2. 夏
それは夏休み最後の日。
紺地に絞りの浴衣は、おばあちゃんが若かったお母さんのために作ったもの。赤い帯とかんざしを合わせて、私はちゃんとやまとなでしこになっていた。
駅の中は蒸し暑くて、鮮やかな色で溢れてる。浴衣の女の子はいいな、世界を明るくするな、と思った。自分はどうなのかな。私は世界を明るくしたいのかな、それとも滅ぼしたいのかな。
彼は少し遅れてきた。来てくれただけで嬉しかったのに、私はちょっと拗ねてみせた。だって浴衣の女の子を待たせるなんてだめなことだ、たぶん世間では。
Tシャツに短パンで、汗をかいていた。全然似合わない渋い扇子をパタパタあおぎながら、浴衣の女の子と歩くなんて初めてで胃が痛くなっちゃったんだと言った。言ったあとになって目を泳がせるから、私だってどうすればいいのかわからなくて俯いた。
浜辺の砂はさらさらと冷たく、気持ちいい。
花火の切れ目に夜空を見上げたら、海の向こうに遊園地の明かりがあるのに、星が少し見えた。
「私小さい頃から星を見るのが好きだったの。このまま星の向こうに飛んで行ってしまいたいって、ずっと思っていた」
誰にも言ったことはなかった。自殺願望なんてない。そんなエネルギーなんてない。でもどこか遠くに行ってしまえればいいのにと、隕石が降ってきてなすすべもなく滅亡してしまえばいいのにとずっと私は思っていた。
「もしかしたら星の向こうのその先には、俺がいるのかもしれない」
空を指す彼の指は、長くてすらっとしていた。
私も手を伸ばす。触れたい。触れられない。近くに寄りたい。どの星よりも遠い、きれいな指。
また花火が始まった。スターマイン、ラストスパートだ。
「小説を書いたことがある」
お腹に響くどおんどおんという音の合間に、ぽつんと言った横顔は真剣だった。まっすぐに前を見つめる瞳は、色とりどりの光が踊ったり、闇に沈んだりした。
「どんな?」
「普通の恋愛小説。でも相手の女の子が未来の人間だったという。ありきたりで恥ずかしいけどね」
「読んでみたい。最後は?」
なぜかじっとこちらを見られる。左頬がいろんな色に染まっている。急に、彼は泣いてしまうのではないかと思った。
「未来に帰っちゃう。悲恋なんだ。違う世界の人間だから仕方ない、結ばれないんだ」
ひときわ大きな音が響いて、視線が外れた。最後の柳が大きく舞って、長く尾を引く。どこからか拍手が始まって海岸を埋めた。
最後の光が落ちきるまで、私たちは無言で空を見つめていた。
人の波がゆっくりと動き出す。
「電車、混んでそうだね。このまま少し待とうか」
私はゆっくり頷いて、夜空を見ていた。
しあわせでしあわせで、かなしい。
ああどうか、このまま物語が終わりますように。
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