第10話 勘違い野郎+1②

「ふう」

 

 廊下をラストスパートで駆け抜け、なんとかチャイム前に着席する。


「おはよー」


 それからタッチの差で先生が教室へ。


「よーし、今座ってないやつ欠席にするからなー」


 やる気のなさそうな声でそういうのは担任の福島ふくしま先生だ。

 間延びした声からはやる気が感じられず、かと言って見た目にしてもぼさぼさの髪と、微妙に伸びた髭と、少し下にずれてる眼鏡とやる気が感じられる要素はどこにもない。ただ教員歴は長いらしく初日に一度だけ本気で怒鳴ったことがあり、怒ると怖い先生ということは生徒たちに知られている。また、体育祭の際にはアイスを差し入れてくれたり、授業でもやる気ないからもうここまで、と十五分前くらいに授業を切り上げることがあったりと生徒からは結構な人気を得ているとはずだ。少なくとも俺は当たりの先生だと思っている。

 そのために、今の一言だけで駄弁っていた生徒たちはすぐに話を切り上げて席に着いた。


「よし」


 そうして、全員が席に着いたのを見計らい先生が口を開いたその時だ。


「おはよう、諸君」


 ガラガラ、と扉を開けてやってきたのはさっきの勘違い男だった。


「うげ……」


 思わずそう声に出てしまう。

 まさか、同じクラスだったとは。


「……扇里おうぎざと


 先生が勘違い野郎に声を掛ける。へえ、扇里っていうのかあいつ。


「ん? 王子だって?」


 言ってねーよ。

 おそらく誰もが思ったことだろう。


「はいはい。さっさと席につけ。遅刻にはしないでやるから」


 と思ったがいつもの通りのことなのだろうか。先生は慣れた口調でそう言った。他の生とも至って普通に過ごしている。

 まさか、こんな変人の行動が毎朝行われていたなんて。全く気付かなかった。


「あー、別に連絡とかはねーな。一時間目は、ああ、選択か。このクラス、一限目の移動が多いな。とりあえずにそれに遅れるなよ。はい、じゃあホームルーム終わり」


 そう言って福島先生は教室を出て行った。


☆    ☆     ☆


 一限目の選択は、技術科目系選択で美術、音楽、書道に分かれる。

 音楽ではウクレレを習うらしく、書道は墨で好きな字を書くほかに写経や俳句作りなんて言う回もあったらしい。

 らしい、らしいと言っているのは俺の選択が音楽でも書道でもないからだ。

 俺の選択は美術である。なお、陽介、悠美も一緒である。


「はい。今日は皆さんに人物画を書いてもらいます。とはいえ、一回目の今回は大まかな顔全体像を把握してください。今まではデッサンやグラデーションの練習をしてきましたが、今回は細部ではなく顔というものの形を描くということで把握してください。描くのはペアの人の顔です。あ、ペアは好きな人でオッケーです」


 美術の追木おいき先生がそう指示を出した。

 ボッチを殺す例の指示である。好きな人とペアを組め。

 いつもは陽介、悠美と三人でやってるが、今はそう言うわけには行かない。先生と組むのは嫌だな。しかもお互いの顔を書くとかきつすぎる。


「組もう?」「いいよ」「じゃ、やりますか」「そうすね」


 そして美術選択は全員で十二名。続々とペアが決まっていく。


「いいよ、いいよ。世界一可愛いよ、悠美!」


「えぇー、もー、やだぁ、陽介くん。陽介君こそ宇宙一かっこいいよ」


 聞えてきたやたら桃色な聞き覚えのある声、というか耳に馴染み過ぎてる声。

 我がクラス、いや、我が学年随一のオシドリカップル陽介と悠美だ。

 ……うえぇー。

 確かに二人がもっと堂々といちゃつけるように、またその光景を、その間に俺がいないことをアピールできるように俺はボッチになったが、あそこまで偏差値を低い会話をするとは。とんでもないモンスターが孵化しようとしてるのかもしれない。つか、やっぱりイチャイチャしたかったんだろうな。あの二人も普通に俺のこと邪魔だと思ってたんじゃね?


「いけないいけない」


 垣間見た二人のバカップルっぷりに当てられて少しネガティブになったらしい。きっと俺のために陽介が鳴れないことをやってくれたに違いない。その割には陽介、物凄いにやけてるけど。でも仮にバカップルやってたとして、二人は正真正銘付き合ってるわけだしいいじゃないか。

 …………。

 この湧き上がってくる気持ちはきっと、僻みとか妬みとかとは違う。これは単に寂しさ、だ。

 はあ。

 内心でため息一つ。

 切り替える。

 こんなのは俺のキャラじゃないよな、と。

 先生と組むか、と俺はやっと最初の席から動き出した。

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