セクスティング

「は?」

 何を言ってるのかさっぱり分からないぞ。そういうアホを処理するならお兄さんに頼めば、勇んで突撃して、月までぶっ飛ばしてくれるだろう。

「順序だてて離さないと分からないよね」

 呆然とする俺を見て、片倉さんが説明をする。相沢さんには、別の高校に通う山内という彼氏がいて、そいつの求めに応じてトップレスの写真をスマートフォンで自撮りして送ってしまった。手に入れた山内は要求を更にエスカレートし、全身が映ったものを送るように強要。困った相沢さんが片倉さんに相談して助けを求めたということだった。

 ほとんど話をしたこともない男に自分の恥ずかしい行動のことを知られて、相沢さんは真っ赤になっている。こんな大人しそうな子がねえ。しかし、そんな軽率な行動を取ったらどうなるか分からないのか?

「話の筋は分かったけど、でもなんでこの話で片倉さんまで脅されなきゃならないんだ?」

「話し合いをするっていうんで、私も付いていったんだけど」

「そんな卑劣な奴のところに行ったわけ?なにかあったらどうするんだよ?」

「人目のあるところだったしさ。それに私の方が力じゃ上だったし」

「力が上ってなんだよ」

「最初は痴話げんかぐらいかなと思ってたんだけど、相手の態度に頭に来ちゃってスマートフォンもぎ取っちゃった」

 ああ、展開が読めて来たぞ。

「で、データ消してやろうとしたんだけど、バックアップがあるから無駄だぞって」

 やっぱりか。携帯電話会社のサービスでデータをバックアップしてあるのか。

「それで、相手がね、この写真ばら撒かれたくなけりゃ、2人の写真送って来いって……」


 えーと。相沢さんて頭の弱い子なのかな、と思ってたけど、片倉さんもひょっとするとバカなのか。恥ずかしい写真を使って脅迫しようってのと話し合いができると思ったり、スマートフォンを奪えばすむと思ったり。無言の俺の中の怒りを感じ取ったのか、申し訳なさそうに片倉さんが言う。

「今思えば、こんなことで解決できると思ったのか分からないの。馬鹿げてるよね」

 しおらしく反省の態度を示す片倉さんを見ていると怒りはだいぶ収まってきた。

「それで、俺にどうしろと?」

「榊原くんならなんとかしてくれるんじゃないかなあって」

 期待に満ちた双眸でこちらを見つめてくる。隣の相沢さんもすがるような目で‥‥‥。ああくそっ。そんな目で見られたら、そんなん知るか、とも言えないな。しかし、バックアップがあるんじゃ厄介だな。頭をバリバリとかきむしる。条件厳しすぎるだろこれ。

「やっぱりどうしようもない?」

 落胆した声で聞いてくる。

「えっと、いくつか確認のため質問していいかな?その写真って他人が見ても誰か分かる?それは自分じゃないって突っぱねるのは無理なの?」

 相沢さんは横に首を振り、小さな声で言う。

「これが映ってて……」

 左の鎖骨の下側のTシャツで隠れないギリギリのラインに見える黒子を指さす。数学で使う「ゆえに」を示す∴の形をしている。その下側の膨らみに目が行き、ゆえにこのバストは相沢さんのものである、とか分けのわからないことを考えてしまった。いかんいかん。頭をぶんぶんと振り邪な想像を追い出す。

「みんなに見られたら私恥ずかしくてもう外に出れない」

 相沢さんはそういうとまた下を向いてしまった。いや、そんな恥ずかしいなら最初から送るなよ。


「立ち入ったこと聞くけど、今後、その山内って奴と今後どうすんの?」

 え?と言った顔でこちらを向く。

「そういう写真送ってもいいかなと思うぐらいの関係だったわけでしょ。少なくとも送った時までは。だったら次の写真も送ってあげたら」

「ちょっと、榊原くんッ」

 いつぞやの本屋のおじさんと相対していたときのような顔で怒っている。

「いや、悪いけど、そこははっきりさせてよ。相沢さん、相手が反省した態度示して謝ったらどうする?正直言ってさ、巻き込まれて世話焼いたあげく、しばらくしたらより戻しました、じゃやってられないよ」

「ちょっと言いすぎだよ」

「そんなことはないよ。はっきり言ってさ、もう普通の手段じゃどうしようもないよ。ちょっとヤバイことしないと厳しいんだからさ」

「それでも、そんな」

 なおも言い募ろうとする片倉さんを相沢さんが止める。

「もう、目が覚めたの。あの人は私のことを好きなんじゃない。ただ……」

 そう言って、シクシクと泣き出す。俺のことをもの凄い目つきで睨み、片倉さんが相沢さんに優しい言葉をかけはじめる。なんか俺可愛そうじゃないですか。片や素晴らしい写真を手に入れて、ウハウハなクソ野郎がいるのに、俺ときたら変な騒動に巻き込まれたあげくに、自分の好きな子から殺人光線浴びさせられるんすよ。やってらんねー、喉も乾いた。席を立って、下まで飲み物を買いに行く。LLサイズの炭酸飲料を飲みながら、席に戻る。


 気まずい沈黙を破ったのは相沢さんだった。

「ごめんなさい。甘い言葉に騙されて馬鹿なことをしました。もう未練はないです。片倉さんまで巻き込んでしまって。お二人の諍いの原因を作ってしまって。ありがとうございました」

 顔のラインが硬い。この顔見たことあるぞ。殉教者の顔だ。

「いやいやいや。なんでいきなりそうなるのさ。俺はどうするのか事前に知りたかっただけ。別に写真ばら撒かれるのそのまま見過ごすつもりはないよ」

 二人が一斉に俺を見る。

「確認するよ。写真は相沢さんと分かる写真でばら撒かれると困るものが映ってる。新しい写真を送るつもりはないし、これを機に彼とは縁切りする。これでOK?」

「それで、これから俺にできる限りのことはするけど、力が及ばなくても勘弁してね。例えば、もうすでにばら撒かれた後だったらどうしようもないからね。それでもいい?」

 相沢さんはちょっと考えた後に承諾する。

「お願いします」

「じゃ、悪いんだけど、席代ってもらっていい?誰かに見られたくないんだ」

 怪訝そうな二人に通路側に移ってもらい、壁を背にした席に移って、PCを取り出す。

「しばらく退屈かもしれないけど、色々と教えてもらう必要があるんだ。ちょっと待ってて」

 ブラウザを立ち上げ、いつものチャットルームに行く。

<ほえ。なんでここにいるんだ?>

<頼みがある。あのプログラムが欲しいんだ>

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