消えた地で死に触れる

@museruhito

冷たい屋上



友達が自殺した。

それは本当に突然の事で、まるで何も知らない映画の重要キャラが死ぬシーンを見せつけられた様な、そんな理不尽と理解不能な感情が渦巻いていた。

友達は距離が近過ぎてなんでも物事に突っ込んでしまう所謂正義の味方だった。でも、怪人もいない正義の味方は誰からも疎まれる様に、周りは友達に冷たくイジメに遭っていたらしくて、友達も友人と呼べるのは私しかいなかったらしい。

でも、そんな事は私に一言も教えてはくれなかったし言ってくれなかった。ただいつも通り会って、話して、笑って、帰った後もメールして――そんな私にとって当たり前の1日を過ごしている時に自殺した。

あの笑顔の裏で死にたいと考えていたのか? 「また明日」という言葉と一緒に手を振った私の事をどう思ったのか? 【明日あの番組を録ったDVD貸してくれない?】と私は寝転がってメールを送ったけど、その時友達は自殺する為にビルの高所に居たのか?

友達だから理解したい、したかった。私は友達の気持ちを寝る間も惜しんで考えてかんがえてカンガエテ……そうして考える私はふと思った。


死ってなんだろう?


死には色んな種類があって、それを人は贅沢にも良し悪しと見る。子供を庇って事故で死んだら人は偉いと言って、病で若くして死ぬと可哀想と言って、自殺したら甘えだと言う。

私はだんだん友達の事が薄れていき、逆に死に興味を持ち始めた。人は死んだら天国か地獄という場所に行くのだろうか? 死ぬ間際何を思うのか? 死を直前にするとどんな表情になるのか? 今度はそればかりをご飯を食べる間も忘れて考えた。

家族も教師もだんだん私に抑制を掛けて来て、終いには病院に連れて行こうとすると、私は行動に出た。

私の学校は陽が沈む夕暮れになると閉ざされている屋上の扉が開くという噂があり、それが広がりに広がって【屋上の扉が開いた黄昏時に屋上に行くと魂が抜き取られる】という七不思議の1つになっている。

今の私には絶好の機会だと思い、部活も終わって帰ろうとしている生徒達を後にして屋上に繋がる扉前に立って、私は扉を開く――

「……本当に開いてる」

思わず私はそう呟いて屋上に入った。屋上は黄昏も相まってとても幻想的で、本当に魂が抜き取られた様な錯覚を感じた。

私は囲んでいる柵に身を乗り出して下を見る。そこにあるのはただ真っ平らなグラウンドだけが映し出されていた。ここで落ちたら鉄槌で叩きつけられ鉄の様にひしゃげた身体になって死ぬだろう。

「――――」

何故か身体が動かなかった。あんなに死に興味を抱いていたのに、いざ死が近くなると何も出来なくなる程、私は臆病なのか?

「そこでなにしてるんだい?」

知らない声が聴こえて、私はアクション映画の1シーンの様に身体ごと振り向いた。声を掛けた人は私と同い年位の女子で、細部の所でデザインが違う制服を着ていた。

「…………別に」

「あ、もしかして自殺しようとしてた?」

その言葉に私は顔を強張らせて少女を睨みつけた。

「そんな怖い顔しないでよ〜。私も丁度自殺するからさ、もしかして仲間じゃないかと思ってさ」

「――――」

絶句した。目の前の少女はまるで同じ趣味を見つけた様に軽く弾んだ声で言ったのだ。

これが正気に戻ったと言うのだろうか、私は死の興味から目の前の得体の知れない少女の恐怖の方に目が向いた。

「……どうして、自殺しようとするの……?」

「んー、そこに自殺する場所があるから、かな☆」

震えた声で問うと少女の「そこに山があるからさ」に似たイントネーションに私はまた絶句した。そして、そんな明るく言う少女に私は忘れかけていた大事な友達の事を思い出させた。友達は目の前の少女の様に明るくてよく笑っていて……人見知りな私にはとても鬱陶しかったけど、今思えばそれがとても心地よかった。

「……どうだい、抱えてるなら今言ってみないかい?」

「え?」

「人は悩みがあると大体の事がうまくいかないのさ。今ここで悩みを打ち解けたらきっと楽に飛び降りれるさっ」

普通はこんな不気味な人に何も言う事はないだろうけど、友達以外話す相手がいなかった私にとって、この人の言葉に謎の安堵を感じ、今までの事を全部話した。

「――成る程ねぇ。それで君はこんなにげっそりしている訳か」

「…………」

全てを話すとまた感情が渦巻いた。頭の中はどうして友達が自殺したのか、死はなんなのかという2つの謎が混ざって思わず吐きそうになる。

「でも中々面白いね。自殺は甘えか。私ははそうとは思えないけどね」

「え?」

「だってそうじゃない? 逃げるって言うのは辛いから逃げ出すって事、甘えって言うのはそんな辛い事を無かった事にしたい自己防衛。なら怖くなくて痛くないのが道理だ。でも自殺は怖いし、死ぬ間際は痛い。ならそれは甘えや逃げじゃなくない?」

軽い声で小難しい事を言う少女に私は少し救われたと同時に、1つの希望を抱いた。

「貴女なら、私の友達が自殺した理由がわかるんじゃないの……?」

この人なら知ってるかもしれないと思いながら私は少女に問うと、少女はキョトンとした顔をして言った。

「ううん。全くわからない」

その軽い声が私の中でとても残酷に響く。

「……なに? その驚いた表情は」

「いや……だって、今貴女死のうとしてるじゃない……だから……」

「そうか。自殺ってだけで同一で見ちゃうのか」

「……どういうこと?」

「良く言うじゃない? 【私達は誰でもない特別な存在だ】。それは自殺も同じだと思わない? なんせ自らを殺すと書いて自殺だからね。自分との訣別、この世界からの旅立ち――色々とあるけど、逆に言えば色々な理由で数えきれない自殺がある。事故死や殺害事件よりも解明されない難解で不可解な事だよ」

今から自殺しようとする少女が唱える少女だけの特別な自殺論。この時だけはまるで先生の様に見えた。

「今から死ぬ私には、その友人が自殺した理由なんて永遠に理解出来ないだろうね」

「……なんで貴女は自殺しようとするの?」

私の問いに少女は深刻な表情も悲しい表情もする事なく、あっけらかんとした表情をした。

「それはね、地面がないからだよ」

「地面が……ない?」

「そうだね……私達の世界は地面に足を踏んでるから立っていて、地面を蹴って歩いている。それは当然だよね?」

私は少女の言う通り当然の様に頷いた。

「そんな歩いてる自分に一考して下を見るとね――地面がないんだよ。踏む場所がないっていうのは、とてもあやふやで何も無いんだ。支えるモノが無く、自分すらもそこに居ない世界で――どうやって生きるの?」

そう言って柵を乗り越えた少女に私の身体はまるで時が止まったかの様に動かなくなった。

「ありがとう! アナタと話したお陰で今回は清々しい気分で落ちそうだよ!」

「――――」

屋上から来る激しい風の音も帰る生徒の声も私の声も何も聴こえない中、少女の声だけがまるで鐘が鳴り響く様だった。

「あはは! 本当に意味わからないって顔してるね? けどさ、魔女と呼ばれた少女が聖女になるまで数百年掛かったみたいに、数十年したらこの気持ちも理解出来るんじゃない?」

「――――! ――――――!」

自分自身何を言ってるのかわからない言葉を投げかけると、少女はどこか満たされた様に微笑んで――屋上から降りた。

「――待って!」

私の声が聴こえた時には、屋上には私しか居なかった。

さっきまで話してた少女がいなくなったと感じると、身体から体温も感覚も全て消えた気がした。これが絶望というのだろうか? それとも自棄というのだろうか?

(――どうして私はここに居るの?)

そう私は一考すると、支えてた地面が消えて宙に浮いた様な感覚に襲われた。

自然と足が動く。地面の無い地面を歩いて、そのまま何もない空まで行ってしまおう――



『――じゃあ、元気でね』



友達が私に贈った最後の言葉が幻聴として聴こえた。すると急に身体が凍える様に寒くなって全身縮こませた。爪が肩にめり込んで痛い

(痛いよっ……寒いよっ……! 誰かっ……誰か助けてっ……)

身体の震えと涙が止まらず、勝手に出る嗚咽だけが屋上に響いた。その時、私は初めて死に触れた気がした。





うるさい目覚まし音の後に私は起き上がる。

まだ眠っている身体を動かし、満たされたいと叫ぶお腹の音に応える様に私は口の中にパンを入れると、まだ満たされないぞと文句を言う様にまたお腹が鳴った。

私はそれを無視して制服に着替え、家族に「行ってきます」とだけ言って家を出て行った。

――私が産まれる数十年前、在学している学校に自殺した生徒が居たらしい。なんで自殺したのかはわからないけど、その生徒の霊は黄昏の屋上で彷徨っているのだとか。

(――どうして私はここに居るの?)

学校に向かう道を歩きながら私はそう一考して下を見ると――当たり前の様に地面を踏んでいた。

あの少女は私を引き止めた聖女だったのか、それとも自殺を誘う魔女だったのか……それはきっと、数十年後に死と一緒に理解出来る時が来るだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

消えた地で死に触れる @museruhito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ