お嬢様ヒロインの登場

第12話 試食会+1

 散々だった美術の授業を終えてまだ一限が終わっただけという事実に愕然とする。

 一日分の疲労をもう感じている。何なんだったんだ、扇里のやつは。


「お疲れだね、翔太」

 

 そんな俺のもとにやってきたのは、一瞬天使かと思ったら優紀だった。


「そんな君に朗報だよ。これ、見なよ」


 そういって優紀が机の上に出したのは、二枚の紙。そこに記されていた文字は――『学食新メニュー試食会』


「え、これって」


 学食新メニュー試食会。

 この学校内にまつわる幻のイベントだ。開催周期、参加方法、イベント内容が未定の学食新メニュー試食会。


「おま、これをどこで……」


 思わず俺はそう聞いていた。ガバリと招待状を隠すように覆いかぶさって。こんなのを見せびらかしていたら何されるか分かったものじゃない。

 なんせ、このチケットは超がつくほどのプレミアものだ。正直、諭吉数人の荒稼ぎ価格でも余裕で売りさばけるくらいの。


「ふふ。何、偶然さ。僕が朝、登校したら下駄箱に手紙入っていてね。いわゆるラブレターというやつかと思ったが差し出し人が男だったわけさ。まあ、しばしばあることさ」


 自慢げに語りだした優紀は次第に瞳を曇らせる。いや、セルフ鬱スイッチ止めてくんない? そして、しばしばあるのか。男子からの告白。


「現場に行ってそれが判明したわけだけどね。けれども、結論から言ってそれはラブレターじゃなかったのさ。週末にイベントに付き合ってもらう見返りにくれた。全く、面識はないがいい人だね。これを二枚もくれる見返りがイベントに参加するだけでいいだなんて」


 なるほど。もしそれが本当なら確かにいい人だ。このチケットの価値を知らないという可能性もある。


「ふーん。どんなやつだったんだ? 一説にはこれを貰えるのは学業に秀で、日々の生活態度が素晴らしい者、なんて説もあるからな」


「えーっと、大柄で眼鏡をかけた生徒だったよ。熱いというか厚いというか。汗で曇ったレンズが特徴的だったな。あ、あとワイシャツの下のTシャツの女の子の柄が透けていたよ――って、何してるのかな?」


 おっと、思わず合掌していた。

 完璧なオタクじゃないですか。絵に描いたような。ただとすれば優紀が頼まれたイベントは想像に難くない。コスプレか売り子のどっちからだろうな。女装は不可避だろう。

 

「ま、今は気分がいいから許してあげるよ。ふふーん、今から楽しみだよ。どれが本当なのかな、噂」

 

 けれども、心底嬉しそうな笑みを浮かべる優紀に、その先に待つトラウマイベントを告げるのは躊躇われた。


「そうだな。やっぱり一流シェフの線が濃厚だろ」


 このイベントの憶測については、招待状の入手方法もさることながら、その内容についてのものも多岐にわたる。参加者の証言に噂の尾びれがついて、川を登って、滝を登ってもはや竜になっている。

 その中でも一流シェフの料理が食べられるという説が濃厚なのだ。


「あー、確かにそれならうちの学食のレベルの高さに納得できるね」


 賛同する優紀。

 そう、うちの学食はお手頃値段に関わらずレベルが高い。そのために学食はいつも昼時には大繁盛で、俺みたいな日陰者は利用すら出来ない。


「うちのOB、なんだよね」


「らしいな」


 そしてそのシェフに関する憶測も飛び交っている。

 テレビに出る某イケメンシェフだとか、某ガングロシェフだとか。けれど、正解は依然として分からない。


「学生時代貧乏だったそのシェフを当時の学食の職員が良くしていて、その恩返しとしてメニューの考案から破格の値段での材料の調達をしてるっていう話らしいね。素敵じゃないか」


「まあ、出来過ぎだと俺は思うけどな。絶対にねつ造だろ」


「また君はそんなことを言って」


 優紀はやれやれと言った目を向けるが、実際にそんな感動秘話が起こったかと言われれば、出来過ぎだと思う。


「つか、良いのか、俺で?」


 そんな貴重な招待状を、俺が使っていいのだろうか?


「うん、もちろん! というか、僕がこの話を持ち出したら争奪戦が勃発してね。それで逃げてきたんだ。放課後校内デートは俺のものだ! って。おかしいよね、ハハハ」


 みるみる優紀の目から生気が失われていった。


「お、おう……。後で俺と行ったってことは口が裂けても言うなよ」


 一応、そう釘を刺しておく。さもなければ、その争奪戦メンバーは一致団結して俺に襲い掛かるだろう。

 と、チャイムがなる。二限目が始まる。

 試食会。

 噂には聞いていた。無論、俺だって興味がなかったわけではない。放課後にいい楽しみが出来た。これで放課後まで戦えそうである。


 ☆   ☆    ☆


 放課後。

 楽しみが出来れば時間が経つのは早い。というか、それに備えるという理由で自分を納得させ、寝ていたわけだが。


「ふふん。どんな料理を食べられるんだろうね」


 隣を歩く優紀は軽くスキップしている。とてもヤンキー雑誌を読んでいるとは思えない。


「おう、そうだな」


 かくいう俺もソワソワしている。

 何度、誰かに喋りそうになったか分からない。いや、喋る相手いないんだけど。

 と、そうしている間に学食へ辿り着く。

 いつもなら、放課後も軽食など一部のメニューだけで営業している学食だが今日は閉め切って、試食会の会場となる。


「やあ、ようこそ」


 扉を開くと、この人が世界を飛び回るシェフなのだろう、柔和な笑みを浮かべた割烹着の男が出迎えてくれた。

 俺と優紀、そしてもう一人の参加者は既に来ているらしく、テーブルの前に三つ並べられた椅子の一つに腰を掛けていた。


「あ、あの子は……っ」


 その人物を見て優紀が反応した。


「知り合いか?」


「えっ? 翔太、知らないの? 飯能寺(はんのうじ)さんだよ、あのお嬢様

の!」


 尋ねる俺に驚いた表情を浮かべる優紀。

 どうやら有名人らしい。俺は知らないけど。

 にしても、なるほどお嬢様か。確かにそう言われてみれば。ふわりとした金髪に黒いカチューシャをしたまるで人形のような少女だ。そして佇まいはどことなく気品に溢れている、そうその姿が例え、そっぽを向いていて耳にイヤホンを宛がい足を組んでいても――って、態度悪いな!


「あなた達が他の参加者? 待たせ過ぎよ、遅いじゃない!」


 俺達の存在に気が付いた飯能寺はむっつりとそう言った。

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