ⅩⅤ 本物の思い
大学の近くにあるお寺の参道に、左右にズラリと屋台が並んでいる。色とりどりの屋根に、わたしは目を奪われていった。今日から2日間、待ちに待った夏祭りが始まる。そして今日は、プレジールコンテスト当日。わたしたち6人は、楽器ケースとか譜面とかを持って、まだ
大学の中の一室。普段は卒業論文とかの少ない人数で授業をするための部屋で、会議室みたいに四角形を型どるようにして長机が置かれている。すでに何人かのプレジールコンテストの参加者が集まっていた。ピエロのような格好をして、鏡を見ながら真剣にメイクをしている人。ワイシャツをビシッと決めたバーテンダーのような格好をしていて、2組で打ち合わせをしてる人。他にもたくさんの人たちがいる。みんな、どんな
「どうしたの?澄、緊張してる?」
「いや、そんなことないよ!みんな、どんな特技を披露するんだろうなって……。」
霞とこんな会話をしてると、みんなが「あー」って声を上げた。
「そう言えば、こうやって楽器をもってない人たちと同じ楽屋でいるの初めてかもしれないね。」
「うんうん。コンクールでも、学校が入れ替わりで待機場所とかで固まってる感じだし……。」
「へー。」
珀と凪の言葉に耳を傾けていると、なんだか2人を尊敬したくなる。いろんなところで吹いてきているんだなぁって思って……。
お昼くらいに、ウチは澄に渡された夏祭りのチラシを持って会場に訪れた。ここには何度か大学の帰りとかに立ち寄ったりしたことはあるけど、奥の方に来たことはなかったな……。お寺の門を抜けると、本殿へ向かう参道から外れたところが広くひらけていて、奥の方に野外ステージのようなものが組まれてる。そのステージの前にはいくつものパイプ椅子が置かれていた。ウチは、後ろの方の椅子に腰掛ける。ちょうどステージのセンターが見えるところ。すでに家族連れや友達同士で訪れてる人たちが屋台で買った焼きそばとかを食べてるのが見える。ウチは、そこでプレジールコンテストの時間を待つことにした。
チューニングを済ませて、わたしたちはステージの方へ向かっていく。ステージ上では、コンテストのルール説明が行われていた。
「
この言葉を聞いて、肩がこわばってきた。ほんとに今日が本番なんだ。そんなことを考えていると、後ろからポンポンと肩を叩かれた。
「なにー?緊張してるのー?」
霞の無邪気な笑顔がわたしの目に飛び込んでくる。なんか、バカにされたみたいでムッと頬を膨らませた。
「き、緊張してないもん!」
「まぁまぁ。」
凪がわたしを落ち着かせてくれる。あれ、さっきの緊張がどこかへ行っちゃった……?霞がわたしの様子を見て、ドヤ顔を見せた。
「それでは最後の団体になります。エントリーナンバー6
わたしたちの名前が呼ばれて、順番にステージに上がっていく。明が素早くステージの真ん中に立って、それを中心に半円になるように並んでいった。
「このグループは大学の友人同士で組まれていて、今回はアンサンブルを披露してくれるそうです。今回演奏する曲は、今サックスを持っている珀さんが作曲したそうですよ!」
珀がお客さんに向かって大きく手を振った。紹介文を聞いて、会場から「おー!」という声が上がる。なんか、期待度が急に上がったような……。わたしはオーボエを強く握り締めた。
「それでは披露していただきましょう!曲名は、“みんなの行進曲”です!」
司会の人が舞台袖に行ったのを確認して、珀・凪・明が一斉に楽器を構える。みんながわたしに向かって微笑みかけてるように見えた。珀が周りを見回して、合図を出す。そして演奏が始まった。
明のトランペットをメロディーにした前奏が始まる。ここは、サビと同じリズムになってるんだよね。珀のテナーサックスと凪のホルンを伴奏にして、明が優しく歌い込んでいく……。3人の音が伸ばしに入って、わたしと霞が楽器を構えた。そして、霞の合図で一緒にメロディーを吹いていく。伴奏も華やかなマーチ風に変わって、凪と一緒に考えた歌詞が頭の中に浮かび上がった。
“何かの偶然で出会ったわたしたち”
“思いもかけなかった今を描く”
“変哲もない普通の日常”
“きらめく魔法をかけよう”
メロディーが霞と焔で交代する。隣で霞がフゥっと息を吐いたのが見えた。でもすぐにまた楽器を構える。全体的に音量を落として、サビに向かって盛り上げていく。わたしは彗の顔を頭に浮かべて、語りかけるように吹き始めた。
“みんな力の魔法を使い”
“素敵な仲間と一緒に”
“幸せの音符探して”
“一緒に音を奏でよう”
わたしと明が見つめ合う。そして明・霞・わたしがメロディーを奏でていく。焔がこのメロディーにアクセントを加えるように、滑らかな連符を吹いていった。
“みんなで歩んでいこう”
“キセキを信じて仲間を信じて”
“平和”
“希望”
“情熱”
“知性”
霞・明・焔・珀が追いかけっこをするように順番に吹いていった。その後、みんなで同じリズムを吹いていく。
“この先に素敵な明日が待っている”
なんか、久しぶりにアンサンブルを聞いた気がする。ウチは腕を組みながら、真剣にアンサンブルを聞いていた。澄のオーボエの音を探そうとするけれど、経験の浅い澄をフォローするような譜面になってるみたいで、なかなか聞き分けるのが難しい。もっと澄に吹かせてあげればいいのに。ウチはため息をつきながらこう思った。でも、経験のない子にいきなり吹かせるのは酷なのかな……?
アンサンブルは簡単そうに見えるけど、実は2つのものが揃わないと上手く聞こえない。
一つは、団結力。指揮者がいないから、自分たちで曲のテンポ(速さ)を決めなくてはいけない。それだけじゃなくて、誰かが作ってくれたテンポを信用して、合わせて吹かないと曲が崩れてしまう。練習中にテンポを速くしてしまって、総崩れになるのは日常茶飯事だ。
もう一つは、一人ひとりの技術力。アンサンブルは普段の吹奏楽と違って、同じ譜面を吹いている人がいない(編成によるけれど)。だから、きちんとその譜面を吹き切ることと、表現を大きくつける必要がある。そのために、一人ひとりがソロを吹けるくらいの技術力が必要なんだ。
ウチは、いろんな人から技術力はあるって言われてきた。けど、仲間に恵まれなかった。その演奏を聞いてると、ほんとにそう思う。たとえ技術力がない人がいても、ほかの人がカバーをすることができるから。だけど、団結力はどうしてもカバーできない。胸の中にある何かが、ホロホロと崩れていくような気がした。
そんなことを考えていると、周りから乾いた拍手の音が聞こえてきた。ウチも慌てて拍手をする。フルートの焔くんに合わせて、みんなが揃ってお辞儀をしてるのが見えた。ウチにも、あんな演奏を一緒にしてくれる人がいればいいのに。澄のことをなんとなく羨ましく思った。このすぐ後、何が起こるのかも分からないまま……。
みんな合わせてお辞儀をすると、パチパチと拍手の音が聞こえてくる。緊張して入っていた力が、溶けるように抜けていくのが分かった。顔を上げて、みんなで舞台袖に戻っていく。司会の人が喋っているのを聞いて、なんか誇らしげに思った。
「それでは、審査の方に移り…え!?」
異変に気付いて、わたしは後ろに振り返った。司会の人がマイクを握りしめたまま、目を見開いて固まってる。その人が見つめている方向に目線を移すと、黒い影がどんどんこっち向かってくるのが分かった。そんな、ここでディソナンスが!?その後、司会の人が失神してその場で倒れてしまう。マイクがステージにぶつかったゴンッという音が会場に響いた。客席の方にも動揺が広がって、泣き出す子供や、パイプ椅子に身を隠す人、そのまま何もできずに立ちすくむ人。どうしよう?このままじゃ変身できない……。すると、一番後ろにいた焔が、楽器を持ったまま逆側の舞台袖の方に走っていった。そして、マイクを握りしめたままになっている司会の人に声をかけ始める。それを見た霞が、焔のいるところに駆け込んでマイクを奪った。
「皆さん、落ち着いてください!」
霞が何度もアナウンスをしていく。けど、動揺はどんどん広がっていくばかり。霞はマイクを握りしめたまま眉間に皺を寄せた。
「なんですか?あの、聞き苦しい雑音は。」
そう言いながら現れたのは、腕を組みながらニヤリと不気味な笑みを浮かべたフロッシブだった。
「今日はあの7人組も現れませんし……。」
フロッシブは、はははと意地悪な乾いた笑顔を浮かべた。わたしは拳に力を入れる。どうすれば、会場にいる人たちの目を逸らしてわたしたちが変身することができる?すると、司会にレバーのようなものが目に入った。よく見たら、“照明”と書かれたシールが貼られている。そっか、これを使えば……!わたしはレバーのところに駆け寄った。
「ちょっと、澄!?」
凪に声をかけられたのを無視して、わたしは上に上がっていたレバーを下に下げた。すると、ステージに向かっていた照明が客席側に向く。あまりの光の強さに、フロッシブや客席にいた人たちが目を隠した。わたしは、目を丸くして固まってる霞からマイクを取り上げる。
「プレジールコンテスト、エントリーナンバー7
みんながステージ上に集まってくる。わたしは笑顔を浮かべたみんなにウインクをした。照明が客席を向いてる間に変身しないと……。視界の端に、舞台袖でレバーの位置を戻そうとしている人の姿が見えた。
「「「「「「「グラマー 」」」」」」」
オー!ルーメン!フー!トネール!
アイレ!トーン!エスパシオ!
スタッフの人がレバーの位置を直し、照明がステージに向かって降り注ぐ。
「きらめく
「きらめく
「きらめく
「きらめく
「きらめく
「きらめく
「きらめく
「「「「「「「きらめく音はみんなの力!伝われ、Ensemble!」」」」」」」
いつもと違って、手にはタクト、頭にヘッドセットのマイクが装着されてる。そのマイクから会場にわたしたちの声が響き渡ると、会場の人たちの目線がこっちに戻った。不安や戸惑った様子から、ホッとしたような雰囲気に変わる。
「アンサンブル……!?」
フロッシブが目を丸くして、小さく呟いた。フロッシブにも、ヘッドセットのマイクが装着されてる。わたしたちは、タクトを強くにぎりしめてディソナンスの方へ向かっていった。
「プレジールコンテスト、エントリーナンバー7
え、さっきの澄たちのアンサンブルで終わりじゃなかったの!?ウチはゆっくりとステージの方に目を向けていく。すると、ステージ上にウチが探していた7人組が立っていた。ウチは目を丸くする。ウソ、なんで……?ウチが戸惑っていると、何人かが指揮棒のようなものを手にしてステージから飛び出していく。
「響け!情熱のハーモニー!
あの赤い服を着た男の子、燃えるような熱さを感じる。ただ熱いだけじゃなくて、心地よい温かさっていうか、周りにいる人を優しく包み込んでくれてるみたいな……。
「ハピネス!エクスプロージョン・フー!」
さっきの男の子が持ってる杖(?)から炎の縄みたいなものが出てきて、怪物を縛り上げた。怪物は身動きが取れなくなって、悲鳴をあげながら暴れ始める。
「ディソナンス、大人しくしなさい!」
紫色の服を着た女の人が、そう叫んでから杖を振り上げる。
「響け!思いのハーモニー!
この人は、なんか不思議な雰囲気がする。他の人たちに比べて一見大人っぽく見えるけど、子供っぽくも見えて……。なんか、音みたいにいろんな一面を持っていそうな、そんな気がする。
「ハピネス!アローム・トーン!」
さっきの杖から、紫色のトゲのようなものが怪物(さっきディソナンスって言ってたっけ?)を襲っていく。
「僕もいくよ!」
そう宣言してステージ上から飛び出していったのは、黄色い服を着た男の子。
「響け!知性のハーモニー!
この子は一見優しそうだけど、内に何かを秘めているような感じ。才能っていうか、表現しきれない何かっていうか……。自分さえ良ければいいってわけじゃなくて、どこか一歩引いて関わってるような気がした。
「ハピネス!ケントニス・トネール!」
ビリビリという音とともに、怪物に強烈な電気が流れていく。怪物の指がピクピクと痺れて動いていた。
「これで終わりだと思わないでください。」
黒い服を着た人がこう言って、両腕を大きく横に広げる。
「この会場の人たちが、どうなってもいいんですか?」
ニヤリと笑い、会場の緊張感が高まる。
「そんなの、私たちが許さない!」
青い服を着た女の人が、こう叫んで杖を握りしめる。
「ほほう?では、この人たちがどうなってもいいんですね?」
ウチはこの言葉を聞いて、近くにあったパイプ椅子に手をかけた。そして、腕で顔を隠して固く目を閉じる。すると、ウチのすぐ横を誰かが駆けていくような音がした。ウチは腕の隙間からちょっとだけ外を見てみる。黒い服を着た人の手のひらが、ウチらの方に向いた。
「響け!安らぎのハーモニー!
緑色の服を着た女の子が、手のひらを覆い隠すように立ちはだかる。この人からは、誰かを守りたい、失いたくないという思いが伝わってきた。気が強そうだけど、すごく仲間思いな人なんだろうな。
「ハピネス!デスカンソ・アイレ!」
彼女の前に、緑色で客席を覆うくらいの大きなシールドが張られる。周りに立っている木が台風のときみたいにザワザワと揺れて、ウチは少し恐怖を覚えた。もしかしてあの子が守ってくれなかったら、あんな強風を受けていたの……?
「響け!平和のハーモニー!
さっき叫んでいた青色の服を着ている人が、ステージから飛び出していく。あの人、さっきすごい度胸があるなって思った。もしかしたら、自分の判断ミスで犠牲になっちゃう人がいるかもしれないのに……。でも、ああやって言える人って、仲間をちゃんと信頼してる証拠だよね。
「ハピネス!シャローム・オー!」
杖の先から水が広がって、怪物と黒い服を着た人を巻き込んでいく。シールドに叩きつけられて、ゴンッという鈍い音が聞こえてきた。それと一緒に、シールドが消える。すると、橙色の服を着た女の人が怪物に向かって飛び上がる。
「響け!希望のハーモニー!
橙色の光が、彼女を包み込んでいく。あの人からは、さっきの暖かさとはまた違った、お母さんのような安心感をあの人から感じた。
「ハピネス!エスポワール・ルーメン!」
橙色の光が、怪物を突き抜ける。怪物は悲鳴を上げて、もうすぐ倒せそうな勢いだ。すると、ウチの前に白い服を着た女の子が回り込んできた。
「フロッシブはさっき、聞き苦しい雑音って言ったよね。確かに、人によってはただの雑音に聞こえるかもしれない。でも、わたしたちの音楽をそんな2文字でまとめられたくないな。」
そう言って、女の子が杖を握りしめる。なにかを伝えたい。そんな気持ちが伝わってくる。
「わたしたちはプロじゃない。だから、聞き苦しい部分も沢山あると思う。けど、わたしたちの奏でる音には、たくさんの思いが詰まってる。わたしは楽器を始めたばかりで、上手くいかないことも多い。投げ出したくなったときもあった。でも、わたしにはこの音楽を伝えたい人がいる。」
なんでだろう?急に澄がオーボエを練習してるところにであった時のことを思い出した。でも、なんでだろう?彼女のことを見つめていると、その子がウチの方に振り返った。
「ちゃんと伝わったかな?わたしの思い。」
彼女の真っ直ぐな目。やっぱり、澄に似てる。
「この世界に、音楽が嫌いな人なんていない。音楽を奏で続ければ、絶対に思いは届く!」
この瞬間、ウチは胸にズキンという痛みを感じた。音楽が嫌いな人なんていない……?そんなことない。ウチが音楽にのめり込まなければ、マーチングって門を叩かなければ、あんな経験することなんてなかったのに。次第に涙が浮かんでくる。右手首に、ビリビリと痛みと痺れる感覚がした。
「響け!再生のハーモニー!
彼女の杖の先が、黒い服を着た人の方に向く。
「ハピネス!リバース・エスパシオ!」
彼女の攻撃で、黒い服を着た人はどこかへ飛ばされてしまった。客席には怪物だけが取り残される。
「「「「「「「響け!7人のハーモニー!」」」」」」」
「「「「「「「ハピネス!
7人のきれいなハーモニーが会場を包み込む。そっか、一人ひとりが個性を発揮しながら、みんなで連携していく。これが本当のEnsembleなんだ。
怪物が消えた瞬間、今日イチの拍手がEnsembleと名乗った7人に送られた。
「あれさ、どうしようか……?」
プレジールコンテストで1位を取ったのは、エントリーナンバー7のEnsemble。でも正体がバレたらまずいから、トロフィーを受け取るわけにはいかない。
「欲しかったなぁ、あの豪華なトロフィー……。」
霞が下を向きながら呟いた。それを隣で焔が慰める。
「別に順位なんて関係ないんじゃない?自分たちのベストな演奏を届けられたらさ。」
珀がこう言うと、何人かがその言葉に頷いた。
~Seguito~
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