第四話 頭が追いつかない

 お兄さんの瞳が揺れたような気がした。

 なにを思いながら言っているのか、その表情はどこか悲しそうにも見える。

 だが、彼は重要な事を忘れていないだろうか。


「それって、私がこっちに来た意味と違うんじゃない? 私はこの国の王様に呼ばれて、協力するために来たんでしょ? なのに敵対する村に協力するっていうのは……」


 今彼が言っている事は、国の目的と違うもの。つまり私が国を裏切るという事ではないだろうか。

 それは、ヤバいんじゃないか。だってほら、裏切り者の罰ってかなり重いんでしょ。ましてや異世界の裏切り者なんだから、とんでもない拷問とかあったりとか……考えただけで震えが止まらないのですが。


「その村は、何百年という歴史の中でずっと孤立して生きて来て、本当は永遠にそうしていかなくてはならなかったんです。国の領土にしようなんて、他国皆も暗黙の了解でやろうとはしなかった」

「でも、これを機にやるって手もあるんじゃない?」

「……だめなんです。ちゃんとした理由があるんです」


 その時、ハッとお兄さんは何かに気付いたのか、いきなり私の肩を掴むと、家と家の隙間へ押し込んだ。

 体を横にして、やっと入れるくらいの隙間は正直狭い。狭すぎる。どうにか動けるが狭い!


「ちょ! 何するの!?」

「国の兵士が現れました。詳しくお話をする時間はないようです」


 なんだと!? 私の夢だからって、その辺雑すぎない!?

 確かに夢っていうのは、いつも良い所で邪魔が入ったりとかするけれども!


「探せ! この辺りのはずだ!」

「早く見つけなくては!」


 大声で話す、何十人もの声が耳に入ってくる。どうやら誰かを必死で探しているようだ。

 今の聞いた話のタイミングで兵士が何人も現れたという事はだ。とても嫌な予感がする。


「……探している人物って言うのは私? それともお兄さん?」

「両方が正解だと思います」


 おーい、嫌な予感当たっちゃったよ。

 まさかの二人を探しているパターンとは!


「お兄さん、何やらかしたんですか」

「私は、異世界から呼び出した人を、勝手に本来の場所と違う場所へと移動させただけですが」


 困ったようなその表情は、本当に反省しているのか疑いたくなる顔だ。

 これ絶対に反省してないだろう、昔兄が悪戯をして親に叱られた後、こんな表情していたのを見た事がある。


「あの、まさかと思うけど、異世界から呼び出した人って」

「もちろん、貴方のことです。さ、ここで話している暇はないですよ」


 話を強制的に打ち切って、お兄さんは狭い隙間に更に私を押し込めていく。

 こんなにうだうだ言うのも全てお兄さんのせいですよ、と大きな声を出せたらどれほどよかっただっただろう。

 このお兄さんはどうやら私をこの国の王様とやらには会わせたくはないらしい。

 勝手に呼び出したくせに、自分勝手にもほどがあるんじゃないだろうか。


「この隙間を抜けた先に大きな森がありますので、その森の中を真っ直ぐに走っていってください。そうすれば自ずと目的地に着きます」

「改めて聞くけど、私の目的地ってどこ?」

「さっきお話をしていました村です。そしてそこで彼らに会ってください」


 やっぱり王様のところではない訳ね。こんな見知らぬ土地で、あとは一人行動してくださいと言われるとは。

 そんなに会わせたくないか! そこまで拒絶する事に私は興味を抱いてしまったよ。詳しく話してください、理由を。


「兵士の動きが速いですね。私が彼らを引きつけますので、その間に行ってください」


 お兄さんは兵士たちの方に向き直り、私をその背に庇って兵士たちから私を見えない様に隠した。

 紳士的なその行動にこんな状況だが胸打たれたのは、やはり女の性であろう。


「一つだけ聞かしてください。お兄さん、貴方何者なんですか?」


 何も知らないまま、一人で放り出されるなんて私の胸のもやもやは晴れないままになってしまう。

 せめてお名前だけでも~というテレビで良くある台詞が頭に思い浮かんだ。


「そうですね。僕の名は『スズメ』魔導士ですよ」


 口に人差し指を当てながら秘密を話すかの様に言葉を零したスズメさんは、まるで本から現れた王子様みたいだった。

 でも名前! 見た目的にアランとかそんな感じだと思っていたけど、まさかのスズメさん! このお兄さんの名前可愛い! 確かに髪の毛は茶色で、スズメに似ていると言えばそうだけど!

 だが、今は名前にツッコミを入れている場合ではない。この人とんでもない爆弾を落としていったぞ。自らを魔導士っていったよ。

 つまり、貴方が私をここに呼びつけた犯人なのか!?

 詳しく話を聞こうとスズメさんの服を掴もうとしたが、既に駆け出してしまった後だった。数秒遅かった。

 唖然としている私を尻目に、目の前の兵士たちがスズメさんを見つけ、その後を追って行く。

 さて、改めてどうしよう。まさかの異世界に来て、ものの数分で一人にされるとは思ってもみなかったよ。

 でもこんな隙間にいつまでも挟まっている訳にはいかない。というか、こんな状況他の人に見られたくなんか無い。

 意を決して、私はスズメさんが言っていた村へと続く森に向かった。

 壁に手をつきながら一歩一歩、歩くそこは到底人が通るような場所ではない事は目に見えて分る。

 つい、小さな溜め息を吐いて気分転換に空を見上げた。

 隙間から見える一直線に伸びている青空は、日本では見た事も無いような青空で、雲はさまざまな形に変化をしている。

 まるで写真を見ているようだ。

 道に転がった小さな小石を蹴った感覚、歩くたびに伝わる地面の感覚。

 壁で今しがた切った手のひらの擦り傷がひりひりと痛む。

 その感覚を身に受けて、私は嫌でも実感してしまう。

 手を力強く握りしめて、私は眉を下げた。

 自分の体が教えてくれる。これは現実の感覚なんだと。夢じゃあ、ここまでリアルに感じる事なんて出来る訳がないんだと。

 この世界は今まで生まれ育ったなじみのある世界ではなく異世界だという事を、やっと自覚した。


「信じたくないけど、夢じゃないって今はっきりわかったよ」


 思ったよりも落ち着いているのは、私が大人になったということなのか、はたまた現実離れしすぎているためなのかはわからない。

 今日は踏んだり蹴ったりだ。

 やっとの思いで隙間を抜けると、目の前に大きな木々が茂っている森が広がっていた。

 だが、整備された道なんて存在しない。獣道もない。周囲を見渡しても、それらしき物が目に入ってこない。


「もしかして、この木々をかき分けて入るってことなの?」


 不安なその呟きに返答してくれる人は、この場に誰一人としていない。

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