第15話 鈍感系+1(または=1)
「……あー、さっきまでのは夢か? なあ、優紀。俺の明日からしなくちゃいけないことなんかあるか?」
「そうだね。休み時間ごとに未来のお嫁さんこと飯能寺さんとおしゃべりする以外は知らないね」
「ははは。それはおかしいな。俺の休み時間なんて何もすることあるはずないのにな。ましてやお嫁さん候補? 優紀、何か悪いものでも食べたんじゃないか?」
「まあ飯能寺財閥の相手にして少なくともここら辺じゃ暮らせないだろうね。末代までは。下手すれば当代は日本にもいられないかもね」
試食会の帰り道。
俺は優紀にダメもとながら先程の出来事が夢ではなかったかを問いかけたが、どうやら現実だったらしい。残念なことに。
「…………。なあ、どうしてこんなことになったんだ?」
「さあ。僕に聞かれてもね。強いて言うなら君が若き衝動を制御できなかったから
じゃないかな」
「人聞きの悪いことを言うんじゃねえ! 不可抗力だ、あれは!」
「ふーん。そうかい。まあ、君が言うならそうなのかもしれないね」
「おい、なんだその全然相手にしてない感じは。お前、一部始終を見てたろ」
「あれは見事な手際だったね。飯能寺さんの足の下に頭を滑り込ませひっくり返す一連の所作に無駄がなかったよ」
「おいこら、それだと俺が自主的に飯能寺を転倒させたみたいなんだが」
「…………」
「なんか言えよ! ジト目を止めろ!」
「……はぁ」
「やれやれ的なため息と手を止めろ!」
「まったく、こっちは今から何されるか分からない不安と戦っているのに。……そういえばさ、お前、俺が飯能寺のスカートの中を見た後、少し機嫌悪かったろ?」
からかう様子の優紀にせめても一矢報いようと俺はさっき思ったことを言う。正確にはさっきも感じたがすっかり忘れていてそれでこの会話の中で思い出した、だが。
優紀はどうやらこの話をすると俺を責めたがる。謎の不機嫌になるのだ。まあ、人間の感情は理論じゃ説明できないことだってたくさんある。むしろ、明確な理論理由がはっきりしていることの方が少ないかもしれない。が、この謎の不機嫌、俺はこればかりは理由が分かった。分かってしまった。正直、自信ありだ。
「な、何を言うんだ! 意味が分からないよ! なんだい、どうして僕が君が飯能寺さんのパ、パン……下着を見たことに対して怒りを覚えなくちゃいけないんだい!? それではまるで嫉妬のようじゃないか! はん、思い上がりも甚だしいよ!」
まくしたてる優紀。
お、これはどうやら図星らしいな。まあ、そうだな。優紀は女っぽい見た目してるからあまりそう言うこととは無縁なイメージだしな。けれど、優紀もやはり男だったということだ。
「君は僕を侮辱――」
「見れなかったから怒ってるんだろ? 飯能寺さんのパンツ」
「…………は?」
「いや、分かってるって。お前も男だ。そうだな、いや、悪いね。俺だけ良い思いしたみたいで。けれど、あれはしょうがないことだろ。あれだけで不機嫌になるなんて、このムッツリめ」
ガチリと固まった優紀のおでこに俺は人差し指を当ててやる。意趣返し成功。澄ましてるやつはこういうことでいじられるのやだよな。ソースは俺。中学の時、陽介たちと三人でいたがまあ、目立つ方ではなかった俺は体育前の着替えで、サッカー部のイケてる連中に勃起してんじゃん! とか大声で言われて殺意が湧いた。しょうがないだろ、授業が暇すぎたんだから。
「――しているのかい?」
「へ?」
と、訂正されずに続行された言葉。その言葉にはおおよそ人間の感情が乗っていなくて。そして、おでこに当てた指が掴まれ、目にも止まらぬスピードで反時計回りに降ろされ、
「イデデデデデデデデデデデデデ!」
結果、俺の腕ごと持ってかれたっ!
「お、おい、そんなに本気で怒るなよ。冗談だって」
倒れる俺を置いて早足で言ってしまう優紀。
やはり人間の感情は不可解だ。いや、今回については俺がいじったのが原因なんだけど。百パーセント。確実に。絶対に。
☆ ☆ ☆
「……バカ」
怒りか羞恥かそれとも他の何かかで頬を染めた優紀の呟きは、誰の耳にも届かなかった。
☆ ☆ ☆
「な、なんてことなの……」
試食会を抜け出した飯能寺沙綾(さあや)の姿は、とある教室にあった。食堂を抜け出した沙綾であったが、すぐに翔太の承諾やどこで会うか、メールアドレスや携帯番号は? そもそもどこのクラスなのか? 自分が一方的に交わした約束に不備があり過ぎることに気が付いて戻った訳だが、帰りの廊下で話す翔太と優紀の声を聞いて咄嗟に教室の中に飛び込んだのであった。
と、そんな沙綾は愕然としていた。
彼女の脳内にリピートされるは翔太の声。
『見れなかったから怒ってるんだろ? 飯能寺さんのパンツ』
『いや、悪いね。俺だけ良い思いしたみたいで』
良い思い? 私のスカートの中を覗いたことが?
それって、それって!
「なんて情熱的なの! そ、そんな! 獣じゃあるまいし、私、まだ心の準備が出来てませんわ!」
翔太も既に出た後の、夕闇に飲まれる校舎に、残念な方向に思考の加速した沙綾の叫びが響き渡った。
☆ ☆ ☆
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