第13話 高飛車お嬢様+1

「えっと、その……わ、わるぃ」

 

 いきなりのご立腹の様子に優紀は何も言えずにいたために俺が咄嗟の使命感で謝罪を口にする。守りたい、その笑顔!


「は? なにその謝罪。本当に申し訳ないと思ってるんですの? そんなわけないわね。クール気取ってる感じで失敗しててキモですわ」


 グハッ!

 なんて強烈な毒だ。一撃で俺のライフはゼロになった。

 なんとか表に出さんと努力したがそれも虚しく、ふらりとよろけ、床に手を付いてしまう。くっ、ダメージが足に来やがるぜ。

 と、この姿が飯能寺には違って見えたらしく、


「ふん。土下座ってわけですの。形に頼っているのが気に入らないですが、その分は屈辱で補ってもらいますわ」


 椅子を引いて立ち上がる音がした。

 どうやら、俺が土下座をしようとしているように映り、あろうことかさらにその上で俺を踏みつける気らしい。なんてこった。俺にはそんなつもりまるでないのに。


「いや、違っ――」


 立ち上がろうと手に力を入れたその時、じんわりとした痺れに一瞬、上手く力が入らなかった。咄嗟に手を付いたために感じた痛みを飯能寺の言葉にかき消され、上書きされていたのだろう。しかし、それも一瞬、その分勢いをつけて俺は顔を上げた。


「――ッひゃ!」


 次の瞬間、金切り声。って、今、頭に一瞬生温かく柔らかい感触がしたような……。

 何が起こったかを推し量るのは容易だった。

 

 黒のタイツ越しの純白のパンツ。


 俺の目はそこに奪われた後に、尻餅をつく飯能寺さんの全体像が見え、そして俺が頭で感じた感触が何だったのかのおおよそを把握する。

 俺の頭に足を踏みつけようとした飯能寺さんは、しかし俺が立ち上がったことにより逆に足を押し返され、そしてその咄嗟の事態に片足だけでは支えきれずバランスを崩し倒れてしまったのだ。


「はっ……あ、あ、あ…………グッ!」


 なんて冷静に分析しているうちに飯能寺さんも状況を理解、羞恥に戸惑いそして怒りの視線を俺にぶつけた。

 オーケー。

 俺は腹に力を籠め、足を肩幅に開く。

 理不尽なことはこの上ないが、正直、この状況において悪は俺だ。何故って、それがラブコメの神様が作りたもうた世界の理だからだ。

 曰く、もし男が女子の下着を見た場合、その女子は彼の頬を叩く。

 同害復讐の原理のハンムラビ法典に乗っ取って俺もパンツを見せることで手を打ってもらいたいが、そうも行かないらしい。もし、そうしたら俺は更なる罪を重ね、国家権力の下に裁かれるだろう。

 ならば潔く、これ以上罪を重ねることなく裁かれようじゃないか。


「見ましたわねっ……!」


「ああ」


 目をつむり、黙って頷く。

 さあ、来い! 俺は逃げも隠れもしない!


「うぅっ……!」


 が、しかし帰ってきたのはそんな声に続いて踵を返す音。ずんずんと機嫌の悪そうな足音は次第に遠ざかっていく。そして椅子を引く音までも聞こえた。

 恐る恐る目を閉じる。

 するとそこには椅子に座り、尊大に足を組む飯能寺の姿が。

 時間が戻ったのか?

 一瞬本気で疑ったがしかし、そんなことあろうはずもない。


「奇跡が、起きた……」


 俺は呟いた。


「それはパンツが見れたことが、かい?」


「ひゃうっ!」


 振り返れば冷ややかな目で俺を見る優紀。振り返ればジト目! すっかり存在が意識からフェードアウトしていた。

 というか、


「なんか怒ってる……?」


「まさか。そんなはずないだろう。馬鹿なことを言うな」

 

 そう言い捨てて優紀は席に着く。……飯能寺さんとの間に一席開けて。おいお

い、まさかあの間に入るのか? なんとか飯能寺との間に優紀を挟みたかったのに。


「何をしているんだい。早く席に着きなよ」


 優紀の声。

 わざとだ。あいつ、絶対わざと言ってやがる。


「はぁ……」


 俺はまたしても諦めて、席に着くことにした。

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