ⅩⅥ 2つのミカタ

 家に帰って、今日の夏祭りで起こったことを思い出してみた。Ensembleって名乗る7人組の集団。そして澄に似た白色の服を着た女の子……。あの人たちは何者なんだろう?窓から見える三日月を見ながら、ウチは考えを巡らせた。


 今日は夏祭り2日目。何か予定があるわけでもないから、今日はみんなで夏祭りをまわってみることになった。昨日は人気ひとけのなかった参道も、今日は人で埋め尽くされてる。

「みんな、もうすぐ時間だよ!」

珀が道を指さしながら目を輝かせている。わたしたちは、みんなで珀が指さした道の方へ歩いていった。

 今日の目玉は、なんと言ってもマーチングバンド〝マルシュ〟のパレード。わざわざ大阪の方から来て、演奏してくれるんだって!

「早く時間にならないかなぁ……。」

 霞が足をばたつかせていると、道の奥の方からホイッスルの音が聞こえてきた。微かに金管の音が聞こえてくる。

「おー!きたきた!」

焔が目を輝かせて、音の聞こえるほうを見つめる。すると、棒のようなものを上げ下げする人が歩いてきた。あれが、珀から前に聞いたドラムメジャーって人かな?その人のすぐ後に管楽器の人たちがついてくる。楽器を吹いているのに列や楽器の位置が綺麗に揃っていて、わたしは思わず見とれてしまった。楽器が演奏してる人たちの代わりにドヤ顔をしてるように、太陽の光に照らされた楽器が金色に輝いている。

「マーチングだと、管楽器って高い方から順番に並んでるんだね。面白い!」

横から霞と凪の会話が聞こえてくる。2人とも興奮してるみたい。すると、管楽器たちの後ろから旗をクルクルと回してる人たちが見えてきた。バサバサと音楽に合わせて旗が風になびいていく。

「あれはカラーガードだね。」

「カラーガード?」

珀の呟きにわたしは首を傾げた。

「そう。音楽は目に見えないでしょ?でも、その見えないはずの音楽を見せてくれるのがカラーガードなんだ。マーチングの特徴を捉えているね。」

「マーチングの特徴?」

「うん。マーチングの特徴であり醍醐味。マーチングは、音楽を聞くんじゃなくてものなんだ。」

「聞くんじゃなくて、見る!?」

わたしは理解ができなくて、目を丸くして固まってしまった。


「やっぱりいなかったなぁ……。」

 私は、楽器を磨きながらそんなことを呟いた。

 探していたのは、幼なじみの彗。幼稚園のときから中学卒業までずっと一緒にいて、吹奏楽に打ち込んできた大切な仲間だった。でも、高校に入って全然連絡が取れなくなっちゃったんだよね。大学でまた一緒にやりたいなって思ってたんだけど、彗は吹奏楽をやめたって聞いて。もう一度、彗に会いたいなぁ……。

とも!出番だよ!」

「うん!」

 私は仲間に声をかけられて、すぐに立ち上がった。そして座ってて少し乱れた衣装を整える。その後に、みんながいる外へ向かっていった。名前負けしない素敵なを届けるって心の中で思いながら……。


「皆さんこんにちは!大阪を拠点に活動しているマーチングバンド、マルシュです!」

 昨日わたしたちが演奏していたステージから、元気な声が聞こえてくる。ステージ上では、どこかヨーロッパの方で見られる軍隊のような赤色の制服に、豪華な金色の肩章や肩紐がついた衣装を着た人たちが立っていた。

「夏祭りに招待していただき、ありがとうございます。精一杯演奏致しますので、最後まで応援よろしくお願いします!」

マイクを持った人が頭を下げると、お客さんがパチパチと拍手を送る。わたしたちも負けずに大きな拍手を送った。

「申し遅れましたが、本日司会を務めさせていただきます。トランペット担当の知です。よろしくお願いします!」

この後、司会の知さんがテキパキと曲紹介をしていった。すごい、慣れてる……。わたしは目を輝かせながら、マルシュの奏でる音に聞き惚れていた。


「ところで、皆さんはマルシュという言葉を聞いたことはありますか?」

 1曲目が終わったところで、わたしたちに向かってこう投げかけてきた。わたしは頭を捻る。

「マルシュは、という意味を持ったフランス語の言葉です。マーチングと同じような感じですね。私たちは〝たとえ何があっても前に進んでいきたい〟と思ってもらえるような音楽を奏でたい。そんな願いを込めて、マルシュという名前にしました。このマルシュという言葉を覚えていただけたら光栄です。」

〝マルシュ〟わたしはこの言葉を心に刻み込む。珀が言ってたこともそうだけど、ひとつの物事をとってもいろんな見方があるんだね。

 この後にも、ドラムメジャーが持ってるバトンやカラーガードが持つフラッグを触らせてくれる体験をさせてくれたり、マーチングの特徴を説明してくれたりと素敵な時間を過ごさせてくれた。すごいな……。わたしもこんな風になりたい!


 2日間の夏祭りが終わって、わたしたちは一緒に家に帰ることになった。

「なんか、2日間すごい濃い時間だったね。」

霞が下を向いてこう呟いた。

「そうだね。アンサンブルも楽しかったし、マーチングもかっこよかった。」

わたしの頭の中に、いろんな記憶が駆け巡っていく。みんなと喧嘩しちゃったこと、凪と一緒に初めて吹いたときのこと、全然上手くならなくて挫折しそうになっちゃったこと、他にもたくさん……。その度に、胸がキューってなって、目に涙が浮かんでくる。

「わたし、みんなとアンサンブルできてよかった。」

わたしはみんなに笑顔を向ける。すると、みんなが笑顔で頷いてくれた。

「やっと見つけた。Ensembleアンサンブル。」

 周りが不穏な空気に変わる。そして、背中の方から血の気がスーッと引いていくような感覚がした。

「よくも、ボクたちを見世物にしてくれたね。」

フロッシブがニヤリと不吉な笑みを浮かべる。

「グラマー ソンブル!」

呪文を唱えると、近くにあった柵がゆっくりと動き出してディソナンスに変わった。

「「「「「「「グラマー 」」」」」」」

オー!ルーメン!フー!トネール!

アイレ!トーン・ハーバード!エスパシオ!

「きらめくB♭ベーは平和の音!伝われ、水の力!」

「きらめくCツェーは希望の音!伝われ、光の力!」

「きらめくDデーは情熱の音!伝われ、火の力!」

「きらめくE♭エスは知性の音!伝われ、雷の力!」

「きらめくFエフは安らぎの音!伝われ、風の力!」

「きらめくGゲーは思いの音!伝われ、音の力!」

「きらめくAアーは再生の音!伝われ、時空間の力!」

「「「「「「「きらめく音はみんなの力!伝われ、Ensemble!」」」」」」」

 変身すると、わたしたちはディソナンスに向かって走り出した。ディソナンスが地面を叩いて、砂を巻き上げる。その砂が鋭く尖って、わたしたちに向かってきた。

「どうしよう?近付けない。」

わたしが小さく呟くと、珀と霞が目を見合わせたのがなんとなく分かった。

「「ハピネス 」」

オー!トネール!

2人がタクトを手に持って、ディソナンスの前に立ちはだかった。ディソナンスの動きが少し止まる。

「「トランス・セミトーン!」」

2人がミュートを握りしめた。フロッシブが慌てて、ディソナンスに指示を出す。

「「セミトーン・ミュートセット!」」

HハーEエー

ディソナンスの拳が2人に迫っている中、霞がタクトを握りしめる。

「響け!高鳴る平和のハーモニー!Hハー dourドゥア!」

霞がタクトの先で三角形を描いていく。すると、ロ長調のハーモニーが辺りに鳴り響いた。

「ハピネス!シャローム・オー!」

霞の呪文で、迫っていたディソナンスの拳がパキパキという音を立てて凍りつく。すると、凍りついた腕に珀が飛び乗って、上に伝って登っていった。

「響け!高鳴る知性のハーモニー!Eエー dourドゥア!」

珀がタクトの先で三角形を描くと、ホ長調のハーモニーが響き渡る。

「ハピネス!ケントニス・トネール!」

珀が呪文を唱えると、ディソナンスに紐のようなものが巻きついていく。そしてタクトを振ると、その紐に強い電流が走った。

「「「「「「「響け!7人のハーモニー!」」」」」」」

CツェーDデーEエーFエフGゲーAアーHハー

「「「「「「「ハピネス!SeptetセプテットEnsembleアンサンブル!」」」」」」」

わたしたちの攻撃を受けて、ディソナンスが悲鳴をあげながら消えていった。


「彗、元気にしてる?今度そっちに行く用事があるから、どっかで会えないかな?って思って……。」

 数日前に知から送られてきたLINEを見ながら、ウチはベッドに寝っ転がっていた。知に会いたいって気持ちはあるけれど、彼女は“ウチがマーチングをやってたときのことを知ってる”。なんでマーチングやらないの?って突っ込まれるのが嫌で……。

すると、ピンポーンと家のチャイムが鳴った。ウチは慌ててドアに向かっていく。そしてドアをガチャっと開けた。

「久しぶり、彗。」

そこに立っていたのは、トランペットのケースを担いだ知の姿だった。



~Seguito~

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