犯罪行為ですが緊急避難を主張します

<ヨッシー:ダメだ>

<sbk:なんでだよ。頼むよ>

<ヨッシー:お前さあ、いきなりヤバいもん寄こせと言われてホイホイ渡せるわけないだろ>

<sbk:そこは一つ、これまでの付き合いで>

<ヨッシー:ダメなもんはダメ。きちんと説明しろ>


 顔を上げると興味津々で俺を見ている2人。そりゃヒマだろうしな。そうだ。

「あのさ、最初の写真要求って、電話?CHAIN?」

「CHAINだけど」

「まだ残ってるなら、スクリーンショット取って俺に頂戴。写真送ったのもCHAIN?」

 頷く相沢さんに作業のお願いをしておいて、”ヨッシー”さんに簡潔に事情を説明する。長文を打ち過ぎて指がもつれそうだ。


<ヨッシー:そういうことか>

<sbk:そういうことだよ>

<ヨッシー:答えはノーだ。お前にはやれん>

<sbk:頼むよ。良くないことは分かってるけどこれしか方法がないんだよ>

<ヨッシー:ガキが手を出すには危険すぎる。俺がやる。相手の情報よこしな>

<sbk:ヨッシーさんにそこまではさせられないよ>

<ヨッシー:バーカ。万が一発覚してみろ、犯罪者だぞ。お前はええかっこしいできていいかも知らんがな、罪人の家族は辛いぞ>

<sbk:でもさあ>

<ヨッシー:はい。この議論はおしまい。俺が協力しなけりゃどうしようもないんだから。それとも自分でダークウェブ潜って適切なもの取ってこれるのか。だいたい決済手段もないだろ>


 いっつもそうだ。困った俺が助けを求める。いつも俺は助けられてばかり……。

<ヨッシー:おーい。またつまらん自己憐憫に浸ってるだろ。そんな暇はないぞ。お前が立案と指示、俺が実行、そういう役割分担で行こうぜ>

<sbk:分かったよ>

<ヨッシー:よし。それでどうやってターゲットに踏ませるんだ。相手に起動させないと動かないぞ>

 作戦を説明する。


<ヨッシー:うん。これならいけるな。標的に合わせて文案を考える必要があるが、この場合は向こうが待ってるんだからな。樽の中の魚を撃つようなもんだ。楽勝だね>

 スマートフォンからスクリーンショットをPCに移す。そして、顔を上げ、相沢さんに声をかける。

「それじゃ、あの男のGuessWhat’sのアカウントと電話番号を教えて」


 ”ヨッシー”さんが本体の準備をしてくれているので、俺は素材作成を分担する。まあ、この部分は適当でもいいんだが、お灸をすえておかないと次に何をやらかすか分からないからな。警視庁のサイトにアクセスしいくつかの画像を拝借して加工する。次は適当なエロ画像を調達と。すると、退屈してきたのか片倉さんが覗き込もうとする。

「ねえ、何してるの?」

「うわ」


 慌てて、先ほどの画面を手前に出す。

「こちらは警視庁サイバーセキュリティ対策本部です。あなたの行為は条例に違反しているため、強制的に画像をロックします。どういうこと?」

 俺が加工してた画面の文字を読み上げる。

「もうちょっとで準備が終わるから、そしたら説明するから、それまで待ってて」

「気が散っちゃうね。ゴメン」


 5分もしないうちに、

「もう準備できた?」

 ううう。作業に集中させてくれ~。

「あ、そうだ。長居してるから、追い出されないように何か買ってきてよ」

「うん、分かった。モモちゃん、行こう。大丈夫だって」

 2人が居ない間に、匿名ブラウザを使い、プロキシを差してGuessWhat’sのサイトにアクセス、新規アカウントを作成する。そして、アカウント情報と素材を”ヨッシー”さんに送る。準備ができたところに2人が戻ってくる。


「はい。これどうぞ」

 お代わりのドリンクを受け取り、一口すすると、相沢さんがイヤそうな顔をして、スマートフォンを手にする。

「催促?」

「そう」

「じゃあ、丁度いい。始めようか。ちなみに会ったのはどこ?」

「駅の改札のところ」

 二人に覗き込まれながら、山内のユーザー名を入れて、メッセージを送信する。

<さっきの改札での話をしたいのでお気に入り登録してください。私は登録しました>


 すぐに反応がある。よし、釣れた。お気に入り登録した相手にしか限定メッセージ送れないからな。

<なんだよ。早く送れよ>

<ちゃんと約束は守るんでしょうね>

<信用できないってのかよ。なら、俺はどっちでもいいけど。写真バラまくだけだから>

 このメッセージを確認して、GuessWhat’sを閉じる。そして、別ウィンドウの”開始”ボタンを押す。このボタンは”ヨッシー”さんにメッセージが飛ぶだけで実は意味がない。それっぽい演出をするだけのものだ。そして、PCを閉じた。あとは山内って奴が、想像通りの馬鹿であるのを祈るだけ。


「これで終わり?」

 不審そうな声で片倉さんが聞く。

「うん。さっきの操作で画像付きのメッセージが飛んでる。正確には画像を装ったファイルかな。それを開こうとしたらおしまい」

「おしまいって?」

「画面にはその、そういう写真が表示されているんだ。で、それを夢中で見ている間に、ネット上のバックアップファイル、端末のデータ・アプリが全部暗号化されちゃうんだ。そして、さっき見た警告画面が出て終了。もう、スマホはただの箱で、データは消えたのも同然さ」

「それじゃあ、もう大丈夫なの?」

「それは分からない。あくまでファイルを開くのが前提だから。まあ、電話してみても、電波の届かないところにってメッセージが返ってくるから、大丈夫なんじゃないかな」


 そういって、手元で操作していたスマートフォンの音を聞かせる。すると、片倉さんは満面の笑みを浮かべる。

「榊原くん。すごい。ありがとう」

「大きな声を出すなよ」

「ゴメン。つい。でも本当にすごいよ」

「ありがとうございます」

 ようやく事態が飲み込めたのか、相沢さんもおずおずとお礼を言う。


「さっきも言ったように既にどこかに写真のデータ移されてたら手遅れだし、ありがとうにはまだ早いかな。それから今日俺がやったことは誰にも言わないでね。目的はともかくやったこと自体は違法だから。いいね」

 相沢さんの方を向いて続ける。

「それと、もう2度と同じ手は使えないから今回限りだよ。あいつが何を言ってきても取り合ったらだめだからね。まだ写真はあるんだぞ、とか言われても無視。しつこかったら警察に行くってね。その表情だと寝不足ぽいし、今日はもう家に帰った方がいいんじゃないかな」


 蝉時雨の並木道を3人で歩く。木陰に入るとうだるような暑さが少しは和らぐが、汗でシャツが張り付き不快だ。2人を先に行かせて、俺は周りに目を配る。怒り狂った山内が突撃してこないとも限らないので、鬱陶しいだろうが家まで送ることにしたのだ。まあ、気障な色男らしいので大丈夫だとは思うけど。


 周りと似たり寄ったりの戸建住宅に着く。少し話をしてくるというので、近くのコンビニエンスストアで涼をとりつつ片倉さんを待つ。棒付き氷菓を食べ終わり、イートインコーナーでぼんやりしていると、コンビニエンスストアの自動ドアが開いた。帽子を脱ぎ、団扇代わりに仰ぎながら、ペットボトルの水を買った片倉さんが隣の席に座る。

「ふう。暑い」

「そうだね」

 水を数口飲んで、片倉さんが一息ついたのを見計らって、帰りを促す。

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