第5話

傷付けたいわけじゃない。

殺したいわけでもない。

それでも、なぜか命はこの手にあって。

振りかざすナイフ。

流れる血。

それを見ながら私の中の何かが急速に冷えていく。

「またこの手で命を終わらせてしまった」

と。


ただ、苦しむ姿を見たくなかった。

痛みに歪む表情や、もがく声。それらの全てが苦しくて。

その苦しみに終わりがないのであれば。

その痛みが癒えることがないのであれば。


…私が終止符を打とう。


今ではどんな殺人鬼よりも的確にナイフを扱える。

どんなベテランの外科医よりも内臓を見慣れている。

そんな私の手には、きっと取れることない血の匂いが染み付いているのだろう。

でもきっと、それが使命だと思ったのだ。

私がこの世に生まれてきた意味。

尽きぬ苦しみから、私のこの手で少しでも解放してあげられるのならそれでいい。


傲慢なのかも知れない。

そうしてあげたい、と思う事は取るに足らない私のような人間の愚かさで。

命の操作をしてしまえるのは神の領域。

そこに踏み込んだ私はとんでもない犯罪者だ。

それでも、どうにかしたいと思ってしまった。

これは、私の罪。

「どうにかしてあげたい」

なんて考えてしまった、愚かな私の罪。


誰かが呼んでいる。

苦しくて、痛くて耐えられないと。

どうかこの命を終わらせて、楽にさせてと泣いている。

聞こえてしまえば、もう私は止められない。

自分自身の手がまた罪を犯すのを、止めることができない。

そして、私が奪った命を弔うべく、今日もまた聖なる歌を口ずさむのだ。

この人気のない公園の一番奥で。



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路地裏のマリア マフユフミ @winterday

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