可愛い悪魔

 喫茶店を出て、ビルの中をブラブラ歩く。

「あー、久しぶりに学校以外に出かけられて楽しかった」

「それって?」

「ほら、うちの心配性の兄がさ、あまり出歩くなって。学校の登下校もくっついてくるし」

「そういえば、今日はよく来れたね」

「まあ、ボラはね。休んだら迷惑かかるし、その辺はきちんとしてるから。あ、あのシャツ」


 近くの店のマネキンに近づいていく。デフォルメされたカピバラの絵がプリントされた白いTシャツの生地を確かめながら、

「これどう?今度の合宿、着替えは多めにって話だったじゃない。ランニングもするからって」

「まあ、可愛いとは思うよ」

「んー、でも白か」

 と言って、店を離れる。

「でね、さっきの続きだけど、兄がどこにでもくっ付いてくるって言うから、この間、買い物すると言って学校の帰りにあそこに寄ったの」


 指さす先は、全体的にピンク色でコーディネートされたとあるお店。壁にかかった写真のモデルは下着しか身に着けていない。健全な男子高校生としては通路のそちら側を通るのもはばかれるというか、ついつい凝視してしまうというか。知らず知らずのうちの血が頭に上ってくる。慌てて視線を片倉さんに戻した。すると、ついつい胸の膨らみに目が行ってしまう。お店に寄ったってことは、今あんなヒラヒラのついたブラ着けてるの?やべえ、こっちの想像の方がやべえ。視線を上に上げると胸の前で腕を組み、ふーん、と言った表情で俺を見ている。いや、その、えーっと、すいません。


「ということで、兄もね、さすがにあのお店には入ってこれなかったわけ。あの辺からチラチラ見てたわ。それも変態ぽいよね」

 そう言って、ウフっと笑う。悪魔だ。まさかそんな日が来るとは思わなかったが、片倉さんのお兄さんに心の底から同情した。


「それで、わざとしばらく店の中の商品を物色して、外に出てから、『彼女と一緒にお店に入る練習になったのに』ってからかったら、怒り出しちゃってさ。『お前は真剣みが足りん。もう知らん』って言うから、心配してくれるのはありがたいけど、過保護過ぎ。だいたい、危ないっていうならお兄ちゃんの彼女はどうなのさって」

「お兄さんの彼女?」


 はー。あのザ硬派って感じの片倉先輩に付き合っている相手がいるとはね。まあ、いてもおかしくはないか。

「うん、時々デートしてるのは知ってたから。誰かはナイショね。そしたら、ぶすっとした顔で、『俺はきちんと家まで送り届けてる』って言うから、じゃあ、あたしも送ってもらえばOKねって。そうやって、今日の外出の権利を勝ち取ったのよ」


 建物の外に出ると暑い。むうっとした空気がまとわりついてくる。駅に向かうのかと思ったら、通り過ぎて行く。

「ちょっと豊島屋さんに。まあ、兄の気持ちは分かってるから、感謝の品をね。夏限定の水まんじゅうを買っていこうと思って」

 片倉さんは豊島屋で水まんじゅうを6個も買う。そんなに買うほど美味いのか。だったら俺もと思ったが、再来週は合宿もあるし、ちょっと無駄遣い控えないとな。また今度にしよう。


 駅まで戻ると、別れの挨拶をしようとするので、

「家まで送ってくよ。そういう約束なんだろ」

「あ、いーよ、いーよ。話の流れでそうなっただけだし。まだ、日も出てるし、気を付けて帰るから」

「でもさ、それってまずいよ。俺と片倉さんの信用問題じゃない。今後出かけ辛くなっちゃうよ」

「でもなあ。なんか余計なこと言っちゃったね」

「話を聞いた以上は送ってくよ」

 そう言って、改札を通る。片倉さんもあきらめたのか素直に改札を通った。


 2駅電車に乗り、片倉さんについて歩く。5分ほど歩くと築地塀の立派な家の前で止まった。門の表札には片倉とある。ひょえー、片倉さんてひょっとして資産家のお嬢さんなのか。驚く俺の姿を見て、

「あ、昔から住んでるだけで、見かけほどじゃないから。それよりもちょっと上がってく?送ってもらってそのまま帰すのも悪いし」

「いや、遠慮しておくよ。ちゃんと無事に送れたから任務完了。それじゃ」

「ちょっと待って。2個だけで悪いんだけど、志穂ちゃんと食べて」

 そういって、水まんじゅうを4つ取り出し、残りを袋ごと俺に押し付ける。

「いや、それは」

「最初からそのつもりだったから。それとも榊原くんの分はうちで食べてく?」

「ああ、じゃあ、もらってくよ。ありがとう」

「どういたしまして。こちらこそありがとね。今日は楽しかった。また今度ね」

 駅へと歩き出す。道の曲がり角で振り返るとまだ門のところに立っていて、俺の視線に気づき手を振ってくれた。


 家に帰ると母親はちょうど夕飯の買い物に出ているのか、家にいない。自室にいる妹を呼び出し、水まんじゅうを与える。

「どうしたの?」

「片倉さんから志穂にだってさ。2個しかないから証拠隠滅しとかないと母さんうるさいから早く食べてしまおう」

「わーい。頂きます」


 保冷材でまだ冷たい葛のつるんとした食感と甘さ控えめのこしあんが喉を滑り降りていく。じっとりと暑い外を歩いてきた身にはたまらない。今日は結構甘いもの食べているんだが、これも別腹というやつか。

「冷たくてぷるるんとしてる。おいしいね」

 志穂も嬉しそうだ。食べ終わった志穂は、

「お兄ちゃんもやればできるんじゃない」

「え?何が」

「え?何がって?片倉さんとデートしてきたんでしょ。でも、片倉さんにお土産買わせるなんて」

「家まで送ってったらお礼にお裾分けしてもらったんだよ」

「片倉さんちまで行ってきたんだ。へー。じゃあさ、今度うちに呼びなよ」

 飲んでいた麦茶を吹き出しそうになる。

「そりゃ変じゃないか」

「えー、お母さんにカノジョ紹介したらいいじゃん」

「いや、ほんとマジやめてね、母さんに言うの。そもそも友達だから」


<sbk:ヨッシーさんアドバイスありがとう。映画気に入ってもらえたみたい>

<おう、そうか。そいつは良かった>

<sbk:でも、良く好みが分かったね>

<まあな。いままで挙がった本はすべて古典だったからな。もちろんミステリーファンなのだろうけど、昔の上品な世界が好きなんじゃないかと思ってさ>

<sbk:そっかー。さすがだね>

<これからは冥探偵ヨッシーと呼びなさい>

<sbk:それで、お茶したお店も良かったよ映画の後にぴったりだった>

<あ、スルーしたな。ところで、どさくさに紛れて手ぐらい握ったか?>


<ヨッシー:どうだ。図星だろう。ぐひひ>

<sbk:ヨッシーさんには敵わないな。どうして分かったの>

<ヨッシー:途中のミイラがいきなり飛び出してくるシーンだろ。ネタバレ感想投稿してるやつがいたからな。そうかそうか。やっと手を握ったか。ええのう。初々しくて>

<sbk:映画館のその一瞬だけだよ>

<ヨッシー:それでいいんだ。ゼロと1の差は大きいからな。相手に拒絶されたわけじゃないんだろ>

<sbk:たぶん、嫌がってはいなかったと思う>

<ヨッシー:じゃあ、あとは自然に回数を増やしていくんだな。大きな段差の上り下りや足場の悪いところで手を貸すとか、ベタだがお化け屋敷なんてのもいいかもな>

<sbk:なるほど>


<ヨッシー:とりあえず、夏休み中の目標はキスをするところまでだな>

<sbk:いや、ヨッシーさん。それはちょっと早いというか>

<ヨッシー:うんにゃ。そこまで進んでおかないと、ごく親しい友達から抜け出せん。それにキスはいいぞ~。あれはいい。あの陶酔感は他とは違うな>

<sbk:あの、盛り上がってるところ悪いんだけど、想像もつかないよ。それにちょっと、いい年した大人がキスのことを熱く語るのもどうなの?>

<ヨッシー:いいものはいいんだよ。今にお前も分かるって>

 分かる日が来ればいいんですが。





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