魔の手が迫る

「被害者と色んな属性がそっくりなんだよ。どちらも女子高生、勝気で女王様気質の美人で、体の発育もいい。そして、芸能活動をしていてファンのことを心のなかでは馬鹿にして毛嫌いしているのが透けて見える言動までそっくりだ」

「まあ、でもさ、そんな人は一杯とは言わないまでもいるんじゃない」

「それにな、一番大事なことは藤川って子はネットで見えるんだよ」

「ネットで見える?」

「芸能活動の一環か、元々の性格なのか知らんが、ネット上にその子が自分で写真投稿アプリに投稿した写真が山ほどあるんだ。でな、先日の被害者の女の子の写真をブラウザの画像検索にかけたらどうなったと思う?」


「藤川さんの写真がヒットした?」

「その通り。本人の物に交じって、藤川って子の写真がかなりの数、検索結果に表示されたよ」

「でもさ、それは似てるってだけだろ」

「まあな。だけど犯人は被害者の子を殺すつもりはなかったと思う。だが事故で殺してしまった。もう一度、そっくりなお人形が欲しくなったとしてもおかしくはないだろ。そして、それはちょっと検索すれば見つかるんだ」

「でも、ネットで見つかったと言っても、居場所が分からなければどうしようもないでしょ。まあ、芸能活動しているステージとかは分かるだろうけどさ。そこから尾行でもするの?」


「分かるんだよ。不用意に写真を載せてるからジオタグがついたままなんだ。写真を撮った場所の緯度経度が誤差なしで確認できてしまう。その位置を地図に表示してくれるアプリもあるしな。点を結んでいけば、何時にどこを通るか、ほぼ正確に予測可能だ」

「ということは、その気になればいつでも誘拐ができるってこと?」

「そうだ。あとは犯人がいつまで我慢できるか。こいつは馬鹿じゃない。捕まるリスクを計算して今までおとなしくしてた。ただ、世間の関心も薄れてきたろう。リサーチする時間も下見をする時間も必要だ。正直いつかは分からん」

「分かったよ。とりあえず、一人歩きは避けるように警告するように頼んでみる」


 スマートフォンを取り出し、片倉さんに電話をかける。

「あ、榊原くん、こんばんは。さっきはありがとね。どうしたの?」

「ちょっと、お兄さんに用があってさ」

「あら、珍しいわね。まだ帰ってないんだ。帰ってきたら連絡するように伝えるんでいい?急ぎなら兄のスマホに連絡するけど」

「帰ってきたらでいいんで、お願いしてもいいかな」

「うん、いいよ」

「それで話は変わるんだけど、片倉さんてSNSに写真アップしたりする?」

「あまりしないかな。なんで?」

「スマホで写真撮るとさ、設定によっては撮った位置が分かることもあるから、気を付けないとって話を聞いて」

「私、方角には自信あるから、地図見るときも現在位置情報いらないんだよね。だから、GPSは切ってるよ。それでいいんだよね?」

「ああ、なら大丈夫かな」

「心配してくれてありがとう。そうだ。あとで連絡しようと思ってたんだけど、明日はバス停で30分待ち合わせでいいかな」

「じゃあ、その時間で」

「それじゃ、兄が帰ったら連絡させるね」

「よろしく」


「ふむ。不在じゃ仕方ないな」

「連絡があったら伝えてみるよ」

「おう。それで、こんな時にこんなこと言うのもなんだがな」

 あ、また、何かろくでも無いこと言うつもりですね。

「いつまで、苗字にさん付けで呼び合うんだ。なーんかまだ硬いというかなあ」

「別にいいじゃん」

「まあ、いいけどな」

「それじゃ、自転車取りに行ってくるよ」


 結局のところ、藤川への警告は聞き流された。夜電話をかけてきた片倉先輩は俺の頼みを2つ返事で引き受けてくれ、そういうことならと直接連絡してくれたのだが、あまり返事は芳しくなかったようだ。予想していた通りだ。”ヨッシー”さんにそのことを連絡すると、しばらく考える、と返事があった。


 翌日の夕方、いつもの妹のお迎えに行き、志穂に言う。

「明後日の花火大会だけど、何時に家出ようか?」

「え?何言ってるの?」

「いや、毎年出かけてるじゃない。去年は出かけるの遅かったから、今年は少し早めに出た方がいいかなと思ってさ」

「え?だから、お兄ちゃん一緒に花火行くつもりなの?」

「そのつもりだけど」

「なに言ってるの。片倉さんと行くんじゃないの?」

「いや、その発想は無かった」

「もう、しっかりしてよ。夏の花火大会だよ。これ誘わなくてどうするの?」

「そ、そうだね。言われてみればそんな気もするかな」

「あたし、もう、お母さんにお兄ちゃんは学校の人と行くみたいだって言ってあるから。今からじゃ手遅れかもしれないけど、誘いなよ。もう、呆れた」


「あのさ、急なんだけど、明後日の花火大会って、もう予定ある?」

「どうしたの急に」

「いや、直前だから予定もう埋まっちゃったかな、と思って」

「まだ空けてるよ。というか、いつ誘ってくれるのかと思ってた」

「え?」

「だって、夏休み最後の締めくくりのイベントでしょ。なのに何も言わないから、花火とか好きじゃないのかなあって」

 やべ。こりゃ志穂が全面的に正解だったってことか。ここはうまく誤魔化そう。

「ごめん。片倉さんは家族で出かけるのかと思ってて」

「そっか」

「それでどう?」

「人込みはあまり好きじゃないんだけどねー。榊原くんがきちんとエスコートしてくれるってなら」

「もちろんします。じゃあ、18時過ぎに家に迎えにいくよ」

「OK。じゃ、楽しみにしてるね」

 ふう、危ねえ。今度志穂に何かお返ししなきゃな。


 Guessの新規メッセージ有のサインがあったのは、その翌日の夕方だった。午前中は、志穂の図書館通いに付き合い、午後はネットで翌日の下調べをしていた。珍しいことに”ヨッシー”さんからだ。すぐにチャットルームに来い。

<sbk:どうしたの?>

<ヨッシー:藤川が誘拐された>

<sbk:え?どうして>

<ヨッシー:事情を説明してる暇はないんだ>

<sbk:じゃあ、警察にすぐ連絡を>

<ヨッシー:前にも言ったろ。ムダだ。信じてもらえん。信じてもらえたとしても時間がかかりすぎる。それから警察に保護されても意味がないんだ>

<sbk:でも>

<ヨッシー:あの報道はお前も覚えてるだろう。時間が経ってからだとな、何があって何がなかったのか、下種の勘繰りで色々言われることになる。それでは意味がないんだ。選択肢は2つだ。俺達で何とかするか、しないか。どっちにする?>

<sbk:そりゃ、見殺しにはできないよ>

<ヨッシー:よし、PCと皮手袋、あとは何か金属性の工具あるか>

<sbk:モンキーレンチでどう?>

<ヨッシー:それでいい。道々説明する。出発だ>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る