9/11〜追悼…m(_ _)m

人間とは奇妙な生き物で、自分が生まれる20年前の話を聞いても江戸時代か戦前の日本と同じくらいに遠いセピア色のイメージしか沸かないものなのに、年をとって振り返る20年前は昨日の事のように覚えている…という事も多々あるものです。


  ※     ※     ※


20年前、俺はまだ会社員だった。帰宅した時、夜の10時を回っていて、つけたテレビでビルが燃えているのを見た。「酷い事故だ」と思ったものだった。断片的な情報しか飛び込んでこなかったので何が起こったかは全く判らなった。ただビルに飛行機が突っ込んだという話を聞いて、当時の俺は「ああ、バカが飛行機をハイジャックしてマイクロソフト社のフライトシミュレーターのマネをして、間違えてビルに突っ込んだんだな」と本気で思っていたものだった。


MSのフライトシミュレーターは当時は出来がよいと評判で、自分で本物らしく飛行機を操縦できること、そして誰もが一度は「金門橋ゴールデンゲートブリッジの下をくぐる」・「グランドキャニオンの谷間を高速で飛び抜ける」ともう一つ「ツインタワーの間を音速ギリギリですり抜ける」というのをやって遊んでいたはずだったからだ。なのでゲームマニアがバーチャルと現実をごっちゃにして「やった」のだなと直感で思ったものだった。

よくわからない状況のまま、しばらく後でもう一つのビルにエンジンポッドが二個の飛行機が突っ込んでいったのを見た。その時「あれ?オカシイよね??」と疑念を抱いた。


「今日は変な日だな? 同じビルに二度も飛行機が突っ込むなんて、そんな事故が起こるものなのかね?」と…。


当時の俺の脳裏には「テロ」という考えは「全くなかった」。理由は簡単で21世紀の最初のこの年、アメリカは圧倒的に世界最強国家だったからだ。それもずば抜けて…。

仇敵だったソ連は債務破綻を起こして自滅し、数千兆円もの債務を引き継いだロシアは極貧にあえいでいた。かつての「悪の帝国」のイメージは木端微塵で「コジキと売春婦だらけの国」という酷い評価が世界中に広まっていた。中国はまだ全くの貧乏国家だった。EUは主力の東西ドイツが併合して10年しか経っておらず、域内規模もまだ小さく、EUの中心だったドイツは脆弱だった。


そして当時、アメリカを脅かす唯一の超大国日本はバブル崩壊の後処理でデフレ地獄であえいでいた。俺の廻りでも失業者だらけで、将来の希望の見えない陰鬱な日本であり、飛ぶ力を失った哀れなアホウドリのような醜態を全世界に晒していたのだ。日米貿易摩擦も激しいものがあり、いまの中国ほどではないものの日本は常に追い詰められていた。日米関係は最悪期だったようにも思う…。


他方、アメリカはクリントン政権時に一気に経済規模を拡大し、インターネット・バブルまで引き起こすほど国力を回復させていた(この破綻が一因で政権はブッシュ共和党に移る)。世界最大の経済大国にして圧倒的な軍事大国。唯一の勝者は無敵だった。米国に勝てる国はなく、逆らう国さえもはやいないほどだった。事実、当時こそ正に「アメリカ・ファースト」であって、事実、ブッシュはそのように振る舞っていた。実際、復活したアメリカを見て「すげぇ…」と感じていたものだし、「こりゃ、大日本帝国おれたちで勝てる相手じゃねーわ」とも実感したものだった。


核兵器からドリトスまで、あらゆるものを持っていた米国に対し、まさか頭から突っ込んでいくようなヤツなどいるはずがない…と当然、俺は思っていた。なので二機目がビルに突っんだときでさえも「テロだ」とは「全く気づかなかった」。アメリカに戦争しかけるバカなんているはずないと思っていたし、そんな事やって勝てるヤツなどいるはずないと信じ込んでいたからだ。そんな事すれば、最悪、核攻撃を受けるに決まっているからだ…と。正気の沙汰じゃない。


今にしてみれば「俺はどうかしている」という酷い勘違いだったが、国外テロによる旅客機強奪自爆テロ…などということの方が、俺にとっては全くの非現実的な話だった。その後で「他の民間機が乗っ取られた。行方不明機が数機いて、アメリカ本土空軍機が最悪、撃墜するつもりで緊急発進した」という衝撃の話が続々伝わってきた時にも「本当にテロなのか?そんな事するバカいるのか?」と半信半疑だったほどだ。


しかし国防省に突っ込んでいったという事実と二棟のビルが完全崩壊し、死者が3000人にのぼるらしいという事、なによりテロ攻撃の標的の可能性のあった米国議事堂から退避した議員たちが手を取り合って「God Bless America」を歌い始めたという話を聞いて愕然としたものだった。この歌はアメリカ第二の国歌とされる愛国歌で真珠湾攻撃直後にやはり議員たちが手を取り合って歌ったとされる。その結果がどうなったかは我々は誰よりもよく知っていた。


これで核戦争が始まる…


当時は本当にそう思ったものだった。暗澹たる気分だった。第三次世界大戦の幕開けのように思えた。外れても、不幸であることには変わりない事もすぐに飲み込めた。同時に合衆国に対しては「戦え!必ず勝て!」と、アメリカの味方だったことも付け加えておく。俺はやっぱりアメリカやアメリカ人が好きだったし、テロリストに激怒したのは本当だった…


 でも、その後の事や政治的な話はしない。どうでもいいからだ。ブッシュがどうのこうのとか、夜逃げ同然で手をひいたバイデンが悪いだのなんだのという気もさらさらない。米国市民ではないのだし、ましてや米国大統領でもないのだから。テロ戦争の良し悪しについては語る気にもなれない。ただひたすらに犠牲になった人たちが気の毒でならない。親もいれば子もいただろうし、仲間や友人もいたことだろうから…

 


  ※     ※     ※

  


 もうひとつ別の話をしようと思う。我が高瀬家の近所に、子供のときに何度も遊んだことのある年下の女の子がいた。俺がよく知っている子だった。彼女の旦那さんは富士銀行のエリート行員でNY支社に配属になっていた。そのTさんには彼の事をとても可愛がってくれた祖母がいたそうだが、その方がなくなり、日本での告別式に参加するために日本に一時的に帰国する事になったという。2011年9月10日のことであり、喪中の二週間ほどNY支店を留守にすることになったという。その際、彼の同僚や上司がお悔やみの言葉と共に日本に送り出してくれたそうだ。翌日、送り出してくれた人たちのいたツインタワー南棟・富士銀行支店階にUA175便が直撃した。計12人が亡くなったという…

 

本当にやるせない気持ちになったものだった。

犠牲者と米国の市民の皆さん全員に哀悼と連帯の意思を示そうと思うのです。偉大なアメリカに神のご加護がありますように

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