第4話

何だい?

あの公園に住む悪魔の話が聞きたいって?


あんたたちも物好きだねぇ。

そのために、こんな町外れまでわざわざ。

悪魔って話、そんなに有名な話なのかい?

え、知らないのかって?

もちろん知ってるよ。

ただ、悪魔なんかじゃなく、公園の奥に現れる女の子の話ならね。

そもそも、何がどうなって悪魔だなんて話になったのか、私にはさっぱりだよ。


もちろん、あの子が悪魔だなんだ言われてることは知ってるさ。

この辺でも一時、そんな話も出てたからね。

でも、何がどう悪魔なのか、説明してほしいくらいだよ。


じゃああの悪魔は何なのか、だって?

さて、一体何なんだろうね。

それは、あんたたちが決めることさ。


ところで、あんたたちはなんであの子を悪魔だと思ったんだい?

公園の奥でゆれるいくつもの炎とか、暗闇に響く讃美歌の調べとか、そういうのが悪魔の儀式っぽい?

あんたたちは、それっぽっちのことで悪魔だなんだって騒いでいるのかい。

くだらないねぇ。


奪った命で儀式を行う?

そのための炎と讃美歌?

馬鹿馬鹿しい。

よくもまあそんな現実離れした発想ができるもんだよ。

悪魔ってのをあたしはよく知らないけど、映画で見た悪魔はそんな可愛らしいもんじゃなかったけどね。

しかも悪魔が讃美歌なんか歌うのかねぇ。


何?じゃあ炎や讃美歌は何なのか、だって?

それはもちろんあの子が関わってるよ。

でもね、あの子は決して悪魔なんかじゃない。

あたしはこう思ってるのさ。

公園に住むあの子はきっと「弔う者」だ、ってね。




あの子がこの公園で見かけられるようになったのは、ここ1、2年の話さ。

気がつけば、夜に柔らかい音色とやさしい歌声が聞こえてきて、よくよく奥の方を覗きこめば、いくつものろうそくの炎がゆらゆら揺らめいてたんだ。


もちろん最初は気味が悪かったさ。

それこそ、悪魔だなんだって言いたくなるのも、まあわからなくもないさ。

それでもね、聞こえてくる歌が、それはそれは美しかったんだよ。


ほら、どうしようもなく疲れて帰ってくるような日があるだろ?

仕事も何もうまくいかない、家族とはケンカする、電車に乗り遅れる、買いたかった本が売り切れてる、そんなささいな心の歪みが溜まっていくようなそんな時。

あの子の歌声が、妙に心に響くんだよ。

心に入ったいくつものヒビを、そっと手で包んでくれるみたいな。

うなだれた頭を優しく撫でてくれるような、そんな感覚に陥るんだよ。


そして、その歌声はだんだんたくさんの人達を救うようになっていったのさ。

気味悪がっていたあの人も、正体を暴いてやる、なんて息巻いていたあの人も、みんな歌声に癒やされた。

そうこうしているうちに、救われた人たちは誰も、あの子のことを悪いものだと思わなくなった。


このあたりの人みんなに聞いてみな。

きっとみんな、声を揃えて言うだろうよ。

あの子は悪魔なんかじゃなく、どちらかというと救いをもたらす天使なんじゃないかってね。


それで?

あたしは天使だと思わないのかって?

ああ、「弔う者」って言ったからだね。

確かに、そう言ったね。

あの子はきっと悪魔でも天使でもない。

だってね、あたしは見たんだよ。


血まみれの猫を抱えて、公園の奥へと歩いていくあの子を。


それは、夕暮れも深まってきたある日のことだった。

そう、ちょうど今みたいな時間だったね。

あたしはちょうど、公園の裏手のスーパーから夕飯の買い物をして帰る途中でね。

薄暗くなる中、早足で公園の横を通っていたのさ。

するとね、だんだん歌声が聞こえてくるんだよ。

ああ、今日もあの子が歌ってるんだなー、そんなことを思いながら、なんとなく公園の中を覗き込んだとき。


見えたのは、血まみれの猫を抱いたあの子だった。

そりゃ驚いたよ。誰だって、血まみれの生き物を見たらびっくりするだろ?それも薄暗い夕方に。

公園の1番奥までゆっくり歩きながら、

「これでもう、痛くないね」

あの子は確かにそう言ったんだよ。

血まみれの猫を撫でながら。


それがどうしても気になってね。

そっと跡をつけたのさ。

勇気がありますね、だって?

あたしは昔から、好奇心が旺盛なんだよ。

気になったものを放っておくなんて、そんなこともったいないじゃないか。


どうやらその猫は、車に轢かれたみたいだった。

あの子がブツブツ猫に話し掛けてるのが、なんとなく聞こえたんだよ。

ほら、そこの大通り。可哀想に、よく生き物が轢かれてるんだ。

どうやらその猫も、もう助かる見込みもないほどひどく傷ついて、それでもまだ命はあって。

苦しそうに泣いていたらしいよ。


そんなことを話しながら、あの子は猫の体から鈍く光る何かを引き抜いたんだ。

それは、夕陽を映して輝く、小さなナイフだった。

あの子はそれを抜きながら、

「ごめんね」

と一言つぶやいたんだ。


きっと、猫に突き立てたのはあの子さ。

ナイフを操る手の動きも、熟れたものだったよ。

それでも、どうしてもあの子が悪いことをしたようにはあたしには見えなかった。

猫を撫でる手つきが、何よりやさしかったからね。


それに、「もう痛くない」っていうあの子の言葉。

あまりにも苦しそうな姿を見かねたんだろうね。

いわゆる安楽死ってやつさ。

死にきれず苦しむ猫に、最後のトドメを刺してやったんだろう、とあたしは思うよ。


そのうちあの子は、土を掘り返して猫を埋めたんだ。

平べったい棒をその前に刺して、ろうそくに火を点して。

猫を悼む思いだったんだろうね。

いつものようにやさしいけれど、悲しげな讃美歌がその夜はずーっと聞こえていたんだ。



これが、あたしがあの子を「弔う者」って言ったすべてさ。

信じるも信じないも、あんたたち次第。

すべてはあたしの作り話かもしれない。

あの子はただ単に猫を殺したかっただけのイカれた奴なのかもしれない。

本当は、どうなんだろうね。


おや、今日もまた聞こえてきたね。

あの子の歌が。

どうにも哀しくてやさしい調べだね、今日の歌も。


さあ、あんたたちは、あの子を悪魔だと思うかい?


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