第五話 こんなところだと思わなかった 

 木の香りがする。

 目の前に映るのは綺麗な緑色の森林の光景と、木々の隙間から零れる太陽の光。

 こんな光景、写真みたいだな。写真家の人はこういう光景を常に探しているのか。凄い、写真家の人尊敬する。

 現実逃避をしつつ、息を切らしながら草や木の枝をかき分け、道無き道を私は歩いていた。

 意を決して入ったはいいけれど、本当にこのまま歩き続けて正解なのか不安になって来たんですけどスズメさん。

 スズメさんに言われた通りに、森に入って真っ直ぐ歩き続けてきた。だが、人の気配はおろか未だに動物にすら遭遇しない。小さい昆虫には何度か遭遇したけど。

 私、真っ直ぐ歩いて来たよね? なんで誰にも会わないし、民家も見られないんだ。

 確かにこの森に入って少し歩いたくらいで大きな谷があって、流石に渡れないと思い、渡れそうな道を探す為に遠回りしたけれども。

 あれが悪かったのか? 一般市民にあれを飛び越えろって、スズメさんは言っていたのか?

 無茶な事言わないで、私運動全般だめなんだから。学生の時体育はいつも「二」判定で、先生溜め息ついてたんだから。唯一得意なのは砲丸投げでした。

 でも運動神経いい人でも、あれはかなりの難易度だと思う。棒高跳びの選手ならいけたかもしれないけど。いや、まず棒がないから無理だ。

 額から汗が滴り落ちて来て、私は服で拭った。

 どれくらい歩いたのか自分でも分らなくなるくらい、歩いた。

 空を見上げ、太陽の位置を確認するが、まだ沈んでいないのでそれほど時間はたっていないらしい。

 足がガクガクと悲鳴を上げ始めたを感じる。社会人になってデスクワークを五年もやってたんだし、運動不足なのは目に見えていたのに、なんで素直に来てしまったのだろう。


「あー、もう兵士さんにでも見つけてもらった方がよかったんじゃないかな」


 あの時、素直に兵士さんに捕まった方が正解だったのでは無いだろうか。

 あのままお城に連れて行かれて、キレイな部屋に通されて、おいしい食事もとらせてもらって、お風呂なんかにも入れてもらったりして。

 だけどそんなこと今考えた所で後の祭り。私はその兵士さんたちから逃げてしまったのだから今更何を言ったって仕方ない。

 右を見ても、左を見ても木、葉っぱ、枝……。鳥の声はするからいるのだろうが、目の前に現れてくれないので本物かどうかもわからない。

 このままでは精神的にまいってしまう。同じ光景を永遠に見せられていると、どうにかなってしまうという知識を、テレビかなにかで見た事があった。

 じょ、冗談ではすまされない状況になってきたかも。誰でも良いから、何かに会いたくなって来た。

 ガクガクの足に鞭を打ちながら、なんとか歩き続ける。誰でもいい、会いたい。この状況を打破してほしい。そういう願いが頭を埋め尽くし始めた。

 嫌な気持ちになってくる。不安がまた押し寄せてくる。

 このまま誰にも会わずに、誰とも会話せずにひとりぼっちで、この森をさまよい続けるだろうか。

 生まれ育った街ではなく、こんな見ず知らずの土地で一生を終えるのか。

 そもそも私は、元の世界に戻る事が出来るのだろうか。

 目が潤んで来て、視界がぼやけて来た。だめだ、悲観的になってくる。

 こんな状況に陥ったおかげで、ボロボロになっていた心が更に傷ついたではないか。

 そうだ、元はと言えば倒産した会社が悪い。

 倒産なんかしなければ、やけ酒をする事も無かった訳だし。いつもはセーブしているお酒を限界まで飲み続けて、トイレに行く事も無かったし。

 あの会社は働いていた仲間はいい人ばかりで、人間関係はとっても良好だったんだ。やめたくなかった。

 あぁ、もう限界が来た。

 その場に立ち止まり、大きく息を吸って、目の前に見えた大きな大木に向かって一気に叫んだ。


「会社のバカヤロー!」


 私のその声は、静かな森にどこまでも響いた。

 どこに隠れていたのか、数羽の鳥が鳴きながら空へパタパタと羽ばたいていく。この世界に来て初めて見た鳥。

 でも叫んだおかげか、どこか気持ちはスッキリした気がする。ここは山ではないから、山彦にならないのが残念だ。

 よし、どうにか落ち着いた。悲観的な考えもとりあえず消えたし、がんばってまた前へ進むとしよう。


 私は一歩前へ踏み出す。

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