第十話 向かいましょう


 馬のひずめの音と、鳥の羽ばたく音、その他にも聞こえてくる動物達の足音を聞きながら、私たちは森の中を進んでいった。

 馬に乗った私を中心に動物たちがぐるりと周りを囲んでいるこの状況は、ファンシーな光景に違いない。元の世界の人が今の私を見たらまるでおとぎ話のヒロインの様に見えるかもしれない。ドレスではなく、スーツを着ているけれど。

 迷い無く進んでいく動物たちには、本当に道がはっきりと分っているようで、私は安堵を覚える。

 知らない森の中を通るほど怖いものは無いと実感したので、もうこんな事は絶対にしないぞと心に誓った。


「綾ちゃんは、この先の村がどんなものなのか知ってるの?」


 何も話さない私を気にしたのか、ドゥフトさんが話しかけてきてくれた。


「え、いや全然知りません。この世界の事も全くといっていいほど知らなくて」

「じゃあ基本的な知識を身につけなければいけないね、ここで暮らしていくのはかなり大変だろうねー」

「なんとか、がんばります……」

「でもあの人は教えるのが上手いから、そうそう心配はないんじゃないかな」


 誰を思い出しているのか知らないが、ドゥフトさんは私を安心させる様にそう言った。

 教えるのが上手い人がいるのか、それは良い事を聞いた。

 私、覚えが悪いから何度も石橋さんに怒られたし。

 自分で自分の傷口を抉ってしまった、心が痛い。


「問題は、もう一人の方だろうよ。アイツは今俺たちと、自分が仲間と認めた者以外に心を開いていない」


 どうやら問題児が一人いるらしい。スズメさんが言っていたのはこの人の事なのかもしれない。

 そういえばスズメさんが言った『彼ら』って、何人いるんだろうか。

 すぐ横を飛んでいるシュタインさんを呼んで聞いてみよう。


「シュタインさん。先ほどから彼らとか、アイツとか言っていますが、私が会うべき人物というのは一体何人なんですか?」

「人数も聞いてないのか。御手洗が会うべきなのは、二人だろう。そいつらはこの先にある城に住んでいる」

「し、城」

「村に行くには大きな門があってな、そこを通っていかなければならない。そこだけが唯一国と村との接点なんだ。行き来する人の管理は、その城の人物がおこなっている」

「そういえば『村は特別』って聞きました。行き来する人の管理までしなければいけないということは、なにか重要な秘密があるってことですか?」

「それは、申し訳ないが彼らに会ってから聞いてくれないか」

「え?」


 突然、シュタインさんが後ろを気にする素振りを見せた。

 なにごとかと私も振り返って見ると、遠くに何者かの黒い影が見える。

 人なのか、動物なのかはわからないが、こちらに向かって来ているということは、はっきり分った。


「シュタインさん、どうするよ?」

「あと少しだから、このまま走り抜ける」

「わかった。綾ちゃん、俺の首にしっかりと掴まっていてね!」

「どういう意味ですか……?!」


 意味の分からない言葉に対して私が不安になった時、急にドゥフトさんは足に力を込めて、走りだした。

 バイクにでも乗っているのではないかと錯覚する位に早いそのスピードに、私は目が回りそうになる。

 必死にドゥフトさんの首に掴まるけれど、気をぬいたら一気に振り落とされてしまいそうで怖い。全神経を腕に集中しなければ!


「あとちょっとだから、離さないでよー」

「御手洗、手を離したらお前終わりだぞ」


 何がだ! 人生がか!

 怖い事を言っているシュタインさんに対して、ツッコミを入れる余裕も今の私にはない。早くこの時間が終わることことだけを願っていた。

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