第9話 勘違い野郎+1
翌日。
時間は進み、朝は来る。朝が来れば登校時間が来るわけで。
「行って来まーす!」
「行って来ます」
「……行ってらっしゃい」
俺と瑠和はともに家を出た。珍しいことにこの時間に起床していた瑠亜に見送られて。
「じゃあ、頑張れよ」
「うん!」
そして、俺の通う高校と瑠和の通う中学校は家から真逆の方向のために、家から一歩で分かれる。
「あ、瑠和ちゃん。おはよう。行ってらっしゃい」
「洋介先輩、行ってきまーす」
「先輩は止めてよ……」
「それじゃあ、不肖ながらにぃをお願いします」
「はい。承りました」
「いや、誰が不肖、誰が」
背後でタイミングよく家から出てきた陽介と瑠和の談笑に関わるまいと思っていたが思わずツッコんでしまう。
すると、陽介はいいの? みたいな驚いた視線を送って来て、微妙な間が生まれてしまう。
「あれ、なんかあったの?」
それを見逃すほど瑠和は人間関係の機微に鈍くない。
「い、いや。別に」
「うん。何もないよ。なんか変だったかな、瑠和ちゃん」
誤魔化す俺に合わせて陽介も取り繕う。
が、自分たちで言っていて何もないようには聞こえなかった。
「ふーん……」
瑠和は意味深な反応をすると、まあいっか、と呟き駆けて行く。
「まあ、学校生活謳歌してね! うかうかしてるとあっという間に過ぎちゃうんだ
から。それで短い青春、華麗に散ってね!」
振り向きざまにそんな毒のある言葉を貰った。散るのは決定事項なんですね。
ああ、機嫌を損ねたな、完全に。
帰ってから問い詰められるパターンだな、と今から少し憂鬱な気分になる。
「……え、えっと」
瑠和の不機嫌を感じ取ったのだろう、陽介が視線を彷徨わせる。陽介とおまけに悠美は俺と幼馴染なだけでなく俺の妹たちとも一緒に育った。不機嫌が感じ取れるほどには深い仲なのだ。
「ああ、大丈夫、大丈夫。それと今日も学校では頼むな」
そんな陽介に俺は微妙な愛想笑いを浮かべて答える。
「あー、二人ともおはようー。もう、お話して良いの? それじゃあ、早速。今ね、走っていく瑠和ちゃんとすれ違ったけど、凄い速くなったね。私よりも絶対速いよ。あんな足速かったっけ。きっとすごい調子いいよ、今日の瑠和ちゃん」
そこに遅れてやってきた悠美のいきなりのマシンガントーク。
訂正。このほわほわ娘は瑠和の機嫌が分かるほど仲を深めてないらしい。過ごした時間は一緒なのに。
「駄目だ、アホ」
そんな悠美の額にデコピンを食らわせ、陽介以上に念を押す。多分だけど、このバカは俺が孤立してる意図を分かってない気がする。
「えー、なんでよー……まだ一人になりたい気分、抜けてないの? グレーな
の?」
「……やっぱりか。あとそれを言うならブルーだろ。なんだよ、グレーって。つ
か、一人になりたいから孤立してるわけじゃなくてだな……いや、いいや。陽介、頼む」
説明するのは無理だと悟り、陽介に丸投げする。
「う、うん。任せて」
そう答える陽介は苦笑いだった。
☆ ☆ ☆
俺が逆方向に進み、住宅街を一周する遠回りのルートで登校し時間をずらした。なんか社内恋愛をするカップルがする小賢しい努力みたいだ。ちなみにこのルートで行くと登校時間ギリギリに教室に入ることになるらしい。朝の教員会議を終えて、ホームルームに向かうクラス担任を受け持った先生方が階段を上る生徒に混じっていた。
いつもの登校時間では見られない珍しい風景に、少し得した気がした。うん。いい朝だ。
「――ん~。実にいい朝だね」
「え?」
横から聞えてきた声に心を読まれたかと、横にいる人物を凝視してしまう。
横にいたのは七三分けの髪型の男子生徒。高い鼻は欧米の血が混じっているのだろうか、その他にもどことなく日本人離れした特徴が見受けられるのだが、総合してみると微妙。イマイチ。どこがダメっていうわけでもなく、特別不細工というわけでもないのだが、格好よくはない。少女漫画のようなキラキラのトーンで無理やりイケメンぶってる鬱陶しさがある。
「何かな? 残念ながら、そんなにじっと見られても僕のパーフェクトな顔と君の中の下フェイスは交換できないよ」
バキューン。
背景にそんな擬音が浮かぶようなウィンクとこちらを指差す仕草。
何こいつ鬱陶しい……っ。何だこの勘違いっぷりは……っ。
というかこいつ、
「え、喧嘩売ってる?」
思わず声に出してしまった。
けれども、僕のパーフェクトな顔と君の中の下フェイスは交換できないって、完全に喧嘩売ってるよな。お前だって、決してパーフェクトではないからな。
「ノンノン」
と、思わず漏れてしまった俺の本音を受けて、勘違い野郎は人差し指を立て横に振る。チッチッチと口で言いながら。
なんなんだ、この鬱陶しい生き物は。
未知との遭遇から五分と経たずに俺のヘイトを荒稼ぎした勘違い野郎は、あろうことかこう言った。
「僻んではいけないよ。上の者を蹴落とすんじゃない。その悔しさは自分を高めるバネにするんだ」
………………。
「オウ、ソウダナ」
限界を感じた俺はそう相槌を打って早々にその場から離れた。そうしなければ、俺の拳が繰り出されていたかもしれないからだ。
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