最終話 異世界で祝い酒
「綾、ときめいたか?」
「……は?」
「ドキッとしたか聞いてるんだよ」
沸騰しそうな頭を抑えていると、先ほどとは違ういつもの声。
ドキッとしたか? え? なんなの?
「なんだよ、しなかったのか」
どこかつまらなそうにいうセイゴさん。
だから、何が起こってるの? 状況が理解できない。
「セイゴー、やっぱり見た目だけじゃあダメなんだよ」
「それっぽい言葉も並べただろう?」
聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。ぱかぱかと音を立てて歩いて来たのは、ドゥフトさんとその背にとまっているシュタインさん。どうしてここにこの二匹がいるのでしょうか。
「どうも綾ちゃん!」
「シュタインさんに、ドゥフトさんまで」
「せっかくの収穫際だからな、森の奴らにも野菜をあげようと思ってな」
シュタインさん、上司の鏡かよ。
でもそれで好感度上げようとしてるんでしょう!
私、何度もそのお土産作戦という手に引っかかりましたよ!
「次、俺がするー!」
何やら楽しそうにいうドゥフトさん。
そんなドゥフトさんにため息をついているシュタインさん。
「セイゴさん、なんですかこれは」
「綾を一番ときめかせた奴が、明日一日綾と遊んで良い権利を取得する大会」
「いつの間にそんな大会を開催したんですか。というかなんですかそのくだらない権利……私、聞かされてませんよ?」
「お前は強制参加」
「なんで私の明日がかかってる大会を私の合意無しに始めてるの?」
なんて下らない大会をしているんだこの人たちは!
セイゴさんの不意打ちに、ついドキッとしてしまった私の乙女心を返してくれ!
セイゴさんに一発かましてやらないと気がすまない!
捕まえてお説教をしようと、服をつかもうとしたがするりとそれをかわすセイゴさん。
意地になって捕まえようとするが、それでも相手は逃げる。
次第に私たちの追いかけっこが始まった。
ギャンギャンと言い合いを、している私たちを遠くの方でリョウゴさんとスズメさんは見ていた。
「仲が良くてよかった。綾さんをこちらに連れて来て正解だったな~」
嬉しそうに話すスズメさんを横目にリョウゴさんは豪快に肉にかぶりつきながら「ヘタクソ」と一言呟いた。
それを聞いたスズメさんは、可笑しかったのかクスクスと笑う。
「そういうなら、リョウゴがアドバイスしたら?」
「女に本当の事を言うのが照れくさくて、嘘でごまかすなんてヘタクソすぎるんだよアイツは」
「先ほどから本心駄々漏れになってるのを、なんとかしようとしていたのでしょう」
「くだらない。みろ、飛んでいる二人も呆れ顔をしている」
追い掛け回っている私たちを見て、二人がそんな事を話しているとは全く知らなかった。
「セイゴさん! いいから私につかまりなさい!」
「捕まったらツバサみたいに説教するだろうが」
「あなたがこんなことするからでしょ!」
私たちのいい歳の全力の追いかけっこは終わらない。
セイゴさん体力あるから! 私ないのにムキになって走ってるから!
「なぁ綾」
「何よ!」
突然セイゴさんの足が止まった。
走り続けていた私はいきなり止まれず、勢いをつけてセイゴさんの胸へダイブしてしまった。
「い、いきなり止まらないでよ!」
そう怒りながら顔を上げると、目の前にセイゴさんの顔があった。
胸にダイブしてしまったから当たり前なのかもしれないけど、でもこっちをジッと見ているなんて思わないじゃないか。
「王に言ったお前の一言、本当に感謝するぜ」
他の誰にも聞こえないようにか、耳元でそう呟いた。
低い男の人の声に、一気に熱が体を支配した。
一言それを言うとセイゴさんは私を胸から離し、今までと比べ物にならないくらいのスピードで走ってどこかへ行ってしまった。
耳を真っ赤に染めたまま。
「セイゴー? どこ行くのー?」
「……仕方ないから追いかけてやれ」
状況がわからないドゥフトさんと違い、シュタインさんはなんとなく察したらしい。さすが私の上司です。
二匹はセイゴさんの走っていった方向へと向かっていった。
「……卑怯だ」
その場に一人残された私は深いため息を吐きながら、しゃがみこむ。
次にセイゴさんと顔を合わすのが、なんとなく気まずくなってしまったじゃないか。
あれは卑怯以外のなにものでもないよ。今の私の顔は、今のセイゴさんと同じくらいに赤いだろう。
でも、これからしばらくはここで過ごすのだから仕方ない。
小さく溜め息を吐いて、私は二匹のドラゴンが飛んでいる空を見上げた。
これからどんな事が起こるのかまったく検討もつかないけれど、なぜかこれからの生活がとてもワクワクする感じがした。
清々しい気分で、これからはもっと前向きに生きよう、と思った。
とりあえず、祝い酒をください。
やけ酒したらイケメンに介抱されて異世界にいた 森 椋鳥 @mu-ku
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