第一話 とりあえず飲ませてくれ


「という事で、明日から無職だよ! チクショウ!」

「御手洗、やけ酒は程々にな」


 社会人になってから行きつけとなった居酒屋の大将さんになだめられながらも、それほど飲めない酒を浴びる様に私は飲んだ。

 飲まないとやってられないんだよ!

 あんな事を言われてすぐに、私たちはあれよあれよという間に退職の準備をさせられ、気がついたときには既に自分の荷物を持って社外へと出されていた。

 片付けとかは、ものの数秒の様に感じた。

 時を感じるのも忘れるくらいに、ショックを受けていたということだろう。

 窓から見える綺麗な夕焼けが目にしみるぜ!

 私は勢い良く己の額をテーブルに打ち付けて、顔を埋める状態になった。


「本当にさ、これからどうするんだよって話だよ。無職って、無力って……うぅ」


 うめき声を上げる私を哀れに思ったのか、大将が無言で次の酒をテーブルの上へと置いてくれた。ありがとう大将。

 しかも店の中でもなかなかに高いお酒を、私なんかに出してくれるなんて……!

 でもこれ度数高くて、前に私が一口飲んだら寝落ちしたやつだよね!

 さっさと寝ろってか!


「こんばんわ大将……って御手洗ちゃん、今日はなんか荒れてるね」

「おぉー小池さん、相変わらずダンディーなことでー」


 入って来たのは、私と仲がいいオールバックヘアがとても良くお似合いな居酒屋の常連客おじさま小池さん。

 私が三つお酒のグラスを空けているのが珍しいらしく、少々驚いたご様子だ。

 いつもは一杯空にしてれば珍しいくらいだもんね。

 そんなことを考えていたら、頭がボーっとしてきたのに気付いた。

 どうやら酔いが回って来たようだ。


「御手洗、明日から無職なんだとさ」

「え? 会社やめたの?」

「やめたんじゃなくて倒産だとさ」

「あぁ……最近は景気が良くないから、それの影響かな」

「違います! 横領です! 事務所の人が数十年間横領していて、それの積み重ねが今になってきたらしいんです……」

「それは……もう何も言えねぇな」

「流石にそれは、一社員がすぐにどうこうできる問題じゃないね」


 近い筈なのに、二人の声が遠くで聞こえる様に感じてきた。

 あ、コレもう駄目なやつだ。

 なんとか意識を保とうと顔を上げれば、小池さんが哀れんだような目を私に向けている。

 くっそ、その目、突き刺さる様に痛いよ。


「もうどうにでもなれー」

「やけになってるね、御手洗ちゃん。まぁ倒産なんてそうそう経験できる事じゃないから、良い経験したと思っといた方が楽なんじゃないかなぁ」

「そういう風に物事が考えられる大人になりたいー、小池さんカッコいいー」


 小池さんの言った通りそう思えばいいことだ。しかし、そんな気持ちにすぐになれる訳でもなく、私の心はもやもやしたもので埋め尽くされている。

 パッと脳裏に浮かんだのは、必死で謝る専務の姿。

 それを思い出して、私は腹が立って来た。

 なんで急にそんなこといったんだよとか、もっと前々からなにか方法があったんじゃないかとか、外に出せない気持ちがこみ上げてくる。そんな気持ちをぶつけるかの様に、手に持っていたグラスの酒をぐいっと一気飲みしてやった。

 その瞬間襲ってくる、異常な眠気と気持ち悪さ。思わず手を口元に当てた。


「あーあー、飲み過ぎ」

「自分の限界を初めて知りました。まさか五杯でアウトとは……!」


 どうやらここまでが、自分の限界だったらしい。

 お酒の強い大人になりたかった。いや、お酒は慣れるものっていうし、飲み続ければなんとか。だが、今はうだうだ考えていても治まらない気持ち悪さ。


「……大将、とりあえずトイレ貸して」

「へいへい」


 適当な返事で返す大将を横目に、私はゆっくりと歩きながらお店の奥に一つだけある小さな個室トイレへ向かった。

 ドアを開けると大将の趣味なのか、今日もキレイな花が生けられていた。

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