交差

発条璃々

相思相◯

 あなたは、素知らぬ顔で盗み見た。

 あの人が友達とじゃれ合うように話し賑わう横顔を。

 屈託なく笑うその姿を。

 今日も日課の如く見て、見つめて、ただそれだけの日々。

 あなたは変わらない。変化を求めない。でも止められない想いが、ついあの人に吸い寄せられてしまうだけだ。

 でも毎日のように、あの人を見ていて、誰も気付いていないであろう事実に行き着いた。

 あの人もまた目で追っている。

 あの人が目で追う彼は、教壇に立ち教科書を手に教室を見渡している。

 一瞬、彼とあの人の視線がかち合ったように感じる。

 あなたは何故か、心がざわついた。

 二人はその一瞬を永遠のものにするかのように思えたからだ。

 あなたは変わらないつもりでいた。ただ、見つめるだけの日々で終わるはずだった。

 なのに今は、新たに生まれた感情に苛まれている。

 苦しかった。見続けるのを止めたくなるほどに。

 それでも寸前のところで止めなかったのは、捨てたくなかったから。

 そのずっと抱えて温めていた感情と別れるのが寂しかったから。


 暫くして、あの人が学校に来なくなった。

 彼も学校に来なくなった。

 彼とあの人の聞きたくもない噂が、あなたの制止を振り切って心に流れ込んでくる。

 それは嵐の中の濁流のように、あなたを飲み込んで深く澱んだ淵に沈ませる。


 あなたは空白の席を見つめた。

 そこに座るはずの、あの人はいない。

 あなたの平穏は見事に崩れ去った。あなたはどこか空虚な日々を過ごした。

 それでもあなたは、一歩踏み出せずに二の足を踏む。

 今、あなたが抱えている感情は嫌いだった。付き合っていきたくない。でも切り離せずにずっと付いて回った。


 あの人が数ヶ月ぶりに学校に訪れた。

 だが見る影もないほど、やつれていた。

 誰もがあの人を見ている。遠巻きに、でも好機な目で不躾に投げつけている。

 言葉にはしないが、目が口ほどにものを言っている。

 あなたは耐えられない。と、息ができないほどの圧迫感が教室に充ちている。


 あの人は俯き、机の一点を凝視している。

 教室の生徒がぶつけてくる暴力に何も感じていない。

 あなたの漏れ出してしまう、溢れそうになる想いも届いてはいない。

 あなたは、このままでは窒息してしまう教室を出た。あの人の手をとって。

 教室はざわめいた。

 一斉にあなたに注がれる好奇と畏怖が入り混じった奇妙な視線。

 手に汗をかきながら、あの人の手を引いて、教室を出た。

 力なく手を引かれるままの、意志のない人形のように焦点の合わない目をあの人はしている。

 それでもこんな場所にいるよりはマシだ。

 あなたはそう思い、行動に移した。一大決心だった。考えられないほど勇気を振りしぼった結果だった。


 おぼつかない足取りで、二人して歩く。

 程なくして授業開始のベルが鳴り響く。

 廊下を歩いているのは、あなたとあの人だけだった。

 あなたはあの人の手を引いた。繋いだ手が、重なった掌が熱かった。


 あなたは何も話さない。

 あの人も何も話さない。

 終始、無言で歩き続けた。

 あなたは繋がる手を通して、あの人の鼓動を感じる。

 すごく心地いいリズムを刻んでいる。

 あなたはというと、呆れるほど分かりやすい緊張の鐘を鳴らしていて煩かった。


 結局、行く当てもなく辿り着いたのは保健室。

 保健の先生はあなたとあの人と、繋ぐ手を見ても何も言わなかった。

 ただ、用事を思い出したといって保健室を出ていったくらい。

 あの人をベッドに腰掛けさせ、隣にあなたも座る。

 ベッドのスプリングが軋み、余計にあなたは余裕なく話せず、口を金魚のように開けては閉じてを繰り返している。


 あなたは何を血迷ったのだろうか。

 今でもあの時の行動を後悔している。

 あなたは今まで、どれだけあの人のことを見ていたのかを吐露した。

 吐露して、出して、燻っていた何もかもを出し尽くした。

 そして最後に、色んな感情が芽生えたけれども、一番大事にしていた感情をあの人に告げる。


「気持ち悪い」


 あの人は、初めて真っ直ぐに意志のある目であなたをみて、呟いた。

 あなたは一筋の涙を流しながら、


「その気持ち、持ってる」


 あなたは力なく笑った。

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交差 発条璃々 @naKo_Kanagi885

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