第八十話 二匹の神

 次の日、スズメさんが無事に帰って来たお祝いに、収穫祭をもう一度する事になった。

 ツバサさんが作った野菜はまだ少し余っていたため、メイドさんたちが売ていた。

 そして、この収穫祭のメインイベントとも言える神獣の登場が、今回も行われる。行われるのだが、ここで一つ問題が発生している。


「絶対に嫌です!」

「その返答は却下だ」


 メイン会場の裏手で私はリョウゴさんと攻防を繰り広げていた。

 それはなぜかというと、数時間前に遡る。


 日が昇り、窓の隙間から日の光が差し込んでくる。

 目元をこすりながら起きると、目の前にメイドのレオナさんが立っていた。

 まさか目を開けてすぐにドアップの人間の顔を見るとは予想もしておらず驚き、その場で肩を揺らしてしまった。


「おはようございます、御手洗様!」

「お、おはようございます」


 バクバクなっている心臓を抑えながら、挨拶を仕返した。


「本日、収穫祭をもう一度執り行う運びとなりました」

「もう一度、やるんですか?」

「はい。スズメ様が無事に帰って来たお祝いも兼ねて、もう一度ということになったのです!」

「なるほど」

「ですので、神獣様も応じてくれるようです! 今回は珍しく喜楽の神獣様と怒哀の神獣様揃ってのお呼びとなりました!」


 二人ともお祝いだから答えてくれたんだろうな。

 普通は一度きりらしいんだけど、ツバサさんとフゥは「特別です」ととても嬉しそうな顔をして、合意してくれたらしい。


「ということですので、御手洗様も着替えましょう!」

「そうですね、ではいつも通りの」

「服ではなく、本日はこちらを着ていただきます!」


 そう言ってどこからか取り出した服を見て、私は固まってしまった。

 純白のスカートに、身頃は黒。胸元には黒と白のドラゴンをあしらった装飾が施されている。なに、このきらびやかなドレス。まるで今からステージに上がる人がきるやつみたいじゃないか。


「えっと、なんでこれを着るんですか?」

「リョウゴ様のご命令です!」


 なんでそこ嬉しそうにいうの?


「命令ってどういう意図でこんな豪華なドレスを」

「とりあえず支度をしてしまいましょう!」


 私の話を聞かずにレオナさんは髪と化粧をセットしていく。

 髪はアップにされて、豪華な髪留めでとめられる。

 胸元にもいかにもお値段が高そうな真珠があしらわれているネックレス。

 耳にもそれとついになるようなイヤリングをつけられた。

 ピアス? 痛いのはダメなので開けてません。


「御手洗様、できました」


 何時間そうしていたのかわからないが、結構時間がかかったような気がする。

 レオナさんが手鏡を渡してくれた。

 そうそう人なんて変わらないから、こんなことをしても無駄だと思うのだけど。

 借りた手鏡を見ると、そこには知らない女性がいた。

 嘘でしょ。こんなにすごいことレオナさんできるの。

 え? これが本当の私?って鏡の前で言う人の気持ちがわかった。

 人間って本当に化けるね。髪、化粧、服でまるで他人みたいに変わるんだもん。


「あぁ、とてもお美しいです!」

「見違えるね、人って」


 こんな姿親にも見せたことないよ。

 今から舞踏会にでも行くのですかって感じ。


「さぁさぁ! 移動しましょう!」

「急展開すぎてついて行くのがやっとなのですが!」


 そうせわしないレオナさんは、私の準備を終わらせると私をどこかへ連れていく。

 されるがままに私は、神獣を呼び出すステージの舞台裏に連れてこられた。

 なんでこんなところに私を連れてきたのだろうか。

 理解ができないままでいると、前からリョウゴさんが現れた。


「孫にも衣装」


 そう小さな声で呟いた。聞こえてますよその言葉! この姿を見てそれをいうか! 貴方が用意したんでしょうに!


「御手洗、お前には俺たちと一緒にステージに上がってもらう」

「え、なんでですか、嫌です」

「お前の意見は聞かない」


 私の意見は聞かないって?

 はぁ!? どういうことなの!?

 そして冒頭に戻る。


「なんで私が出る理由があるんですか!」

「それはもちろん特別な人間だからだ」

「異世界の人ってだけでしょう!」

「異世界に加えてこの世界で大切にされている神獣まで呼べる人間。これを紹介しないでどうすると言うんだ」

「紹介したところで何にもならないです!」

「そんな奴がこの村にいるということを知らせておかねばいけない。もしなにかあった後じゃ遅いだろ」

「なにかってなんですか!」


 出たくない私と、なぜか絶対に出したいリョウゴさん。

 正当な理由を言ってくれなきゃ納得できませんよ私!


「兄貴は、綾という存在がいることを村のみんなに知っておいて欲しいんだよ」


 そこに現れたのはセイゴさんだった。

 セイゴさんはこの前やった収穫祭の時と同じ格好をしている。


「だから、それはなんでかということを聞いてるんです」

「アォウル国みたいに、他の国の者がそんな特別な人間に興味を持たないわけがない。もしなにかあった時に村全体でお前を守れるようにするためだろ」


 そういうとリョウゴさんは、ふんと鼻を鳴らした。

 え、そういうことなの?


「兄貴は素直じゃないからな。俺もあまり人のこと言えたもんじゃないけど」

「……このくらいのことがわからない方が悪いんだ」


 私を守るためにみんなに紹介をしようとしていたという。

 確かに、何かあった時に私だけじゃ対処仕切れないことが出てくるであろう。

 もし、このことを知っている城の人たちがその場にいなかったら。

 無力な私はされるがままになってしまう。


「相変わらずな言い方ね、リョウゴは」

「申し訳ありません綾様、リョウゴはこう見えて過保護な部分があるもので」


 私の後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

 そこにいたのはツバサさんとフゥの二人だ。

 いつも通りの服装の二人は、困ったような顔でこっちを見ている。


「おい、神獣共。なんでここにいる」

「リョウゴが綾さんに向かってひどいこと言ってるって察知したから」

「もう少し優しい言葉を選んではどうでしょうか?」

「お前らに言われる筋合いはない」


 どうやら二人は私を守ってくれているようだ。

 言い方がきつくても、私のことを思っての行為。

 グッと手を握りしめて、頭を軽く下げた。


「……すみませんでしたリョウゴさん。何も考えずに嫌だと言ってしまって。私のことを考えてくださり、ありがとうございます」


 謝るが、リョウゴさんは何も言わない。

 怒らせてしまっただろうか。


「綾さんの方が大人じゃない」

「先ほどの嫌だと言う言葉を聞いてもそう思うか?」

「でもちゃんと謝っているではないですか、リョウゴ」

「……わかればいいんだよ」


 そう言うと、リョウゴさんはどこかへと歩いて行ってしまった。


「本当に素直じゃないわ」

「リョウゴらしいですね」

「綾、兄貴のことは気にするな。言葉足らずなところがあるからな」

「それならいいのですが」


 あまり顔に出ないタイプなのか。

 ツンデレという奴ですね。把握しました。

 でも、私にはそれ以上に気になることがあります。


「セイゴさん、何か悪いものでも食べました?」

「は? なんだよいきなり」

「なんか、セイゴさんらしくなく私を守ってくれたように聞こえたので」

「確かに」

「変なものを口にした可能性がありますね」


 いつもこの役割はツバサさんだと思っていた。

 セイゴさんがこんな感じに守ってくれるなんて、信じられない。


「あのな、俺だってこのくらいするっての」

「ツバサさんならまだしも、セイゴさんが、ねぇ」

「悪かったな、似合わなくて」


 ガシガシと頭をかくセイゴさんは照れ臭そうだった。

 そんな様子に私はクスクスと笑ってしまった。


「まぁでも似合わないのは、今の私の方だしね」


 ジッと自分の衣装を見て苦笑い。

 いやぁ、髪も化粧もバッチリだけど元がこれじゃあね。


「何言ってるの綾さん! すごく素敵よ! 私たち綾さんの姿を見たくてここにきたんだから!」

「えぇ、いつも美しいですが、今日は一段と美しさが際立っています」


 嬉しい言葉を言ってくれる二人。美人さんたちに言われて嬉しい通り越して、ちょっと恥ずかしいけど。

 でも自信は全くないんですよ。こんなのでステージに上がっていいものなのだろうか。


「こいつらの言った通り、十分可愛いじゃん。出ても問題ねぇよそれなら」


 八重歯を見せて笑うセイゴさんに、心臓が高鳴った。

 不意打ちである。


「うわー、セイゴが褒めてるよ、ツバサちゃん」

「明日は雪ですね。もしくは天変地異で槍が降ってくるかもしれません」

「おい、お前ら」


 ヒソヒソと二人で話している言葉が聞こえたのか、セイゴさんの声はちょっと怒っているような気がした。


「さて、そろそろ時間だ、行こうぜ」

「でも心の準備がですね」

「問答無用だな」


 この兄弟人の話聞いてくれなくて嫌だ。


「いってらっしゃい」

「私たちも後からステージに上がるから」


 二人が手を振っている姿を横目に、セイゴさんに引っ張られるようにステージの上へ連れてこられた私。

 ステージの下にはたくさんの人。

 この前までのこの一員だったというのに。なんでこんなところに立っているんだろう。

 心臓の音が聞こえてしまうのではないかと言うくらいに大きな音を立てている。

 パニックになって目眩が起こりそうになった時、セイゴさんがいつもの笑顔を私に向けてくれた。大丈夫といっているように。

 そしてセイゴさんはステージの中央に立ち、大きく息を吸った。


「皆の者! 彼女は神獣に愛されし異世界の民である! 彼女は此度他国から狙われてしまった。我々が守り抜いたが、もしもう一度脅威にさらされたときは、我々で彼女を守ろう! 皆、良いか!」


 大きな声で民衆に聞こえるように叫ぶと、うぉおおおお! と大きな声が上がる。みんな納得してくれたようだ。


「これで一安心だな」

「そうですね」

「……けど、一番に俺が守ってやらないこともない」

「え?」

「聞こえてないならいいさ。さぁ! 神獣を呼びだそうではないか!」


 セイゴさんの途中の声がよく聞こえなかったが、神獣を呼び出す儀式が始まった。

 メインステージには前と同様に、セイゴさんが立ち、向かい合わせにリョウゴさんも立った。そして、その間に私が立つ。

 緊張で心臓が爆発してしまいそうなくらいに音を立てている。

 死ぬんじゃないぞ私! 今までに経験のない状況だけど、緊張でガタガタ震え始めたけどこんなところで倒れるわけにはいかないんだ!


「目に見えて緊張しているじゃないか、たかだかこのくらいで」

「い、いままでこう言う経験はなかったんです!」

「お前は目を閉じて待ってればいいだけだ」


 そう言われたので、私は目を閉じてジッと時を待つ。

 二人は同じような服装で、鏡合わせの様に同時に同じ動きをし始めた。


「村を守る神獣よ、我らにその姿を見せたまえ!」


 二人の声が聞こえた時、私の耳に声が届いた。


『綾様、本当にありがとうございます。あなたがいてくれて村も助かった』

『突然呼び出して、訳のわからないまま、されるがままのことをして、あなたの気持ちを尊重しなくて本当にごめんなさい』


『私たちの特別な異世界の人。これからはあなたがここにいる限り、必ず私たちが守るから』


 多分私にしか聞こえていないであろうこの声。

 私はスッと目を開けた。

 リョウゴさんとセイゴさんの重なる声に反応して、二人の間にいる私の頭上に灰色の渦のようなものが現れる。

 その中から、ズッと音を立てながら現れたのは黒い神獣姿のツバサさんと真っ白な神獣姿のフゥ。

 現れた二匹の神獣に、村の人たちの歓声がいつも以上に響き渡っていた。

 二匹はお互いの呼んだものつまり、セイゴさんの隣にツバサさん、リョウゴさんの隣にフゥが座る。

 二匹がそろうと対照的に見えてしまう。

 でもどこか嬉しそうに二匹はお互いの額を合わせた。

 その姿をみて、これで合っているんだと納得してしまった。


「村の民よ! 神獣と共にあれ!」


 よく晴れた青空に、その声は高らかに響いた。


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