ⅩⅨ なぜ彗は……?

 わたしと霞の前で、彗が悩みを話しだした。

「マーチングバンドのマルシュって知ってる?」

「知ってるよ。この前の夏祭りに来てたもん。」

霞が優しく彗に話してあげる。

「うん。そのマルシュっていうところに、マーチングをやらないか?って誘われてるの。でも、どう返事しようか迷ってて……。」

わたしは彗の言葉に、ドキッと反応した。珀の家で見つけたウィンドジャーナルの記事が頭をよぎる。

「うん。」

わたしは頷いて、彗に見えないように手を膝の上で握った。

「彗さんは、どうしたいって思ってるの?」

霞が、彗のことを真っ直ぐ見つめながらこう言った。

「それは……」

彗は、こう言って口を閉ざしてしまった。そのまま下を向いてしまう。やっぱり、わたしにも話せないことがあるんじゃ……。わたしは霞の方に向いた。霞もなにかを少し悩み込んでいる。

 少し時間が経って、霞はゆっくりと口を開いた。

「マーチングバンドってことは、もしかしてなにか楽器をやってたりとかする?」

「うん。クラリネットをやってた。」

彗の話を聞いて、霞の口角が少し上がった。

「楽器は自持ち?」

「うん、自持ちだよ。まだ家に置いてある。」

少し彗の表情が曇って、眉間にシワがよる。わたしも、霞が何をしようとしてるのかわからなくて少し困惑していた。

「明日、その楽器を持ってきてもらえないかな?彗さんの助けになりそうな人を知ってるんだ。」


 次の日の昼休み、7人で食堂に集まっていると彗が楽器ケースを持って訪ねてきた。わたしと霞の間に座ってもらって、彗を囲むようにみんなが座る。

「彗さんは、マーチングバンドに入るか入らないかで迷ってるんだよね。」

霞の声に、彗がゆっくり頷く。すると、彗の目の前に座っていた楽が彗に話しかけた。

「この楽器は、クラリネットですか?」

「はい。」

彗が頷いたのを見て、楽は楽器ケースの方に目線を移す。そして、少し時間が経ってから、楽が優しく話しかけた。

「この楽器ケースを開けてもいいですか?中に入っているクラリネットが、外に出たがっているような気がしたので……。」

彗は目を見開いてから、首を縦に振ってケースに手をかけた。その後に、ファスナーを開けて中にあるハードケースを解錠する。すると、中にキラキラと銀色に輝くキーが目を引くクラリネットが顔を出した。普通のクラリネットに比べて、黒いところがツルツルとしている。

「プラ管のクラリネットなんだね。」

「うん。高校でずっとマーチングをやってたから。」

珀の疑問に、彗は軽く答えていた。わたしが首を傾げていると、近くに座っていた焔がこそこそと説明してくれる。

「プラ管っていうのは、普通木で作られてるものをプラスチックで作ったクラリネットのこと。木で作られたクラリネットは直射日光に弱いから、外で吹くことが多いマーチングはプラ管のクラリネットを使うんだ。」

焔の説明に、わたしはうんうんと頷いた。楽の方に目線を戻すと、楽がクラリネットを見て微笑んでいる。

「このクラリネットを組み立てていただけませんか?」

彗が眉間にシワを寄せる。疑いの目線を楽に送りながら、彗はクラリネットを組み立てた。その後、楽はそのクラリネットに手でそっと触れる。そして、ゆっくりと目をつぶった。

「彗さんは、このクラリネットのことが大好きなんですね。」

楽の言葉を聞いて、彗は目を見開いた。

「え、いったいなにを……」

「このクラリネットから、あなたのが伝わってきます。」

「え?」

彗は、目をパチパチとさせながら楽の方を見つめた。その姿を見ながら、楽がゆっくりと語りかけていく。

「本当は、マーチングやりたいのではないですか?あなたはもう楽器をやっていないにもかかわらず、定期的にメンテナンスをしてますよね?」

わたしは彗の方を向いた。目を見開きながら、首を縦に振る。

「この楽器には、。本当はマーチングをやりたい。けど、あなたにとってなにかハードルがあるのではないかと考えました。なにがあったのか、わたくしたちに教えていただけませんか?」

楽の言葉を聞いて、彗は一粒一粒涙を流し始めた。それを見た霞は、彗に声をかけてからクラリネットをテーブルの上に置く。彗は涙を手で拭ってから、話し始めた。

「ウチは、マーチングの天才少女って呼ばれてた。マーチングコンテストの全国大会で、高校1年生なのにソロを吹くってなったから。でも、ほんとはウチが吹くはずじゃなかったの。」

「え?」

わたしは意味が分からず、思わず口を洩らしてしまった。

「本当は、3年生の先輩が吹くはずだった。けど、受験の関係で先輩は大会に出ることができなくなってしまって……。そのあとオーディションになってウチが吹くことになった。けどね、それがほかの先輩たちの反感を買ったの。練習中に注意されるとみんながこそこそ話を始めて、部活を休むとなんで休むのかとしつこく言い寄られて……。」

ここまで話して、彗の涙一粒が一気に大きくなった。

「それが嫌で、ウチは家に帰ってもずっと練習し続けた。いつか見返してやるって思って。でも、ウチはそれが原因で右手に腱鞘炎を発症したの。もう、自力で長時間楽器を持つことができない。」

彗は、手で顔を覆って下を向いてしまった。辺りに嗚咽が響き渡る。そんな、ここまで彗が悩んでいたなんて気付かなかった……。わたしの瞳にも、少しずつ涙が溜まっていく。

「そんなことないよ。」

霞の一言で、彗が顔を上げた。

「楽器を持つときに、首から提げて補助するストラップがあるの。前はサックス用とかしかなかったんだけど、今はB♭クラリネット用も普通に楽器屋さんに売ってるよ。これを使えば、また楽器を持てるようになる。」

彗の瞳に、少しずつ光がさしていく感じがした。霞がポンポンと背中を優しく叩く。

「私は、音楽をもう一度やりたいって思うならやるべきだと思う。だって、やらなかったら絶対後悔するもん。」

「わたくしもそう思います。音楽が好きだって気持ちがあるのならやるべきです。」

彗が辺りを見回して、様子をうかがっている。そして、少し時間をかけてから口を開いた。

「そうだね。考えてみる。」

彗から、少しだけ笑顔が見えた。わたしはそれを見てホッとする。

 すると、食堂の外が急にざわざわし始めた。所々、悲鳴のようなものも聞こえてくる。

「ごめん、ちょっと用事思い出しちゃった……。」

凪をきっかけに、みんなが少しずつ理由をつけて食堂を出ていく。多分、外にディソナンスがいるんだ。わたしは彗の方を見た。彗を置いていくか、それともこのままここにいるか……。わたしは少し迷ってから、彗に話しかけた。

「彗、一緒に来てくれない?」

わたしは有無を聞く前に、彗の手を引いて食堂を出ていった。


 食堂の外に、さっき話を聞いてくれた6人が揃っている。

「ちょっと!」

動揺が辺りに広がっていく中、澄が話し始めた。

「彗。彗はわたしたちに本当のことを教えてくれた。だから、わたしも教えるべきだよねって思って……。」

「え?」

ウチはまっすぐ澄のことを見つめる。すると、澄はにっこりと笑顔を見せた。

「Ensembleの正体を探してたんでしょ?見たくない?」

ウチは澄の言葉を理解することができなかった。Ensembleの正体を見せる?どういうこと?

「「「「「「「グラマー 」」」」」」」

オー!ルーメン!フー!トネール!

アイレ!トーン・スピア!エスパシオ!

 この呪文、聞いたことある……。え、もしかして!?

「きらめくB♭ベーは平和の音!伝われ、水の力!」

「きらめくCツェーは希望の音!伝われ、光の力!」

「きらめくDデーは情熱の音!伝われ、火の力!」

「きらめくE♭エスは知性の音!伝われ、雷の力!」

「きらめくFエフは安らぎの音!伝われ、風の力!」

「きらめくGゲーは思いの音!伝われ、音の力!」

「きらめくAアーは再生の音!伝われ、時空間の力!」

「「「「「「「きらめく音はみんなの力!伝われ、Ensemble!」」」」」」」

 ウチの目の前に、青・橙・赤・黄・緑・紫・白色の服を着た人たちが現れた。紛れもない、夏祭りで見た人たちだ。ウチは目を輝かせた。予想はなんとなくしてたけど、まさかほんとにこんな近くにいたなんて……。

 白色の服に変身した澄がウチのほうに向いて微笑んでくる。すると、すぐに7人そろって怪物のほうに向かっていった。青色の服を着た人と澄が、剣を持って飛び上がる。それを援護するように、赤色の服の人が銃を怪物に向けてどんどん撃っていって、紫色の服の人が槍を投げて、橙色の服の人が弓を使って矢をどんどん打っていく。援護する3人を守るように、緑色の服を着た人が扇を使って攻撃を跳ね返したり、黄色の服を着た人が鞭で打っていたりしていた。みんなそれぞれの役割を持って、連携しながら戦ってる姿を見て、ウチは心を打たれる。

「「「「「「「ハピネス 」」」」」」」

オー!ルーメン!フー!トネール!

アイレ!トーン!エスパシオ!

7人みんなが、指揮棒のような武器を持った。そして、みんな一列に並ぶ。

「「「「「「「響け!7人のハーモニー!」」」」」」」

B♭べーCツェーDデーE♭エスFエフGゲーAアー

「「「「「「「ハピネス!SeptetセプテットEnsembleアンサンブル!」」」」」」」

 攻撃を受けて、怪物が消えていく。すごい、かっこいい……!ウチは心の中で小さく拍手した。


 少し時間が経って、呪文が解けていくようにして変身が解除される。そこには、やっぱりさっきウチの話を聞いてくれた7人が立っていた。

「彗、隠しててごめん。」

澄が顔を下に向けながら、ウチに謝ってきた。ウチは、それを聞いて首を横に振る。

「そんなことない。すごくみんなかっこよかったよ。」

ウチはみんなに向かって笑顔を向ける。それを見て、周りの空気が和らいだ。



~Seguito~

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