第十二話 ワイルドイケメン


「この芝生に足をつけてもらいたくねぇんだけど」


 その声と同時に、鈍い音が響いた。

 音がした方に何事かと視線を向けると、金色の装飾を施した大剣がおじさんたちの目の前の地面に突き刺さっていた。

 背が高そうなおじさんたちよりも遥かに大きいその剣は、剣身の幅も私の片腕を伸ばしたくらい広そうだ。

 いきなりこんな大剣が、どこから降って来たというのだろうか。


「知ってるかお前たち、ここが村の領域だってことを」


 不機嫌そうなその声は、私の横から聞こえて来た。

 ここまで一緒に来た、動物たちの声とも違う。

 社内でも聞いた事のない青年の声に驚き、私はそちらに視線を移した。

 木々の緑の中に一層映えるオレンジ色に輝く短髪。

 切れ長の目の瞳は深緑色。

 筋の通った鼻と、筋肉がしっかりとついていそうな体。

 服装は王宮に仕えているような、剣士の格好をしている。

 一言で言うとカッコいい。モデル出身じゃないかと思うくらいにカッコいい。足も長めで、身長もなかなかありそうだ。

 スズメさんが可愛い系なら、この人は間違いなくワイルド系に違いない。

 でも今の彼は、眉間に深い皺を作っている。

 彼、確実に怒っているよ。周りの空気が重く感じるし。


「兵士かなにか知らねぇけどよ、自分の領域はちゃんと把握しててくれねぇかな」


 一歩一歩前に出る彼に対して、気迫に負けているのか兵士のおじさんたちは一歩一歩と後ろへ下がっていく。

 そして彼はおじさんたちの前に刺さった大剣のところで、ピタリと足を止めた。おじさんたちも同じ様に足を止める。

 彼は目の前に刺さった大剣を見ると、大剣の剣柄を片手で掴み、意図も簡単に抜いてしまった。

 彼と同じくらいの身長の大剣を軽々と持つその姿は、私からしたら不思議で仕方なかった。

 どこにあんな大剣を持つ力があるというのだろうか。確かに筋肉がついていそうな体型ではあるが細身なので、それを持てるとは到底思えない。


「い、今は緊急事態だ! 我々は彼女を連れて帰らなければならない! だから」

「ほう、今コイツがいるのが村の領域の芝生の上だから、通らせろと?」

「そういう事だ! わかっているのなら進ませてもらう!」


 声を張り上げておじさんは言うと、ズンズンと歩いてきた。お、おじさん怖いもの知らずだな。

 青年の横を通り過ぎようとそのままの勢いで芝生に入ろうとした、その一瞬に、いつの間にか青年は大剣の剣先をおじさんの目の前に突きつけていた。

 おじさんの前髪が、その剣に当たったのか切れて数本地面に落ちていく。


「どんな理由があろうとも、森の中は進んでくるな、村に用事があるのなら正当な理由を述べて門から入れと、大昔からこっちが言っている事だろうが。なんでアンタたちは未だにそれを破るんだ?」


 鋭い目つきで相手を睨みつけ、今すぐに殺せるぞと言わんばかりの殺気を放っている。

 背筋が凍った。本当に怖いとはこういう事を言うのだろう。私が今まで感じていた恐怖とはケタが違い過ぎる。

 私と同じ様に感じているのか、いや、それ以上の恐怖を感じているに違いないおじさんは、顔から大量の汗を流していた。


「失せろ」


 その一言が、最後の警告だと言わんばかりの低い声を出す青年に、おじさんたちはきびすを返すと、慌てて自分たちの来た道を走り去っていった。

 凄い。一言で追っ払ってしまった。なんて恐ろしい青年なんだ、この人確実に敵に回しちゃいけない人だ。

 ……あれ、ちょっと待って、私も無断で芝生に入っているよね? いや、今はドゥフトさんという馬に乗っているけど、勝手に村の領域に侵入している訳だし。それに森の中を無断で歩いていたのは事実だし。

 あ、これおじさんと同じ運命にあうのでは。あの尋常じゃない殺気を当てられて、あの大剣でバッサリとさようならするんじゃないかな? 非常にマズい状況になったぞ!

 おおおおお、落ち着け私。大丈夫だ、なんの根拠も無いけど大丈夫だ。ほら私、この世界に勝手に呼ばれて村に行けって指示出された人だから、私の意思じゃないから!

 自分で自分を保身するほど可哀想なものは無いけど、ここは目を瞑っておこう!


「それで、アンタは誰な訳?」


 おじさんたちがもう見えなくなってしまったため、青年は次の標的を私に変えたらしい。

 先ほどみたいにすごむような低い声とか出してないけど、睨んでいるような目が怖すぎて仕方ない。

 怖くて喋れない私に、青年の眉間の皺は一層深まる。

 ひぇえ! さらに怖くなった! どうしよう!

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