合宿ってイベント期待しますよね

 合宿はそれなりに実りのあるものだった。かなり弓は上達したんじゃないかと思う。集中して練習すると効果が高い。同級生の部員同士の仲も深まったし、自然と打ち解けた関係ができた。三食同じ釜の飯を食った関係と言うのは結びつきとしちゃ割と強い方だ。うちの部の人間は比較的大人しいというか、妙にイキがったりするのもいないし、俺としても付き合いやすい。


 一方で、片倉さんとの関係はと言うと、特に進展はなかったとしか言いようがない。まあ、夕食後、消灯までの時間に皆でトランプや人狼ゲームをして楽しく遊んだりはしたが、21時消灯のうえ、それ以降は各自割り当ての部屋からの移動は主将から厳禁された。まあ、厳禁されなくても何ができるわけじゃないから問題はないんだけど。とはいえ、何か二人の関係が進展するよーな、都合がいいことが起きないかなあ、と期待していた俺としては不本意の極み。だったら、自分で行動を起こせというお師匠様のお叱りの声が聞こえてきそうだ。


 関係は平行線を保ったままではあったが、片倉さんに関して一つ発見があったのは、夕食前のランニングのときのこと。片倉さんは、陸上をやっていたためか、5キロメートルほどのランニングは苦でもないようだ。周りがバテバテの中、涼しい顔をして、同期の子に声をかけ励ましながら走っていた。そのときに、片倉さんは、少し首のところがヘタっているTシャツを着ていたのだが、そんな姿であってもやはり可愛かった。本人は首の辺りを気にしているようだったが、お洒落をしてようがしてまいが彼女の可愛いさに大きな差はない。


 それともう一つ改めて気づいたことがあった。うちの部の男性陣は、みな片倉さんに対して思うところがあるのだということ。言葉や行動の端々にそれが出ている。俺は”ヨッシー”さんの言いつけに従い、集団行動の中では片倉さんを特別扱いするようなことはしないように気を付けた。脱水症状防止のために当番で給水タンクややかんを宿から弓道場まで運ぶのだが、これが結構重い。運んでいるのが誰だろうが手を貸すようにした。片倉さんには他の誰かが進んで手を貸すので、結果的に片倉さんにだけ手助けをしない形になる。片倉さんが他人と2人きりで話すのを見ると寂しくはあったが我慢我慢。


 特に事件らしい事件もなく合宿のスケジュールは進み、最終日の引継ぎ式も滞りなく終わった。3年生はこの合宿で一応部活運営から引退し、2年生に引き継ぎをする。合宿後は、しばらく部活も休みになるので、新体制での練習が始まるのは、2週間後になる。


 合宿から帰ってきて2日後、片倉さんを買い物に誘ってみたが、予定が一杯とのことであえなく撃沈。夏期の短期集中講座に通うほか、弓道部の女子とプールに行くだの、相沢さんとの約束があるだの、忙しいようだ。誘ってもらったのにゴメンネとのことで、一応、翌週に約束ができたのでまあ良しとするしかない。俺が基本的に暇だからといってそれを基準に物を考えていたのは失敗だった。8月後半に期待するとして、その期間に自由に動けるように宿題を片付けることにする。


 その日は朝からCALで、”ヨッシー”さんと2人ペアでどこまで行けるかチャレンジしていた。ギルドには夏休みのない社会人が多いので、平日の日中だとこんな遊び方が多くなる。最大8人までパーティを組めるのに2人だけ、しかも回復職無しなので条件は厳しいが、ギリギリのラインで遊べるので条件縛りプレイと思えばそれなりに面白い。

 ちょうど一段落ついたところでスマートフォンが鳴った。この着信音は片倉さん。あれ?今日は確か弓道部の同級生の子達とプールに行くと言っていた日のはず。雨でも降れば予定が変わるかもと期待していたが、雲一つない快晴が窓の外に広がっている。電話に出るといつもと違った切羽詰まった声がする。


「榊原くん。今時間ある?」

「あるよ」

「急な話でゴメン。これから出てこれないかな?」

「行けるけど、どうしたの?」

「ちょっと困りごとがあって、電話じゃ話にくいんだ」

「分かった。すぐ行くよ。たぶん30分はかからないと思う」

「それじゃ、お願いね」

 ”ヨッシー”さんに詫びを入れて、出かける準備をする。ちょっと考えて、PCをリュックに詰め込んだ。


 待ち合わせ場所は、最寄り駅から都心とは反対方向へ数駅行ったところにある駅前のファーストフード店。1階を見渡すが、商品を注文するカウンターしかない。脇の狭い階段を上がると、2階の隅の席に片倉さんが居た。4人掛けのテーブルにはもう一人の女の子が顔を伏せている。あれは確か……。手を挙げて近づいていくと、

「急に呼び出しちゃってホントにゴメン」

「ゴメンなさい」


 連れの女の子も俯いていた顔をあげて言う。焦燥しきった顔ではあるが、あどけなさの残るその顔は可愛いといっていい部類に入るだろう。見下ろす形になったその顔の下には巨大なものがTシャツを押し上げていた。いつぞや隣の組の誰かが言っていたのを思い出す。アレは桃ってもんじゃねえ、メロン子って名前変えた方がいいんじゃねえか。下品かつ下劣な発言だ。ただ、この目の前に展開される圧倒的なボリュームを前にすると口に出すのが不適切なのはその通りだとしても、うん、まあ、形容としては間違っちゃいないな。


「ええと……」

 凝視しないようにして、席に着き、視線を片倉さんに戻すが、事情を呑み込めない。

「こちらは相沢桃子さん。ちょっと困ったことになってて、榊原くんに相談に乗ってほしいの。モモちゃん、話しちゃっていい?」

 片倉さんがそっと肩に手をかけると、再び俯いていた相沢さんが小さく頷く。そして、片倉さんが話し出したことは衝撃的な内容だった。2人は24時間以内に裸の写真を送るように要求というか、脅迫されているというのだ。



 

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