第11話 勘違い野郎+1➂
「…………」
今日の授業の課題は、ペアを組んでお互いの顔を書くこと、だったはずだ。
ならば、なぜ――?
俺は画用紙を挟んだ向こう側に座る男へ疑問を抱かずにはいられない。
先生と組むことは不可避だと思われた俺は、先生組むことにはならなかった。もう一人余った生徒がいたからだ。
それが、扇里
で、晴れて俺のペアとなった扇里が何をしているかと言えば、
「んー、美しい……ため息が出るよ」
鏡を見て、ため息をついていた。
いや、ため息をつきたいのは俺の方なんだけどな。もれなく、違う意味でだけど。
というか、そこじゃない。
何度も言うが、今日の課題はお互いを描くことだ。自画像を描くことじゃない。いや、百歩譲ってこの際、扇里が自画像を作ることは何の問題もない。扇里の評価がどうなろうがどうでもいいし、俺だって別に自分を書いて欲しいわけじゃない。ただ、問題は俺が書けないことだ。なんせ、扇里はそっぽを――窓の方を向いている。そして俺には背中を向けているのだ。
「お、おーい。扇里くん? こっちを向いてくれないかなー?」
怒りを堪えて呼びかける。
「ん? ああ、そんなに僕のビューティフルな顔が見たいのかい? けれど、ダメだよ。今は僕の時間さ。みんなが求めてる以上に、僕自身が僕の顔を愛し、求めているからね」
誤解を受けた上に、謎理由でまさか断られるとは。
「いやそうじゃなくてね、今日の課題が終わらないからさ」
「ふーむ。それは困ったね」
意外なことにまともな言葉が返ってきた。
「けれど、この角度が今僕が一番格好良く見えるんだ」
前言撤回。まともではなかった。なんだよ、一番格好よく見えるって。一番最悪と比べて誤差の範疇だろ、それ。
すー、はー。
深呼吸一つ。
オーケー。カームダウン、俺。
ここは一つ、思考の逆転だ。相手を躍らせて、自分の要求を通すんだ。
「なあ、扇里くん。君の顔がどうしても見たいんだ。君のそのぱ、パーフェクトな顔がさ」
どうしよう、言ってて死にたくなってきたな。いや、これは作戦、作戦なんだ。
「悪いね、それは知っているよ。けれど、さっきも言ったけど、僕自身が一番求めているんだ」
ブチィ。
「意味分かんねぇよ、バカ。こっちは別にてめえの顔に興味はねえんだよ。無理やりペア組まされただけなんだから黙って顔見せろや」
つい口に出た、というよりは出した。これキレていい奴だと思ったからだ。俺は沸点が低いらしい。
にしてもボッチになってから俺は新たな自分の一面をどんどん知るな。クラスメイトの名前を知らないくらい周りに関心が無かったり、コミュニケーションが苦手だったり。
ボッチは全学生にとって必要な時間なんじゃないのん? 道徳のカリキュラムに取り入れるべきなんじゃないのん? 自分を見つめ直すのに最適なんじゃないのん?
てこんなこと言ってる場合じゃないないな。
残り時間はニ十分ほど。まあ、これは練習のようなもので、時間内に完成しなればしないでもいいらしい。顔のパーツというよりは全体を見るのが狙いなんだそうだ。とはいえ、白紙で提出するのは問題だし、適当に書いたとしても十分くらいはかかるだろう。ここで時間をかけすぎるわけにはいかない。
横顔でもいいから、せめてこっちを向けたい……ん、待てよ。俺はさっきからどうして自分に向けさせようと考えていた? 俺が動けばいいだけじゃないか! はっはっは。俺はなんて頭が固かったんだ。
早速、動こうとしたその時、ふと気づく。
扇里の手が、鉛筆が動いていることに。
『ああ、なんて美しいんだ。それを見た時に筆者の思考は停止せざるを得なかった。日本人離れした高い鼻は大海を背にポツリと佇む崖の上の一軒家を思わせる。広大な海とその中に佇む灯台の力強さと健気さを使えてくれる。また、その飛びぬけた鼻は社会の格差を想起させる。横並びの列から一つ突き出たそれは勝ち組の象徴だ。皆からの期待を一身に受けるエースである。しかし、それが受けるのは期待だけではない。妬みや辛みと言った負の感情にも晒される。また、向けられる純粋な期待でさえもプレッシャーとしてのしかかる。押しつぶされそうな重圧の数々。世界の理たる重力にさえも押さえつけられたそれは、しかし上を向いている。気高く、かくあるべしと高くいるのだ。その様は決して物を言わないが、しかし多弁だ。そしてその無言のメッセージを受け取ったが最後、筆者は感涙を堪えられない』
って、活字かよ! 長えよ! なんでキャンパスを黒々と文字で埋めてんだよ、こいつは。美術の時間だぞ。そして、どんだけ自分の鼻好きなんだよ。鼻一択じゃねえか。つか、鼻以外触れてねえじゃねえか。自分でも気づいてんじゃねえか、鼻以外イマイチだって。そして、なんの論文なんだよ。あと、気持ちわりいっていうか、怖いよ!
「む? ……な、な、き、きみぃ!」
そして移動していた俺に今頃気付いたらしい扇里は、慌てふためいて文字だらけの画用紙を隠そうとして、結果、画用紙を抱きしめるように転倒した。
いや、恥ずかしがってんじゃねえよ……。
「うーん。もう、なんでもいいや」
俺が提出したのはやたら鼻が高いへのへのもへじならぬ、へのへの「き」へじだった。提出後すぐに先生から呼び止められたが、ギャグとかそう言うつもりでもない、という旨だけは譲らなかった。評価は言うまでもないだろう。ともあれ、彼は鼻に全てをかけてるのだ。知らんけど。
妙に清々しい気分で美術の授業を終えた俺だった。
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