第4話 婚約者の秘密

私はピアノを弾くのがとても好きだ。

決して上手いって訳じゃないけど…でも普通の人よりは弾ける。


家の図書室から楽譜を取り出す。

今日は珍しくカロンが来ていない。

今はお昼寝タイムなのだ。

少し寂しいけど、寝る子は育つのである。


婚約者との面会のあと。

彼は割と頻繁に我が家へやってきた。

こちらが向かいますのに、と言うと

「いえ、これでいいのです」と優しく微笑んだ。…セレーナこんないい婚約者いたのかよ…。


私は9歳を迎え、王族のもとへ顔を出す機会も増えた。いまだにクリア王子とは会っていないが、会わないに越したことはない。


自分の気になった曲を次々と取り出し、ピアノの置いてある部屋へと向かった。


椅子の高さを調節し、楽譜を開く。

この世界の音楽はとても不思議なメロディで、私はとても好きだ。


鍵盤に指をのせて、楽譜通りに弾く。

確かこの曲は「死んだ恋人」に向けて作られた曲だった思う。


私は死んだ恋人がいた訳じゃないが、

2次元という壁のせいで手を伸ばしたくても届かない。どれだけ努力しても触れることの出来ないもどかしさを体験しているため、なんとなくこの曲は体に染み込んでくるような気がする。


あなたに触れる為ならば

私は命をも捨てましょう。


私は1つのフレーズを歌ってみる。

あぁ、なんとなく分かるな。


愛する人に触れられないのはとても辛い。しかもそれは人間がゆく事の出来ない場所であればあるほど。


ふと。誰かの視線を感じる。


「…?誰かいるの…?」


「素敵な演奏と歌だね。

思わず聞いてしまった。」


少し申し訳なさそうに顔をひょっこり出したのは、婚約者のキースだった。


「ありがとうございます。

とても、素敵な曲ですよね。」


私がそう言うと、キースは少し寂しげな顔をする。


「あの…想い人でも、出来ましたか?」


私は目をぱちくりする。


「?えぇどうして…?」


「いや、誰か会いたい人でもいるのかな、と。すごく切なげに歌っていたから…。」


と少し苦しそうに呟いた。


「いえ、なんとなく分かるなというだけですので、決して想い人ができた訳ではないですわ。」


「そうですか…。」


彼はそういうと1歩、また1歩と私の方へ歩いてきた。


そして私の後ろに立つと、優しくぎゅっと私の体を包み込んだ。

キースから漂ういい匂いと、体を包み込む温度に心臓はばっくんばっくんと鳴り響く。


「……私は、」

彼はそういうと、少し躊躇った様子で何かを言いかける。


「…いえ、突然失礼致しました。」

彼はそっと私の側から立ち去ろうとする。その横顔がなんだか寂しげで。思わず彼の袖を掴んでしまった。



「あ、あの、もっと一緒にいたい、です。もしお時間があれば、ですけど」


私は内心(やっちまったーーーー!)と絶叫しながらそう伝える。


キースはとても驚いたような顔をしてすぐに微笑んだ。


「はい、よろこんで。」


同じ9歳とは思えないほど妖艶である。一瞬くらっとしちゃった…。


「実は僕、母を亡くしているんです」


彼はそう言った。


「だから、あの曲がすごく心に響いて。」


「僕はよく、母なき子としていじめられていたんです。だから優しくしてくれるあなたがとても素敵に思えて。」


薄いとはいえ王族の血を引き継ぐ彼をいじめるとは。とんだ度胸を持っているんだなとか思ったが、子どもはそんなもんである。無邪気さゆえの暴力。


「さっきあなたが歌っているのを見てしまった時、あなたは今にも泣きだしそうな顔だったから、僕はまた大切な人を手放さなきゃいけなくなるのかと焦ってしまって。」


えっ私そんな顔してたの?!

気が付かなかった…。


「でも先ほど、そんなことはないと言っていたので。安心しました。」


彼は嬉しそうに微笑む。

そうか、母を亡くして…。

だから私のお母様を見ている時の目が少し、潤んでいたのか。納得。


「…私はキース様のような婚約者がいてとても幸せだと思っています。」


私がそういうと、今まで見たことのないくらい顔を火照らせた。

元々白い肌だったので、赤くなっていく様子がよくわかる。


「…私も、セリーナ様が婚約者で良かったと思っています。」


と、はにかみながら呟いた。


「おねえさま!!おねえさまどこ!!!!!!」


と、こんな熱々なムードに構わずカロンの悲痛な声が聞こえる。

私は苦笑しながら席を立つと、「また、お会いできたらいいな」と言葉を投げかける。


「もちろんです。」

彼はそういうとふわふわと微笑んだ。


「おねえさまぁぁあどこおおお」


若干泣き声が混ざってきたので私は慌てて義弟の元へ向かう。


目が覚めたらしく、隣にいたはずの姉がいなくなっていてすごく混乱しているらしい。


「カロン」


泣きべそをかいている可愛い義弟に声をかける。すると


「……どこ、いってたの…。」


といいながら私をぎゅうと抱きしめた。


「ピアノを弾いていたの。」

とまだいじけている義弟の頭を撫でながら答える。


「……あいつの匂いがする」

あいつ、とはおそらくキースの事だろう。


「うん、たまたま会って」


と言うと義弟は小さな声で

「…ずっといっしょに、いたいのに」

と呟いた。


「ごめんね。でもカロン心地よさそうに寝ていたから、起こすのは可哀想かなって。」


「目が覚めた時に、ねえさまがいない方が、嫌だ。ぼくもいっしょにいく。ずっといっしょ。」


「はいはい、ずっといっしょね。」

と、ぐすぐすといじけている義弟を宥めながら適当に流す。


「やくそく、だよ」

とうるうるした瞳で私を見つめた


「うん、やくそく。」



その時、カロンが呟いた破らないでね、姉様。という声はキースの余韻に浸っていた私の耳には届いていなかった。

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