第8話 元気系妹+1
「たっだいまー!」
午後七時を回る頃。
もう一人の妹、瑠和(るわ)が帰ってきた。
黒髪ショートにしてとにかく体育会系。年中半袖短パンで帰ってくるような妹だ。
「ねえねえ、にぃ、聞いてよ! 実は今日さ、私、凄い調子がいいの!」
「おおー、そうか。それは何よりだー」
リビングで瑠亜とまったりゲームで対戦している俺の元にタタタッと忙しなくやってきた瑠和は、落ち着きなく俺と瑠亜の周りを駆け回りながら言う。
そんな瑠和の報告を俺は、適当に流す。
何故なら、毎日される報告だからだ。
ぶっちゃけ、瑠和が調子よくない日なんてない。そんな日があるなら、次の日は大雨と雹と雷と突風が街を蹂躙するだろう。
「えー、何その反応! ぶー、つまんないにぃはこうしてやる!」
と、いつもならこっちの反応なんて気にせずに家の中を駆け巡る瑠和は、俺の反応がお気に召さなかったらしく、飛びついてきた。
「ちょ、うおっ――」
定位置――俺の腿の上でゲームに夢中になっていた瑠亜を間一髪非難させつつ、瑠和に飛びつかれた俺はそのまま床に転げる。
「うりゃっ!」
マウントを取られたと思った俺は気づけば床面を向いていた。と、膝関節から軋むような痛み!
「いででででででででっ!」
何が起こったのか分からないままに悲鳴を上げる俺。逆エビ固めを受けてること
に気づいたのは少し経ってから。とはいえ、技を受けてる中での体感時間なんて当てにならないが。
「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃっ!」
と、そんな俺の悲鳴を無視して俺の足を固め続ける瑠和は、しかし、その声とは反比例に痛みは少なくなっていった。理由は瑠和が夢中になっているからである。技をかける瑠和は、次第に力を入れることに専念し過ぎて技の形が崩れていく。現に、今だって俺の足を本人は締め上げているつもりなのだろうが、もはや左足にしがみついているだけの状態だ。右足は完全に開放されている。
まあ、妹が楽しそうなので足の一本くらいどうってことはないのだが、別の問題が発生する。
必死で俺の左足を抱きしめる瑠和。そんな俺の足に伝わってくる、柔らかい感触。そう、胸だ。おっぱいである。
その活発で健康的な生活からか瑠和は中学生とは思えないプロポーションの持ち主なのである。第二次性徴期、女性らしい身体つきになる成長真っ盛りの妹は、たとえ、妹と言えどもこの感触は、ちょっと危ない。危ないというか、もう、目覚めてるというか。なんなら俺も成長した性徴で対抗するぞというかね。いや、何考えてんだ、俺。ともかく、逆エビ固めから入ったこの体制は必然的に床に擦り付けられてるわけで。そんなに刺激されると、まあ、その、あれだ。
「る、瑠和さん? ちょっと、そろそろどいてくれませんかね?」
上擦りそうになる声を押さえて聞く。
「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」
聞く耳なし。
ちょっとまずいですね、これは。あんまり俺の上で、体重移動しないで欲しいんですけど。切実に。何がまずいって相手が実の妹ってことだ。あ、でも、ダメだ。悲しいかな、童貞にしてそういう刺激への免疫のない俺だ。そうそう我慢できるものでもない。
はあ。こりゃ、しばらくはこの家に居場所は無くなるんだな……。グッパイ双子妹に囲まれたハーレムホーム。ハロー、家庭内ボッチ。いや、そもそもハーレムでもないけど。
「……ふん」
「あてっ!」
諦めかけたその時、救いの鉄槌は突如現れた。
ゲーム機本体を手にした瑠亜だ。ゲーム機を持ち上げた瑠亜は容赦なくそれを瑠和の頭に振り下ろしていた。
…………いや、救いの鉄槌って言うか、瑠亜さん、やり過ぎでわ?
「……お兄ちゃん、私の時間」
いつも通りの抑揚のない言葉だが、何故か圧を感じる。というか、ゴゴゴゴ、という擬音が見える気さえする。というか、完全に出てる。ちょっと怖すぎます、瑠亜の姉御。
「なっはっはっー。ごめんごめん、瑠亜」
と、ゲーム本体を頭に振り下ろされた当の本人は、ケロリと起き上がり軽い調子で両手を合わせる。いや、不死身なのん?
「……むぅ」
そんな瑠和の対応に、流石の瑠亜も毒気を抜かれたのかふんと抜けたコードを繋ぎなおす。
「いやー、良かった良かった、怒ってないみたいで。まさかプ〇ステで殴られるなんてびっくりしたよ」
「いや、普通はそれ食らったら怒ってるって確信するんだけどな」
そうは言いつつも、瑠和の言い分が正しいことは分かっている。
二人の間だけで分かる事柄があるのだろう。感情の機微に関しては、特に、だ。何せ、瑠亜が引きこもりになるきっかけとなったあの時。俺が自分の無力さを痛感したあの時。瑠亜に一番寄り添っていたのは他ならぬ瑠和なのだから。
引きこもりの瑠亜と元気すぎる瑠和。
容姿に性格に得意分野それとおまけにスタイルまで正反対の二人は。二卵性双生児だとしても似ていなさすぎる二人は、それでも双子なのだ。生まれた瞬間から、いや、母のお腹にいるときから一緒なのだ。
何かと正反対でも二人がいいコンビなことに変わりはないのだ。
「まー、この時間は瑠亜の時間って決めたことだしねー」
瑠和と瑠亜を交互に見つめていると、不意に瑠和がそんなことを言った。
「なんだ、テレビのことか? 見たい番組でもあるのか?」
「ううん、違うよ。全く、にぃは鈍いなぁ」
「はぁ……」
何のことだか。まあ、二人だけにしか分からない秘密もあるのだろう、きっと。
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