第1話 ベルゼバブ破壊命令
1 真澄の電話番号
「小笠原くんってさ、たしか『ボイド空間』に繋いだりしてるんだよね?」
帰り際、となりの席の吉川真澄に、ふいに訊ねられて、小笠原頼朝はあたふたした。ものすごい速度で頭の中を、解答の選択肢が駆け巡る。
なんで吉川さんがそんなこと知っているんだ?
『スターカーニヴァル』をおれがやっていたとか、そんなこと言ったことあったっけ?
あるいは、どこかの『ショップ空間』で姿を見られたか? いやそれはない。おれは『お買い物』なんてしないのだ。
「は? ……えーと、そんな話したことあったっけ?」われながら露骨なとぼけ方である。
「ほら、ずいぶん前に、アリスにボイド空間でどうとか言ってなかった?」
「え?」頼朝は自分の顔から血の気が引くのを感じた。いつの話だか、さっぱり分からない。そんな会話、アリスとしたっけ?
「うちも契約して、安い有線カスク買ったのよ。家族と共用だから、あんまり繋げないんだけど、ちょっと行ってみたらVRって凄くて。小笠原くんもプラグキャラ持っているんなら、いろいろ教えてもらおうかと思って」
「へえ、吉川さんもプラグキャラ作ったんだ」言ってしまってから、しまったと思った。ついつい喰いついてしまう自分が恨めしい。「ファーストだけ?」
「ファースト?」
吉川真澄が首をかしげる。銀縁眼鏡の奥の目が大きくて、あんがい可愛いと、今初めて気づく。
「ほら、最初のプラグキャラだと、顔貌とか指紋とか、個人認証データが山ほど入ってるでしょ。だから、ちょっとした遊びでゲーム空間なんかを廻るときは、みんなゲーム用の匿名性の高いゲーム用キャラを使うんだ。無料で一体までは作れるし、すごく簡単だから利用するといいよ」
「え? そうなの? そんなの初めて知った」真澄はぱっと顔を輝かせた。「じゃあ、さっそく作ってみる。それで、ゲーム空間の『スターカーニヴァル』に行って見ようかな。小笠原くんは『スターカーニヴァル』はやったことある?」
「えっ!」
ものすごい質問が来た。
ある。やったことある。が、しかし……。
「いや、知らないな、なにそれ」
「もう、ふざけないでよ、『スターカーニヴァル』よ、『スターカーニヴァル』!」ぱん!と肩を叩かれた。
「えーと」そーだ、冷静になれ、おれ。『スターカーニヴァル』はいまテレビでもCMを流している有名なゲーム空間なのだ。ボイド宇宙に接続してプラグキャラをもっている人間が、知らないわけがないのだ。ここは話を合わせよう。
「あ、『スターカーニヴァル』ね、『スター・カーニヴァル』! はいはい、もちろん知ってますよ」
「あれって、面白そうだよね」真澄が目を輝かせて頼朝のことを見つめてくる。
たしかにテレビやネットのCMでは、美しい星空を背景に、ド派手な噴射炎を噴き上げて宇宙空間を疾駆するカーニヴァル・エンジンの映像が流れている。そしてキャッチコピーは「この世界は実在します、ボイドの宇宙に」というものだ。
最近プラグキャラを作ってボイド宇宙に接続した経験のある吉川真澄が、興味をそそられるのも無理はない。あの仮想現実の世界は、初めて体験する人には、あまりにも刺激が強い。だから、「あれ、面白そうだね」と無邪気に思うのも仕方のないことだろう。
だが、あれは、ゲームではない。
遙か一万光年の彼方で繰り広げられている、現実の戦争行為なのだ。おれたち地球人がカーニヴァル・エンジンを操縦して、ゲームだとおもって破壊している惑星の都市は、実際に存在する現実の惑星であり都市である。高度で邪悪な知性体『人形館』に
「いや、けっこう難しいんじゃないのかな?」
頼朝には、そう言うしかない。
まさか、「一緒に行ってみようか?」とは言えない。吉川さんを、それが殺戮行為であると知っていて、あのゲームに誘うわけにはいかなかった。いや、それどころか、プレイ自体をなんとか止めたいと、考えていた。
「小笠原くんは、やったことあるの?」
「いや、ないよ」
とぼけた。まさかバリバリやってましたというわけにはいかない。
ああ、でも、あれが本当にゲームで、吉川さんあたりと一緒にプレイすることが出来たら、どんなに楽しいだろう。
リアルな宇宙艦と星空。巨大なカーニヴァル・エンジン。あの鋼鉄の巨神と一体化して、宇宙を自由に駆ける爽快感。
頼朝は、『スターカーニヴァル』に接続した初日に、最高レアのユニーク機体を手に入れて、それをぶっつけ本番で出撃させ、結果的に二階級特進まで果たした。
もっとも、そのあと、味方を殺し過ぎて、アカウント剥奪されてしまい、現在はアクセス不可なのである。……などという話をできるはずもない。
「でもさ、こんどの
体験パックだって? 頼朝は唇を歪める。人形館のやつ、あの手この手で地球人を誘い込んできやがる。
「あれ? 石野くんって、苺野芙海のファンだっけ?」
チャンスを捉えて、頼朝は、すかさず話題をそらした。
「最近なったらしいよ」
「苺野芙海って、歌手だよね」よく分からない芸能ネタだが、とりあえず振ってみる頼朝。
「あ、本業はモデルなんだよ。可愛いもんね、顔とかちっちゃくて」真澄は目尻を下げてにっこり笑う。「で、噂ではお父さんがテノール歌手かなにかで、お母さんがバレリーナらしいよ。だから、ダンスがあんなに凄いんだろうね。歌も上手いし。両親から受け継いだ遺伝子からして違うんだろうな。ああいうの天才っていうのかなぁ? あの才能の一部でいいから、分けてもらいたいよ。小顔だけでいいから」
いいながら、真澄はカバンから赤い手帳をとりだし、挟んであったカードを頼朝に渡す。
受け取ってしまってから、紙面を見て頼朝は、「は?」と口をあんぐり開け、真澄を見返す。
銀縁の眼鏡の奥で、大きな目が笑っている。
カードには、彼女の電話番号が書いてあった。
「きょうは、ボイド宇宙に繋ぐの?」
尋ねられて、しどろもどろになってしまう。
「わかんないな」
首をすくめて頼朝は答えた。
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