カーニヴァル・エンジン戦記2「ストロベリー・アタック!」

雲江斬太

プロローグ

0 バーサーカー

 

彩音あやねぇ、カラオケいこうよぉ」


 美咲が袖をひっぱってだだっ子のように甘えた声を出すが、綾音は「いかない」と冷たくあしらってカバンを肩にかけた。


「もう、なんでさー」子供のヒステリーみたいに声を裏返らせて叫ぶ美咲。「あんたをつれてくって翔英の男子たちと約束しちゃったんだからさぁ。ねえお願いー、きてよぉ」


「美咲が勝手に約束したことでしょ? あたしは知らないわよ」

 手を合わせて拝む美咲をちょっとにらんで綾音は口をとがらせる。


「でもさ、翔英サッカー部の堂本くんと藤森くんもくるんだよ」

「だれよ、それ。知らないもん」

「会いたいって言ってるんだよ、綾音に」美咲は興奮して綾音の両袖をつかむ。「あんた付き合ってる人いないんでしょ? 会うだけ会ってみなよ。二人ともそんじょそこらの芸能人なんかよりずっとカッコいいんだから」


 目をきらきら輝かせて他校の男子の話をする美咲を見て、なにか綾音は相容れないものを感じ、視線をそらした。


「ごめん。興味ないわ」

「なんでよ、男子に興味ないわけじゃないんでしょ?」

「いまちょっと、ほかに会いたい人がいるから」

「なにそれ? 好きな人いるの?」

「いいじゃない。そんなこと、どうでも」

 ぱっと顔が赤くなるのを感じて綾音はしまったと思ったが、もう遅い。


「教えなさいよ」美咲は綾音の袖をつかむ。「だれよ、それ? どこの人?」


 綾音たちが通う学校は若い男子教師のいない女子高だから、男といえばすべて学校外の存在ということになる。どこでどういう風に知り合ったか?ということが、どんな感じの人か?よりも重要視される。


「いいじゃないの、もう!」


 綾音は美咲の腕をふりはらって走り出した。階段を駆け下りて、自転車置き場まで一気に走りぬけてしまう。全力疾走したせいか、興奮のためか、彼女の息はすっかりあがってしまった。運動は苦手だから、普段走ったりはしないのだ。ぶるぶる手が震えて自転車のカギをなかなか外せない。


 今日は彼……、くるだろうか?

 何日も会えない日が続いて少しイライラしているのかも知れない。それ以上に会いたい気持ちがどんどん強くなってゆく自分に、綾音は戸惑っていた。


 ぼうっとした気持ちのまま家に帰り、制服のままベッドに倒れこむ。

 羽毛枕に顔をうずめたまま、手を伸ばしてごそごそと有線カスクを頭にかぶる。リモコンでパソコンを起動し、綾音は『ボイド宇宙』に接続した。


 ゲーム用のプラグインキャラクターのうち、ヒゲ面親父のナスタフではなく、昔使っていた方のアヤネを選ぶ。


 「アヤネ」は以前ゲーム空間でストーカー被害にあったことがあるので、一時期使用を控えていたキャラなのだが、『スターカーニヴァル』で使っていたナスタフは前回の惑星攻略で、戦死によるプラグキャラ削除を受けてしまい、ID剥奪。よって、現在はほぼ素顔のアヤネでアクセスしている。


 ただし髪型だけは本人と変えてあり、ショートカットのボブ。今日はお気に入りの珊瑚の髪飾りとパステルカラーのジャンパー、タイトな膝上のミニでいくことにする。ちょっと珍しいオカリナ型のツールでアドレスを入力して、オプションでパイロットスーツ解除は昨日入れてあるから、本日にはもう反映されていると思う。たぶん今日からはゴワゴワしたパイロットスーツではなく、私服で行くことが出来る。



 移動ボタンを押すと彼女の周囲で現実が揺らぎ、すぐに再構築された。


 気密扉をひらくと、そこは星の海、「スター・カーニヴァル」の世界だった。


 三段ぶちぬきのフロアと全天ガラス張りの天井。

 遠くに見える高層ビルのような宇宙母艦ヒパパテプス級の艦橋。大小遠近様ざまな星が10億年単位で爆発する花火のように夜空を覆っている。左方にはまだ赤茶けた惑星カトゥーンが大きく見え、恒星からの反射光でフロアの床をオレンジ色に染めている。

 つぎのサーバーメンテナンスまで景色はこのままらしい。



 アヤネはまず自分のハンガーがある八番艦に出現し、そこから自機に搭乗して十三番艦ゲルハルト級までフルクラムで移動した。

 新機体のフルクラムは、前回プラグキャラ削除まえに溜めたポイントが残っていたため、新たに購入した機体。これは要塞攻略のときに得たポイントだ。

 プラグキャラは削除されたが、アクセス権自体は喪失しない。新たなプラグキャラでアクセスするのはいいが、あのときのフレンド登録が消えていて、小隊長とあの太った女のキャラの名前は消えていた。ただナスタフで撮影したスクリーンショットにのIDプロフィールの画像が残っていて、そのデータはなんとか復旧できた。



 ビジターハンガーにフルクラムを駐機し、番号をたよりに彼のハンガーまで歩く。


 第六艦隊十三番艦ゲルハルト級、別名『死神部隊』。第7デッキ、第66ハンガー。オカリナ型ツールのメモ欄にきちんと保存されているから間違いない。


 自走路とキャットウォークを乗り継いでやっと到達したハンガーは、しかしというか、やはりというか、空っぽだった。今現在留守というのではない。このハンガーを使用しているプレイヤーが存在しないのだ。


 彼女は肩を落として嘆息した。……やはりいない。というより、存在しない。


「なんだ、あんた? ヨリトモの友達か?」

 背後から声をかけられ、びっくりしてアヤネは振り返った。


 そこに立っていたのは、長い髪を頭の後ろでちょんまげみたいに結んだ隻眼の男だった。


「あの、どうも」アヤネはしどろもどろに挨拶した。やはり相手が男の人だと緊張してしまう。


「へっ、ヨリトモのやつ、また可愛いガールフレンド待たせてやがるな、あんたもエアリアル・コンバットから?」


「あ、いえ、あたしは……」アヤネはうつむいた。相手の男はかなりの長身で、アクセサリーとして背中に日本刀を背負っている。片目を覆う眼帯はなぜか刀の鍔。どうみても変な人である。


「残念だけど、まっても無駄だぜ」男はつかつかとハンガーの操作卓に歩み寄るとキーボードの上に尻をのせた。「あいつはもう来ないよ」


「え? それどういうことですか?」アヤネは驚いて顔をあげた。


「おれはムサシ。ダブルソードのムサシっていえば分かるかな?」


「いえ」アヤネは首を横にふった。「ごめんなさい、あたしここは初心者で……。あたしは、アヤネ、です」


「あっそ」ムサシは腕を組んで肩をすくめた。『アヤネ』に対する『あっそ』なのか、アヤネが彼を知らないことに対する『あっそ』なのか判別できない。


「この前の惑星制圧で、ものすごいプレイヤーキラーが出現した話、あんた知ってるかい?」


「え?」ムサシにたずねられてアヤネはうなずいた。「それなら知ってます。狂戦士バーサーカーですよね。あたしはあの時近くにいたんですけど、地図の見方がよくわからなくて戦列に間に合わなくて無事でしたが、なにか100機ちかい味方を殺した人がいたらしいですね」


「ああ」ムサシはすごく普通の調子で肯定した。「それがヨリトモさ」


「はい?」アヤネは首をかしげた。「どれがヨリトモさん?」


「たった一機で300機のカーニヴァル・エンジンを相手にし、さらにカシオペイア将軍を含めた味方100機以上を撃墜したプレイヤーキラー。いや今じゃあいつに関してはバーサーカーと呼ばれているらしいが、それがヨリトモとやつの愛機ベルゼバブだよ」


「そんな。そんなバカなこと……」ありません、と否定しかけて、アヤネは逆にたずねた。「本当なんですか?」


「嘘じゃねえ」ムサシはにやりと笑った。「やつはやりすぎてオフィシャル側から無期限のアクセス禁止をくらい、やつの機体ナンバーもパイロット認証も削除。ハンガーも没収された。あいつがここに来ることは二度とないね」


 アヤネはムサシを睨むように見つめた。思わず目に涙がにじむ。


「おっといけね」ムサシはひょいとキーボードから尻をあげた。「こんなところで油売ってる場合じゃないんだった」


「ムサシさん!」

 歩き去ろうとするムサシに、アヤネは思わず荒げた声をかけた。


「ヨリトモさんはもう二度とここには来ないんでしょうか?」


 もし「来ないね」と答えたら「絶対に?」と問い返すつもりだった。


 しかしムサシは背中をむけたまま、こう言った。


「あんたもやつのこと知ってるんなら、だいたいわかるんじゃねえの? やつは絶対もどってくるよ。困ってるやつ、待ってるやつがいれば絶対に助けにくる。それがヨリトモだし、そいつを乗り手に選んだのが、ユニーク機体ベルゼバブ、あの『悪魔のカーニヴァル・エンジン』だからな」

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