第14話 高飛車お嬢様+1➁

「そ、それでは、試食会を始めていきましょう」

 

 主に俺と飯能寺の間でいろいろあったために、食堂のおばさんがぎこちなく始める。


「そうですね!」「は、はい!」


 そして他の職員さんもそれに続く。


「はい。それでは皆さんの学食も含め、メニューの考案をしてくれたシェフの紹介です。最近テレビでもよく見かける有名イケメンシェフの、疎木新(まばらぎあらた)さんです。なんと、彼、皆さんのOBなんですよ」


「どうも、こんにちは。疎木新です。今から十二年くらい前ですかね、僕も幡代学園に通っていました」


 紹介を受けて、俺達三人の前に立ったのは、やはりシェフだったらしい入り口で出迎えてくれた人だった。


「いや、ここの学食、利用したことはあります? どう? え、ない? ある人は分かってると思うけど、ない人はぜひ利用してください。僕がメニューを考えてるからってわけじゃなくて、幡代の学食はね、本当にいい人たちばかりだから。ご飯の大盛とか少なめとかだけじゃなくてね、ピーマン入れないでとかっていうレベルの要望も聞いてくれるんだよ。まあ、いつもやってると入れられるけどね。けれど、これは職員さんなりの気遣いだから、あはははは」


 疎木さんは話していくが、どこか空回り感は否めない。いや、これは八割がた聞く側の俺たちが悪いって自覚あるんだけど。

 というか、相槌打ったり笑ったりしてるのは優紀だけだ。

 飯能寺はむっつり黙り込んでいる。流石にイヤホンは外しているが、頬杖を組んで意識は疎木さんに向いてないだろう。オーラとでもいうの黙っていても存在感のある彼女がこうしているのが、途轍もないプレッシャーだろう。どこか不機嫌な感じもするし。

 俺はと言えば、まあ、そう言うのが苦手だ。軽く頷いたりくらいはしているが、愛想笑いに愛想笑いを返せない。申し訳ないが。


「それじゃあ、今日の料理を紹介します。今日は和を意識したメニューで……あ、ほら。服もコックコートじゃなくて割烹着を着てみました」


 と、疎木さんの言葉にはもはや力がない。


「あ、ホントだ。なんか違和感あると思ったんですよねー! そうか、割烹着だっ

たんだ! …………あ、え、こ、コックコートじゃなくて」


 なんとか盛り上げようと発言したが、ダメだった。言い切る前に諦めて、最後声小さくなったし。なんというか、凄い変な感じになった。完全に裏目に出た。


「あ、ああ。そうなんだよ。それで、今日は金目鯛の煮付けを中心に、ほうれん草

のおひたしと、カブのお味噌汁を作ってみました……えっと、それではどうぞ。あ、お昼食べた後だろうから少な目とかあったら言ってね?」


 そう言って職員さんが台車に乗せて運んできた料理をよそい始める疎木さん。

 おっと、俺のフォローはポイ捨てですか。まあ、あれを拾えるのは相当コミュ力の高い奴じゃないと無理だけど。それが出来ればこんな状況になってないけど。そもそもフォローだったのかさえ疑わしいフォローだったけど。

 そして、普通によそわれたものが俺の前へ。真ん中の俺の前へ。普通は両端のどちらかだと思うけど、まあ、分かる。要望を聞いたけど誰も口を開かなかった。けれどもし、要望があってまだ言われてないだけだったら。とりあえず普通によそったやつをどこに置けばいいか。一番弱そうな奴の前だ。もし要望があっても、我慢しそうな奴、或いは言ったとしても小声でやんわりくらいな奴のところだ。それが真ん中にいるのに一番に料理を出されたという不可解の答えだ。つまりはこのシェフ、俺を舐めてやがる! あれ、この疎木とかいうやつ、俺と同族じゃね? 思考がテレパシーレベルで手に取るように分かるんだけど。

 と、淡々と料理はよそわれ、職員も含め場にいる全員に行き渡る。

 そして、疎木がようやっといただきますをしようとしたその時、


「あー! もう!」


 飯能寺が大声を上げて立ち上がった。勢いで椅子ががたりと倒れる。

 否応なく、全員の視線が飯能寺を向く。


「ど、どうしたの、飯能寺さん?」

 

 職員のおばさんが恐る恐る聞く。


「覚悟を決めましたわ……」


 それに対し、飯能寺はそう答える――が、誰一人としてその真意は読み取れなかっただろう。この場にいる全員の頭に疑問符が浮かぶ。


「……覚悟?」


 俺も思わず一人呟いた。その瞬間、


「あなた! お名前は?」


 ビシッと俺を指差し、飯能寺が言った。


「え、え? 俺?」


「そうですわ」


「宇民、翔太……です」


 いきなりのことに確認を取るも、俺の名前を聞いてるということであっていたらしい。……なぜ?


「宇民、翔太…………。なるほど、はっきり覚えておきますわ」


 俺の名前を小さく呟いて言う飯能寺。そして覚えておく宣言。話しの流れが読めない。


「あんなことがあった以上、仕方ありませんわ。遺憾ですが。ええ、本当に遺憾で

すが……。宇民翔太、あなたには私を貰っていただきますわ!」


 ………………。

 飯能寺の言葉。

 またしてもその真意を。


「そのために相互理解を深めていただきますわ! し、し、しょ……あなたには明日から全て休み時間、そして放課後の予定を空けておきなさい! そして、私と過ごしていただきますわ! ば、バックレたら許しませんわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 続いた言葉。言いながら飯能寺は駆けだしていた。

 その意味すら理解するのに数刻を要した。そしてその頃には飯能寺の姿はこの部屋には無かった。


「……僕の料理、手も付けられずに」


 プライドを粉々に砕かれた一流料理人の悲壮な呟きが部屋を満たした。

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