ、すべての艦船のすべての扉を開くことが出来る。

 すべてのロックに無限の認証権を与えられた完全なるマスターキーで、たとえばの話、これがあればムサシは、カシオペイアのキャビンにいつでも勝手に入室することができるし、カシオペイアのハンガーに行って、彼の乗機に勝手に乗り込むことすら可能なのだ。


「こんなものを……」


「それと人形館の方からムサシ、おまえへカーニヴァル・エンジンが一機プレゼントされた。機体がなければ、戦えないだろう?」


「豪勢だな」


「人形館も事態を重く見ているんだろうさ」


 インターフォンが鳴った。カシオペイアがクロノグラフで訪問者を確認し、ロックを外す。

 ドアが開き、一人の男が部屋に入ってきた。


「よお」大して身体の大きくない男は、軽い感じのあいさつをして、カシオペイアが腰を下ろすソファの隣に身を沈めた。


「こいつはジェロニモ。こっちはムサシ」カシオペイアは簡単に互いを紹介した。「二人にはベルゼバブ捜索で協力してもらおうと思っている」


「どうも」ジェロニモはちいさく頭を下げると、「てへへ」と笑った。




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