3. 秋
日に日に大きくなる焦りがなんなのか、どうすれば逃れられるのか、どうしても分からなかった。
ご飯を食べていてもお風呂に入っていても、他にもっとすべきことがあるのではとおろおろしてしまう。
本も読めなくなった。
図書室には変わらず通っていた。背表紙を無心で眺めながら歩くと落ち着いた。以前に読んだ本をパラパラと読み返すこともある。でも、一冊に集中して向き合うことが出来なくなった。
私はいらいらとしていた。
これがシシュンキというやつだろうか。私はそんな身体的物理的なものに影響される気はなかったのに。誰もがこれを心のなかにしまっているというのだろうか。そうは思えない、みんな馬鹿みたいに何の悩みもなく見えるのに。
みんながこれを持っていたとしたら、この小さな共同体はもたないと思う。そうだ、そうなのだ、これは私だけが特別に持っているに違いない。こんなもの持ちたくもなかったが。
でも、あの人はどうだろう。あの人にも?
春の夕暮れの教室でひとり、空を眺めていたのを思い出す。机に頬杖ついて、大切な故郷を見るかのように。空のもっと向こうの向こう、たどり着けないどこかに憧れて、でも一歩も近付けないことに焦れて。
あの人はなにを考えていたのだろう。あの人のたどり着けないところ、足りないものはなんなのだろう。あのどうしようもない憧憬は、一体どこに向いていたのか……。
図書室には夕日が差し込んでいた。床はオレンジと黒にくっきり分かれていた。
ああなんだか……
私は、自分は、確かにここにいるのに、立っているのに、なんだろう。私は一体誰で、一体どこにいるんだろう。
寂しい。
これは、寂しいということだ。
ああなんで涙が出てくるんだろう。
寂しい。私も。あの人の、どこかを向いていた目も。
ずっとひとり。
一歩も動けなかった。このままこんな思いを持っていかなきゃいけないなら、どうか神様、今この瞬間に世界を滅ぼしてください。
私もあの人も誰もが宇宙の塵になって一緒にぐるぐるとさ迷えればいい。未来なんて望んでいない。
つまらない大人になっていくだけなら、今ここで……
扉が開く音がした。うかがうようにそっと。
本棚を回り込む足音がする。足早に探しているのは本ではないようだ。
私は待っていた。こんなときいつも私を見つけてくれる、救い出してくれる私の神様を。
「泣いてるの?」
ああやっぱり。この人はなんで分かるのだろう。私の神様。
「泣いてない。泣いてないけど……」
俯いたら案の定、雫が落ちて夕日色に跳ねた。
私はひとり。明るい未来はない。分かってる、でも……
「泣いてもいい……?」
否定するのを諦められない。
あったかい手のひらが頭を覆ってきた。
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