ⅩⅦ 言葉の呪い

「久しぶり、彗。」

 トランペットのケースを担いだ知が、ウチのことを見つめて話しかけてくる。

「な、なんでここに?」

「昨日リハに行くときにたまたま見かけたんだよね。」

知がにっこり笑いながら話してくる。よいしょって声を出しながら、トランペットのケースを担ぎ直した。

「そ、そっか……。」

ウチは目を丸くした。そして何も言えなくなってしまう。すると、知が少し目線を外してなにかを考え始めた。その後にまた目線がこっちに戻る。そして、この後に話される言葉に、ウチは耳を疑った。

「彗、また一緒にマーチングやらない?」


 夏祭りが終わった次の日、わたしは昼休みで激混みの食堂に足を踏み入れた。どこを見ても人がいっぱいで、少し人酔いそうになる。それを一生懸命我慢しながら、キョロキョロと周りを見回していると、彗が1人でご飯を食べている姿を見つけた。わたしは彗に声をかけて、目の前に座る。彗は、黙々とご飯を食べていた。

「そういえば、一昨日の夏祭りにいたよね?」

わたしの一言に、彗がビクッと反応する。

「い、いたけど、それがどうしたの?」

「いや、演奏どうだったかな?って……。」

彗の目がキョロキョロと泳ぎだす。あれ?なにか余計なこと聞いちゃった?

「べ、別によかったんじゃないかな?」

「そ、そっか。」

歯切れのない答えに疑問を感じながら、わたしは頷いた。


「へー、そんなことがあったのか……。」

 昼休みの後にあった空きコマで、わたしは珀と焔にこの話を聞いてもらった。

「そんなに酷かったのかな?わたしたちの演奏……。」

わたしはしょんぼりして下を向いてしまう。すると、珀がスマホを取り出した。

「夏祭りに来ていた友達が撮ってくれてたんだ。今度みんなが集まったときに聞こうと思ってたんだけど……。」

こう言って珀が動画を出してくる。そして再生ボタンを押した。直前までざわざわとしていた会場が、演奏の始まった瞬間にシーンと静まり返る。そして、それぞれの音が集まって聞こえてきた。でも、練習してたときよりも全然響いてない。音楽だけど、音楽じゃないみたいな……。

「僕たち管楽器は、外で吹くとどうしてもこうなっちゃうんだよね。」

「そうだな。特に木管楽器は元々音が小さいから、外で吹くと全然聞こえない。」

「そ、そうなんだ……。」

わたしはそれを聞いて、さらに小さくなってしまう。じゃあなんでこんなことしてたんだろ……?

「そんなにがっかりするなって。俺の友達も聞いててくれたみたいだけど、凄いかっこよかったって言ってたぞ。」

「そうそう。これはコンクールじゃないんだから、自分が楽しくできたらそれでいいと思うよ。」

わたしは2人の言葉に渋々頷いた。彗に、素敵な音楽を届けたかったのにな……。


 今日の授業が終わって帰る準備をしてると、LINEの通知が来た。ディソナンスが出たって知らせで、わたしは急いで教室を飛び出す。外に出ると、フロッシブとディソナンスの目の前で、たくさんの人がなにか綱のようなもので縛られていた。みんなが揃って、呪文を唱える。

「「「「「「「グラマー 」」」」」」」

オー!ルーメン!フー!トネール!

アイレ!トーン・スピア!エスパシオ!

「きらめくB♭ベーは平和の音!伝われ、水の力!」

「きらめくCツェーは希望の音!伝われ、光の力!」

「きらめくDデーは情熱の音!伝われ、火の力!」

「きらめくE♭エスは知性の音!伝われ、雷の力!」

「きらめくFエフは安らぎの音!伝われ、風の力!」

「きらめくGゲーは思いの音!伝われ、音の力!」

「きらめくAアーは再生の音!伝われ、時空間の力!」

「「「「「「「きらめく音はみんなの力!伝われ、Ensemble!」」」」」」」

 変身すると、わたしたちとディソナンスの目が合った。

「袈裟懸け!」

そう言ってディソナンスがなにかを投げてくる。わたしたちは慌ててそれを避けると、地面に“袈裟懸け”の形をした岩が突き刺さった。

「媚!」

「防共!」

わたしは一瞬何が起こったのか分からなくて固まってしまう。

「澄、危ない!」

わたしが声の聞こえた方に顔を向けると、明が横に押し出してきた。その途端、ヒュルヒュルという音とともに明が縛り上げられる。

「明!」

悲鳴が交じったわたしの声が辺りに響く。その様子を見たフロッシブが高らかに笑い出した。

「バーカ!お前が見ぬふりすれば、捕まらずに済んだものを。」

こう言い放ったフロッシブを明は睨みつけた。すると、ヒュンという音とともにフロッシブの頬をなにかがかすめていった。横に走る切り傷に、フロッシブは手を当てる。わたしは何が起こったのか分からなくて、後ろに振り向いた。すると、そこには底から湧き上がってくる怒りの表情を露わにした楽の姿がある。

「ディソナンス!何をやってるんだ!早くあいつを捕まえろ!」

フロッシブが楽を指さしながら叫んだ。ディソナンスが楽を睨みつけ、また単語を叫んでいく。

「みんな、チャンスだよ!」

霞の声で、わたしは我に返って剣を握りしめる。そしてディソナンスに向かって走り出した。楽と明を守るように、焔が銃弾を撃ち込んで珀が鞭を打っていく。みんなに攻撃されているディソナンスは混乱し、そのまま頭を抱えてその場で立ちすくんでしまった。フロッシブは慌てながらもディソナンスに攻撃するように指示していく。すると、楽が突然口を開いた。

「言葉には、力があります。言葉によって人は物事を考え、行動し、文化や学問といったものを過去から受け継いできました。」

楽の言葉を聞き、フロッシブが口を閉じた。

「地球には、たくさんの言葉や言語が存在します。その言葉や言語一つ一つが、人や過去・未来を繋いでいくのです。」

普段冷静な楽が、あんなことを言うなんて……。わたしは驚いて楽のことを見つめた。楽は、鋭い眼差しをフロッシブに向けながら呪文を唱えてタクトを呼び出した。

「素敵な力を持つ言葉をこんなことに使うとは、わたくしは絶対に許しません!」

楽の声が周りに響き渡る。楽は意を決したようにタクトを構えた。

「響け!思いのハーモニー!Gゲー dourドゥア!」

楽がタクトの先で三角形を描いていく。

「ハピネス!アローム・トーン!」

尖った音符がディソナンスに襲いかかっていく。力が少し弱り、縛っていた綱が少し細くなった。

「確かに、言葉なんて普段はあまり意識しないよね。知らない間に人を傷つけたり、他人や自分の行動を制限させてしまったりって良い面も悪い面もある。でも一番大切なのって、何かを伝えたいっていう気持ちなんじゃないかな?」

明は、こう言って体全体から力を込めて綱を引きちぎった。

「言葉じゃないと伝えられないことだっていっぱいある。音楽とか絵とかだけじゃ、自分が本当に伝えたいことがストレートに伝わらない。けど、どれにも共通することは、〝伝えたいっていう気持ち〟だよ。あたしはこのことを未来に出会った子供たちに教えたい。」

明はこう言い放つ。呪文を唱えてタクトを手にした。

「響け!希望のハーモニー!Cツェー dourドゥア!」

明がタクトの先で三角形を描いていく。

「ハピネス!エスポワール・ルーメン!」

光に包まれた明が、ディソナンスの胸のあたりを突き抜けた。

「「「「「ハピネス 」」」」」

オー!フー!トネール!アイレ!エスパシオ!

「2人の思い、ちゃんと受け取ったよ!」

霞が笑顔で明と楽に声をかける。

「「「「「「「響け!7人のハーモニー!」」」」」」」

B♭べーCツェーDデーE♭エスFエフGゲーAアー

「「「「「「「ハピネス!SeptetセプテットEnsembleアンサンブル!」」」」」」」

 悲鳴をあげながら、ディソナンスが消えていく。その後に残ったのは、少し表紙に傷がついた国語辞典だった。


 みんなはまだ授業があるみたいなので、わたしは別れて落とし物になってしまった国語辞典を大学の窓口に届けに行った。その後に、他の忘れ物が入れられたガラス張りのロッカーのようなものを見つめる。そこには、ハンカチやルーズリーフからUSBメモリーや教科書といったものまでが入れられていた。

“言葉や言語一つ一つが、人や過去・未来を繋いでいくのです。”

“どれにも共通することは、〝伝えたいっていう気持ち〟”

言葉の持っている素敵な力。やっぱり言わないと伝えられないよね。

「明日、彗ともう一度話してみよ!」

こう一人で呟いて、わたしはその場を立ち去った。



~Seguito~

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