3 苺野芙海の来訪


 『スター・カーニヴァル』の世界では、戦績によってポイントが溜まり、それに応じて階級もあがる。階級があがると、それなりに待遇もよくなり、中尉からは個室キャビンがもらえる。


 カシオペイアは少将であるので、その個室も大きい。彼は第六艦隊司令という立場であるので、そのキャビンは第六艦隊旗艦ユリシーズの後方。本来軍艦の艦長室がある位置にあった。

 しかも、無意味に豪華。

 いわゆる続き部屋で、まるでホテルの最上階にあるようなスイートルームのようだった。


 ソファーセットのある部屋とテーブルセットのある部屋がつづいており、その他にベッドルームとシャワールーム、全天窓のジャグジー、ウォークインクローゼットまである。

 クローゼットにしまう荷物はないし、プラグキャラでシャワー浴びても仕方ないので、この豪華な部屋の機能の半分も使っていないことになるが。


 現在第六艦隊は、惑星カトゥーンの攻略を終えて、移動準備中。超光速飛行リニア・ドライブの軌道計算に入っている。

 リニア・ドライブ中はどうしてもシンクロル通信が乱れるため、地球のプレイヤーたちには、サーバーメンテナンスと称してアクセスを制限してもらうことになる。その前後でどうしてもアクセス数が減るため、プレイヤー離れを防ぐ目的で、『スター・カーニヴァル』の運営はあの手この手でプレイヤーたちを楽しませようと画策してくる。


 今回の目玉は、苺野芙海の新曲発表。

 芸能人の生ライブを、第六艦隊で開催する予定なのだ。


 日程としては、サーバーメンテナンス終了の翌日。夜7時からの苺野芙海単独ライブ。

 あとはエキジビションとして、彼女の操縦するカーニヴァル・エンジンとの模擬空戦。そののち、旗艦ユリシーズのホールで握手会という企画もあるらしい。


 ライブに関しては、宇宙空間に芙海のホログラム映像を投映しようということでだいたい決定しており、それを見学するためには宇宙艦の画面か、あるいはカーニヴァル・エンジンで出撃しての観覧ということになる。

 当然ボイド空間内の映像なので、外に転送することはできず、ライブを見たいなら『スター・カーニヴァル』に登録するしかない。そのための、『体験パック』というものが用意されていた。


 運営側の話では、現在はサーバーも増強されて、ハンガーにも余裕があるということ。事実、撃沈された六番艦は新造艦が就役してきているし、緊急増強の戦力として『死神部隊』の十三番艦のあとに、十四、十五番艦があらたに加わっている。


 宇宙空間に苺野芙海のホログラムを投影するというのだが、実際に投映するのは無理なので、起動しているカーニヴァル・エンジン全機に視覚映像データとして伝送する方式が取られるようである。ただ、これは結構シンクロル通信リンクに負荷がかかるはずであり、これを防止するために全プレイヤーに行動の規制をする必要があるとのことだった。




「実際にホログラムを飛ばすんじゃなくて、映像データをカーニヴァル・エンジンの映像パネルに、まるで見えているように投映する方式で放送するんですね」


 打ち合わせでマネージャー二人とともにカシオペイアのキャビンを訪ねてきた苺野芙海は、説明する運営側のディレクターに確認をとった。

 つい先ほどのことである。


 カシオペイアを含め、ここは旗艦ユリシーズの艦内であるのだから、当然全員がプラグキャラによりボイド宇宙へ接続してきていることになる。


 芸能人である苺野芙海のプラグキャラを操作しているのが本人かどうかは不明だが、彼女の容貌にはプロテクトがきっちりかかり、本人認証を示すクリスタルの指輪も嵌めているので、まず間違いなく当人だろうとカシオペイアは推測した。


 が、とにかく迷惑な話である。

 適当な場所がないからということで、この手のミーティングをカシオペイアのキャビンで行うというのだから。

 彼には彼の予定があり、これから人と会わねばならないのだし。



「いやー、立体映像を宇宙空間に投影したりしたら、下の方に回られてスカートの中、覗かれちゃうかと思って、ちょっとドキリとしちゃいましたよ」


 苺野芙海はリラックスした様子でカシオペイアのソファーに深く収まっている。見る者をぞっとさせるほど整った美貌で、大真面目に冗談を言ってきた。

 ミニスカートから剥きだしの長い脚を組んで、つま先にひっかけたヒールをぶらぶらさせている。


 ディレクターが、カシオペイアを芙海に紹介した。

「苺野さん、こちらが今回あなたにカーニヴァル・エンジンの操縦を指導します有名プレイヤーのカシオペイアくんです」


「どうも」

 カシオペイアは無愛想に一礼した。


 芙海は、へえーっという顔で興味津々にカシオペイアのことを見上げると、ふいに立ち上がり、丁寧に一礼してきた。

「よろしくお願いします。苺野芙海です」



 芸能人にあまり詳しくないカシオペイアでも、さすがに苺野芙海は知っている。

 本職はモデル。

 ただし、両親が歌手とバレリーナであるため、子供の子から歌とダンスの才能を発揮し、現在は主にシンガーとして活躍しているが、そのバレエを基礎とするダンスがプロ級であるため、美しく歌って、激しく踊るという、極めてハイレベルなパフォーマンスを披露するアーティストという位置づけが正確なところだ。



「あたしのこと、知ってます?」顔をあげた芙海は、天使のような笑顔で小首を傾げる。


「はい」可愛いと思ったが、失礼にあたると思って無表情を維持するカシオペイア。「たしか、モデルの方ですよね」


「いいえ」大きな目で見上げながら、芙海は細かく首を横に振った。「アイドルです」


「え?」カシオペイアは思わず声をあげた。「そうなんですか?」


「あたしは、そのつもり! なんですけどね」

 ぺろりと舌を出した。


 なんか、喰えない女である。油断できない。

 そもそも、あんなに歌が上手くて、あんなに踊れるアイドルなんていない。カテゴリーがちがうのだ。



「申し訳ありません、カシオペイア少将」芙海のマネージャーがタブレット端末を見ながら、言いにくそうに顔をしかめる。「このあとのスケジュールが押してまして。芙海のカーニヴァル・エンジン操縦教習に取れる時間が、20分しかありません」


 カシオペイアは小さく嘆息する。

「20分では、立ち上がらせることが出来るかどうかといったところですね」


「あら、立ち上がらせるくらい、簡単じゃないの?」

 芙海が無邪気な笑顔をみせる。


「いいえ、まずは寝た状態で、手だけ足だけのコントロールからやります。いきなり立ち上がらせるなんてことは、わたしでも出来ないでしょう」


「ほんとうに?」芙海がその目に、いたずらっぽい光を湛えた。「もし出来たらどうします?」


 カシオペイアは、彼女の、深い湖のような瞳をのぞき込む。視界のすみで彼女の両手がかすかに、だが同時に動いたのに気づく。


「ご冗談を」カシオペイアは吹き出した。「苺野芙海さん、あなた、カーニヴァル・エンジンに乗ったことがありますね。ちがいますか?」



「ええー」心底残念そうな顔して、芙海が口をとがらせる。「なんでバレました? はいっ、乗ったことあります。こう見えてあたし、ゲームとか結構やるんですよ。『ドラゴン・ハンター』なんかでは、結構強かったんですから。まあ、さすがにこのプラグキャラではアクセスしてなかったから、みんな知らないでしょうけど」



「いえ、すみません」カシオペイアは小さく頭を下げる。「両手が同時に動いたんで、双操縦桿ツイン・スティックを握ったことがあるなと思ったんですよ。親指がシフター、人差し指がトリガーにかかる形になっていた。結構やってるんですか?」


「ええ」すこし自慢げに芙海は大きくうなずく。良い笑顔だ。相当好きらしい。



 だが、おそらくは複数アカウント。人形館はそれを嫌っている。ひとりのパイロットに複数のハンガーや、複数のパイロット用テロートマトンを与えても、出撃する回数が倍になる訳でもないからだ。兵器・資材の無駄になる。

 よって、『スター・カーニヴァル』は、ひとつのボイドIDでひとつのパイロット認証。ただし、プラグキャラ削除があるので、それはいくらでも変更が利く。容姿の書き換え反映には時間がかかるが。



 ただし、苺野芙海みたいな芸能人や、警察官のような職業の人間には『ボイド宇宙』を運営するスペース・ボイド社から、特別に公的アカウントと私的アカウントが与えられる。こういった一部のVRセレブは、『スター・カーニヴァル』でも複数のアカウントでアクセスできるという特権が与えられる。

 もっとも、そうでもしないと、苺野芙海みたいな有名人は、おちおちボイドに繋ぐことはできないのだから仕方ない。



 芙海はディレクターから、与えられた将官専用ハンガーと、特殊機体の説明を聞くと、とたんに不機嫌になった。

 運営側から与えられたのは、最強機体と評価されている『フェンリル』の上位機種『フェンリル・ゼロ』であり、ヘルプウィザードには超レアな『ルル・ニャン』がロードされていると聞いて、なぜかさらに不機嫌になった。



 なにか別に欲しい機体があったのか?とカシオペイアがそっと尋ねたが、無視された。


 とにかく、専用ハンガーに移動し、慣れていると自称しているので、普通に出撃してもらって、艦外で合流した。

 他のプレイヤーに気づかれないよう注意しながら、空間機動マニューバーのレクチャーを実質10分ほど行う。


 天才的なダンスの才能を持つ苺野芙海は、運動神経抜群だという噂だったが、カーニヴァル・エンジンの操縦に関しては凡庸。いや、どちらかというと下手だといっても過言ではなかった。もしくは、気分が乗らないのか。


 とにかく、カシオペイアは当たり障りのない評論をして、簡単なアドバイスを与えた。基本的な定常円旋回の練習と、あとは操作が荒いのでもう少し丁寧に、とそんなことを伝えて終わりにした。



 芙海はそのまま、その場でログアウトしてゆき、白銀のフェンリル・ゼロはオートパイロットで帰艦することになる。


 カシオペイアはプロデューサーに挨拶して、帰艦。自身のキャビンに急いでもどった。



 部屋に入り、時刻を確認したちょうどその時、インターフォンが鳴る。

 時間に正確な来訪だ。


 カシオペイアはドアまでいって、扉を開く。

 外にいたのは、長い髪を後ろで縛り、片目には刀の鍔の眼帯をつけた細身の男。


 ムサシであった。



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