Ⅳ 私たちのディソナンス
「ねぇねぇ、みんなでこれに参加してみない?」
霞が笑顔で話しかけてくる。わたしたちは食堂でご飯を食べようと集まっていた。そこに霞がスマホの画面を見せてくる。
「これ、さっき大学の壁にポスターが貼ってあったのを見たんだけどさ……。せっかくみんな揃ったわけだし、何か思い出作りできないかな?って思って。」
霞のスマホの画面に映されていたのは、今度大学の近くで行われる夏祭りのポスター。そのポスターの中には、こんな文字が書かれていた。
「〝プレジールコンテスト〟?なにそれ?」
「なんかね、ステージの上で特技を披露するんだって。」
「いや、特技って何をやるのさ?」
「え?アンサンブルをやるの。7人で。」
霞の言葉に、わたしは立ち上がった。そして声を裏返らせながら叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待って!アンサンブルって楽器を吹くってことでしょ!?わたし楽器吹けないよ!?楽譜だって読めない!」
みんながわたしの方に注目する。そして、霞が口を開いた。
「大丈夫。吹けるよ、澄もオーボエを。楽譜の読み方だってみんなわかるから教えられるし……。」
わたしは心の中で大きなため息をついた。この人たち、〝自分たちのことしか考えてない〟。記憶のことだって教えてくれないし、自分たちさえよければいいやって思ってるんだ。
「できないよ!オーボエだって吹けないし、楽譜だって教えてもらっても読めるようにならないよ!やりたいんだったら、6人でやればいいじゃん。6人で勝手に楽しんでいればいいじゃん。わたしはやらないから。」
わたしはその場で席を立ち、ガンっと机を強くたたいた。そしてそのまま食堂を出ていく。わたしの名前を呼ぶ声を背に受けて……。
次の日
私は昨日のことを受けて、澄に会いに行くことにした。いつもこの日は私と澄は隣で授業を受けている。図書館司書に関する講義を受けているらしくて、同じ教室には焔や珀もいるはず……。私は授業前に教室を覗いてみた。中学校や高校のときの教室くらいの大きさの教室。机で学生たちが集まっておしゃべりをしているのが見えた。私は澄の姿を探してみる。けれど、いつもは焔と珀の近くに座っているはずなのに、今日はその姿がない。まだ来てないのかな?と思いながら、私は根気強く探す。すると、教室の後方に一人で澄が座っているのを見つけた。ちょうど焔たちが座っている場所と対角線になる場所だ。その瞬間に澄と目が合う。私が声をかけに行こうと教室に一歩入ると、澄が私のことを避けるように視線をそらした。そして教室を出ていこうとする。私は慌てて教室の外に出た。
「澄!待って!」
私の声に反応して、澄が振り返る。私にムッとした表情を向けてくる。そしてそのまま、私の声に何も返すことなくどこかへ行ってしまった。
「なぁんで澄はあんなに怒ったんだろうな。」
食堂で6人そろって昼食をとっていると、焔が腕を組みながらこうつぶやいた。ワイワイとしていた雰囲気から一気に暗い雰囲気へと変わる。私は、隣にあるいつも澄が座っているはずの席を見下ろした。そしてその椅子を撫でる。
「なんでだろうね……?」
私の脳裏に、昨日の澄が起こった瞬間が思い出される。そして大きなため息をついた。みんな何も言葉を発しない。私の瞳から、涙がこぼれ落ちそうになる。私は目をこすった。
「私のせいなのかな?私が夏祭りの提案をしたから……」
「違うよ、霞のせいじゃない。」
明が私を庇ってくれる。でも、私は納得がいかなかった。
「そんなわけない!私があんなことやらなければ、こんなことにはならなかった。どう考えても私のせいじゃないですか!」
「霞、いったん落ち着いて。これはだれのせいっていうのはないと思うよ。みんなそれぞれに悪いところがあったから、澄は怒ったんだと思うんだ。霞一人のせいじゃない。」
珀の言葉に、涙が止まらなくなってくる。そして私は手で顔を覆った。近くに座っている焔と凪が頭や背中をさすってくれる。
「珀の言う通りですよ、霞。自分をそこまで責めないでください。」
楽が私に声をかけてくれる。その言葉一つ一つが、私の心にじんわりと温かなものを広げてくれた。時間が経って、少し落ち着いてきたようで私は顔を上げる。涙が急激に乾いていくのが分かった。
「ごめん、みんなありがとう。」
みんな一斉に顔を横に振る。それがなんかツボに入ったらしく、私は笑ってしまった。ハハハッという声が辺りに響く。
「ごめん、なんかツボに入ったっぽい。」
おなかの震えが止まらない。私はおなかと口を押さえた。すると、私の笑いにつられたのか、焔と凪が笑い始めた。そこから次第に周りに広がっていって、最終的にみんなで笑い始める。
「じゃあこの話はいったん終わり!考え込んでも答えは出ないだろうし、少しずつ考えていこう。」
明の言葉に、みんなで頷く。すると、凪が何かを思い出したように話し始めた。
「話題変えちゃうんだけどさ、この前参考書を読んでたら面白い英単語を見つけたの!」
凪がスマホを取り出して、検索欄に単語を打っていく。その単語は “dissonance” 。
「この単語ね、ディソナンスって読むんだって!」
こう言って凪が私たちにスマホの画面を見せてくる。映されていたのは、英和辞典のように自動翻訳をしてくれるサイト。そしてそこにはこう書かれていた。
dissonance
dis・so・nance
/dísənəns/
主な意味:不協和(音)、不一致、不調和
「地球では、こういう風に意味がつけられているんだって思って……。」
私は凪に見せられたスマホの画面を眺めていた。〝不協和音〟人が不快に感じる音。音楽に緊張感を持たせる音。2つの音がぶつかる音……。なんだか、今の私と澄みたい。そんなことを思いながら……。
その後の空きコマ
私は空きコマの時間に図書館へ行くことが多かった。そこで、私はいつものように図書館へ向かおうとする。すると、廊下のところで澄を見かけた。いつも一緒にいる女の子の友達と一緒だ。
「澄!」
私は澄に声をかけた。でも澄は振り向くことはなく、スタスタと歩いていってしまう。隣にいた友達が振り向こうとするけれど、澄がそれを手で制止していた。私はじっと澄を見つめる。もしかしたら、振り向いてくれるかもしれないって思って。でもその思いとは裏腹に、澄と私の距離がどんどん広がっていく……。
すると、服のポケットに入れていたスマホがブルブルと震えた。取り出してみると、珀からの電話が鳴っている。私は耳にスマホを当てた。
「霞、外でディソナンスが出たんだ。」
「分かった。すぐ行く。」
電話を切ると、もう一度澄が歩いていった方向を見た。でもそこにはもう澄の姿はない。ほんとは澄も連れていきたいけど、それだと時間がかかってしまうかもしれない。ついてくるとも限らないし……。私は近くにある階段から1階へと駆け下りた。下へと近づいていくと、たくさんの人たちの悲鳴が大きくなってくる。人混みの中で、私は珀たちと合流した。澄以外は全員揃っている。澄の連絡先はみんな知らないから、連絡ができない。
「仕方ないよね、変身しよう。」
明の声を聞いて、みんなで呪文を唱えた。
「グラマー オー!」
呪文を唱えると、私は青色の光に包まれた。光の空間は水で満たされていて、外の光が揺らめいている。私はその光の中を泳いでいく。すると、服がパチンと弾ける音とともに変化していった。袖がひらひらとした半そでの服。そこから膝丈くらいの青いスカートが伸びていく。私はイルカみたいに水の中を後ろに一回転した後、大きな水たまりのある地面に着地した。私の背を超えるほどの大きな水しぶきが上がり、一瞬目を閉じる。目を開けると、私が上げた水しぶきがブーツへと変化し、スカートの上に銀色に輝く布がかけられていた。手を広げると、ゼリー状になった水に当たってオペラグローブがはめられる。そして髪がポニーテールに青色のリボンでまとめられて、手には青色に輝く剣が握られた。
「きらめくB♭は平和の音!伝われ、水の力!」
「「「「「「きらめく音はみんなの力!伝われ、Ensemble!」」」」」」
「あら?最近また7人に戻ったと思ったのに、今日は1人いないんですねぇ。」
木の陰から男の人が出てきた。黒いロングコートに黒いシルクハットをまとっている。そして手には白いガントレットの手袋がはめられていた。あなたは……
「フロッシブ……。」
私は強く唇を噛んだ。フロッシブが出てきたってことは、ディソナンスに近づこうとすると、フロッシブの力で遠くまで飛ばされてしまう。剣を使ってディソナンスを消したいのに、これでは難しくなる……。
「どうしたの?霞。」
凪が私に話しかけてくる。私はその言葉にハッとした。
「ご、ごめん。」
「いや、別にいいんだけどさ……。弱気な表情してたから気になっちゃった。」
私は目を見開いた。そんな、気付かなかった……。
「大丈夫。みんなでフォローするから。」
凪の後ろにいるみんながうなずいているのが見える。私、いったい何を考えていたんだろう?
「ごめん、みんな。行こう!」
「「「「「うん!」」」」」
それぞれが武器を構え、ディソナンスに立ち向かっていく。
「そんなフォローだなんて、通じるわけないじゃないですかぁ。早く倒してしまいなさい、ディソナンス!」
フロッシブの指示に反応して、ディソナンスが動き出す。そして、それぞれ剣と薙刀を持った私と楽に拳で襲い掛かってきた。私はきつく目を閉じ、体を縮こまらせる。そして剣を力強く握りしめた。
ヒュン パァァン パァァン
後ろから細いものが通り過ぎる音と銃声が聞こえてきた。その後にディソナンスの悲鳴が聞こえてくる。私が目を開けると、襲い掛かってきたはずの拳や腕に矢と銃弾が命中している。
「通じるよ、絶対に。」
「俺らは何度もディソナンスと戦ってきたんだ。6人のチームワークなめんなよ!」
明と焔の言葉に、フロッシブがフンッと鼻で笑う。
「なるほど。では、7人になるとどうなんですかね?」
フロッシブの言葉に、私たちの動きは止まってしまい、言い返すことができずに黙ってしまう。それを見たフロッシブは、両手の親指と人差し指を組み合わせて四角形を作ってから話を続けた。
「それは図星ですか?そりゃそうですよねぇ。だって見えますもん。皆さんの間にある不協和音が……。」
そう言ってからフロッシブはにやりと笑った。
「たとえ6人でそろっていたとしても、1人と不協和音を奏でているようでは、音楽はきちんと聞こえてこなくなってしまいますよねぇ……。」
フロッシブはさっき作った四角形の間から息をフッと吐いた。すると、吐いた息が嵐のように強い風へ変化し、私たちに襲い掛かってくる。みんながその風圧に耐えることができず、それぞれ近くにあった壁へ打ち付けられてしまった。
「これで分かりましたか?皆さん。世の中には絶対なんてないんです。少し、自分たちの力を過信しすぎではありませんか?」
フロッシブが腕を組んで私たちのことを見下ろしてくる。私はゆっくりと立ち上がって言い返した。
「確かに、生きていくうえで〝絶対〟なんてものはないよ。でも、私たちが奏でる音楽ではそれがある。たとえ
剣を握る手にいっそう力がこもる。すると、フロッシブがハハハッと笑い始めた。
「〝信じる〟ですか?そんなバカなことがありますか?終わりがあるのかもわからないのに、そんなの信じるんですか?」
フロッシブの言葉に私はムッとした。でも、何と言い返せばいいのかわからない。すると、隣で楽が立ち上がった。
「何事にも終わりがあります。わたくしたちはアルモニーで成し遂げることができなかった
楽の言葉を聞いてフロッシブの顔色が変わった。さっきの余裕の表情から、緊張感をうかがわせる表情に。
「ふん、そんなふざけた考えに付き合っているのも時間の無駄ですね。行きなさい、ディソナンス!」
フロッシブの声に反応し、ディソナンスは私たちを押しつぶそうと手を下におろしてきた。ドシンという音とともに大きな地震のような揺れと、土煙のようなものが私たちを襲う。それらを私たちはそれぞれ横へと避け、再度私と楽が上へ飛び上がった。待ってましたとばかりにフロッシブが私と楽の目の前に現れる。そして手のひらを私たち2人に向けた。どうしよう?また飛ばされてしまう。私は強く体を縮こまらせた。ビュンという音と、強い追い風が私たちを襲う。え?追い風?私がうっすらと目を開けると、そこには扇を広げた凪が、自身の起こす追い風でフロッシブの風を中和していた。
「残念でした。ちゃんと周りを見てくださいね、フロッシブさん。」
そう言って凪がフロッシブのことを蹴り飛ばした。それを横目で見ながら、私と楽は一度近くの木の枝に着地してもう一度ディソナンスの方へ飛び出す。ディソナンスは私たち2人の方を見て、はじき出そうと手を横へ動かしてきた。すると、ヒュンパチンという音とともに珀が鞭で手を打っていく。そして楽が薙刀を使って腕を退けた。
「霞、今です!」
私のジャンプが最高地点に達したところで、私は剣先を上へと向けた。太陽の光を受けて、剣先に強い光が反射する。
「おりゃーーー!」
声とともに私は剣をディソナンスに向けて振り下ろした。ガシャンという音とともにディソナンスが大きな悲鳴を上げる。そして風船が破裂するように姿を消した。私は空中でバランスを整えて無事に地面へ着地する。
「くそ、覚えていなさい。」
この声とともにフロッシブも姿を消した。
「別に急がなくてもいいんじゃないかな?」
「え?」
みんなで一息ついていると、凪があごのところに手を当てながら話し始めた。
「さっきの不協和音の話をしてて思ったんだけど、楽器練習してる時って合わない合わないって必死になって練習してても全然合わないじゃん。でも、ふとしたきっかけでそれが面白いように合うようになることがある。そのきっかけは時間だったり自分の行動だったり……。だから、そのきっかけが起こるまでほっとけばいいんじゃないかなって思ったの。」
凪の言葉に、楽が頷く。
「確かにそうですね。一度離れたとしても、繋がる運命があるなら絶対にまた元通りになります。その運命を、きっかけを、澄と一緒にみんなで待ってみるのもありなのではないでしょうか?」
「確かに」という言葉が、辺りから漏れ聞こえてくる。すると、珀が私の肩に手を当ててきた。
「僕たちは、少し急ぎすぎてしまったのかもしれないね。早く思い出してもらうのももちろん必要だったけど、それよりも大切なことがあったかもしれない。今は急がずに澄に寄り添ってあげようか。」
「〝去る者は追わず来る者は拒まず〟ってことか。いいんじゃないか?」
焔の言葉に、わたしは頷いた。
「何事にも終わりがある。もちろんこの喧嘩にも……。だから、この喧嘩にも終わりが来ることを信じよう。」
明の言葉が、太陽のような温かさや、やさしさをもって心に響いてきた。
~Seguito~
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