第1章:導かれし者たち
第1話:幼馴染
ゴーン……ゴーン……ゴーン……
朝日に照らされた黄金色の鐘音が、打ち寄せる波と絡み合い不思議なハーモニーを奏でている。
ウォーリン。イース島で唯一の漁港を持ち、島全体で漁業関係の仕事を行う村でカインの生まれた村だ。
協会に備え付けられた鐘楼から流れる音色を、カインは波止場に腰を掛け、海を眺めながら聞いていた。
カインの黒い瞳は、穏やかで静かな海面をじっと見つめ、ひたすら眺めていた。
どれくらいの時間がたったのだろうか、不意に人の気配を感じ、カインはゆっくりと振り返る。
「おっす、やっぱりここにいたんだな」
陽気な声が、親しげにかけられる。波止場で座るカインの隣に立つと絵に描いた太陽のようなオレンジ色の逆立った髪をした少年が、笑みを見せた。
「おはよう、カイザー。今日は早いね」
「カイザーはやめろって、そりゃそうだろ、アレが揃ったんだ。落ち着いてなんかいられないぜ」
カインが身に着けている麻の服よりも、高級な絹の服を身に着けた彼は、身分の高いことを知らせているようだった。
この少年の名はゼノ・ゴルン。このイース島を収めている王家、ゴルン家の二男である。破天荒な彼を知らないものはこのイース島にいない、もし知らない人がいれば、きっと信じてもらえないだろうが、彼はこの国の第二王子なのだ。
ちなみカイザーというのは、幼少期のゼノが大きくなったら皇帝になりたいと言っていたので付いたあだ名が
「じゃあ、行こうぜ、カイン!」
「うん」
ゼノの親指は自分の背後を指し、ウォーリンとは真逆の木々が生い茂る森を示していた。二人は他の人にばれないように、こそこそと森に入っていく。
その二人を追う、人影に気が付かずに……
*
陽はかなり高くなり、木々の間から零れる光の線がほぼ真上から降り注いでいる。
森の奥にたたずむ遺跡は、湿度の高い場所の為か薄く霧がかかっており、どことなく神秘的な雰囲気をかもしだしている。
「海洋調査団のお前の親父さんが見つけたその透明な欠片、マテリアルだっけか?それがきっと最後の欠片に違いないぜ!」
鳥のさえづりさえ聞こえない、この霧がかかった遺跡の中でゼノの大きな声は、こっそりと彼らを追う者にとっていい目印となるだろう。
遺跡の奥にたたずむ神殿にたどり着くと崩れかけた階段を上り、その先にある重く閉ざされた石扉を開け中に入っていく。
「なぁなぁ! 絶対何かが起こるよな! あぁ~待ち遠しいなぁ!」
隣ではしゃぐゼノをカインは微苦笑しながら歩く。
「俺達が住むこのイース島、世界でたった一つだけの島……こんな小さい島が一つしかないなんておかしいと思わないか?」
過去に何度も遠洋調査やゴルン王国より選抜された調査団が、繰り返し調査を行ったがイース島以外の島どころか陸地すら見つかっていなかったのだ。
「このマテリアルって代物だって、あの古文書を解読できた『堅物ココ』の奴だって詳しいことは分からなかったんだ……きっと、起きるはずさ!」
「そうだね……。ゼノ、『僕たちは何が起こっても……』」
「『命ある限りずっと一緒』だ! よーっし、じゃあ覚悟をきめたところで欠片を合わせるぞ!」
二人は神殿内の中央に意味ありげに立ち並ぶ台座に向かう。様々な色をした台座が数多く並んでおり、そのなかで黄色の台座に置かれた半透明の割れた球体の前に立つ。
カインが肩から下げた皮袋の中から黄色の半透明の欠片を取り出す、不思議なことに割れている断面とぴったりと合いそうな形をしている。
「ふふふ、なるほどなるほど、近頃二人で何かをしていると思えば……楽しそうじゃない」
埃が舞う神殿内に透き通るような、可憐な声が響く。
ぎょっとなり、二人は恐る恐る振り返ると、石扉に寄り掛かるようにして声の主である少女が立っていた。
苦虫を噛み潰したような表情でゼノは呟いた。
「ラウラ……」
嫌そうにする彼を無視すると、ラウラはカインに視線を向ける。
相手が王子であっても全くと言って気にしていないようだ。
「仲間外れは酷いと思うの、カイン。毎日、顔合わせていたのに……ゼノなんかと一緒にこんな楽しそうなことをしていたなんて、あんまりよ」
小柄で
整った顔はどこか気品のある雰囲気を与え、色白の肌に目を奪われそうになる。
「えっと、ラウラ……」
「カイン」
幼馴染であるカインが弁明をしようとしたのが分かったのか、それを遮るようにしてラウラは言った。
「カイン、あなたは悪くないのは分かっているから大丈夫、全ての元凶はあのオレンジ頭の馬鹿王子ってことでしょ、うんうん、いいのよ」
「おい、こら、さっきから馬鹿だのなんだの一言多いんじゃないか?」
「あなたは黙ってなさい」
カインに向けての好意的な視線とは別に、ゴミを見るような目でゼノを睨みつける。
さきほどに続いてカインは二度目の微苦笑をしていた。
「ゼノにカインを任せると厄介ごとに巻き込まれかねないから、私も一緒に同行するわ、いいでしょう?」
「なっ! ダメに決まってんだろ! 何が起こるか分からないんだぞ!」
自分より一つ年上のゼノが慌てる様に微笑を浮かべると、短いスカートをひらひらとさせながら神殿の中に入ってくるラウラ。
その表情は『その言葉を待ってました♪』と言わんばかりに勝ち誇った顔をしていた。
「まぁ、そんなことを言っていいのかしら?……ゴルン王に言いつけてもいいのだけど?」
ぐぬぬ、とゼノは後ずさりした。
ゼノはこの数日間で何度も自宅である城で軟禁されては出ての繰り返しをしていた。それもこれも今日という日を迎えるために、城の宝物庫を漁ったりと様々なことをしでかしていたからだ。
そんな状態で自分の居場所、それも隠れ家的な場所を教えられては今後の事に差し障るかもしれない……何よりも、自分を探すために島全体を探しに来る兵士たちの苦労も考えるとなおさらだ。
大胆不敵に見えるゼノは、それなりの常識をもっているためにラウラの言葉に心を揺さぶられていた。
ゼノはちらりとカインを見た。
視線に気づいたカインは両の掌を空にむける仕草をすると、ゼノは白旗を上げた。
「……降参だ、ラウラ。一緒に来ても構わない、だが! 絶対に
くすりと笑うラウラの表情は勝利を確信した満面の笑みを浮かべていた。
口から魂が出たかのように肩を落とすゼノと対象にカインは、柔らかな笑みを二人に向けていた。
ウォーリンの村長の一人娘、ラウラ。彼女もまた、ゼノと同じくカインの幼馴染だ。
ラウラは誰に対しても優しいカインにいつしか惹かれ、他人の中では飾りっ気の無い、あるままの自分をさらけ出す唯一の友人になっていた。
ゼノも同じだが、カインの事でからかわれて以来、敵意をむき出しにして罵声を浴びせている。それでもなんだかんだ言いながら三人で遊んできた。
浅く、幅の狭い川を、素朴な材料で作った
今回も『冒険ごっこ』で終わるかもしれない……でも、彼らからすればこれもまた立派な『冒険』だ。
年々、一人前の女性として成長していくラウラをいつしかカインたちは避けるようになっていった。村長の一人娘がいつまでも自分達の下らない遊びに突き合わせるわけにはいかない、彼らなりの気遣いだったのだが、ラウラにとっては不満を溜める要因になったのは言うまでもない。
因みにゼノもまた王子ゆえ同じことをカインは尋ねたが
『遊びもまた勉強、民衆の娯楽を知ることでこれからの国造りが変わるかもしれないって兄貴は俺に言った。だから、止められるまで俺はお前と遊べるぜ!』
親指を立てながらゼノは言った。
こうしてまた三人で遊べることがカインにとってこれ以上ないほどの喜びだ。
言い合いをしながら台座に向かう二人の背中を追うように、カインもまた台座に向かっていくのだった。
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