え、映画に誘うんですか

 母親のところに行って用件を聞くと、合宿代を渡そうとしたとのことだった。そうだ、来週中に主将か会計に渡さなきゃいけないんだった。それじゃ、文句も言えないな。礼を言って受け取り部屋に戻る。今度はしっかりと部屋の鍵をかけておく。


「お、用事はすんだな。じゃ、さっきの話に戻すぞ」

「なんでしたっけ?」

「とぼけるな。お前がしっかりしてないって話だよ。前回のデートから2週間も経って次回の予定はおろか、折角貸してもらった本を話題に話することすらできてないんだろ」

「いやでもさ。話す機会がないんだよ。練習中にあまり関係ない話するわけにはいかないし」

「そりゃ、そうだが、昼飯時間は自由なんだろ」

「同級生の女子同士4・5人で仲良く食べてる」

「だったら、そこに混ざればいいだけの話じゃないか」

「それは絶対変だろ。俺、挙動不審になる自信あるもん。それに片倉さんだけと話せないしさ」

「うーん。なんだよその自信は。ふつーに話せばいいんだよ、ふつーに。俺とだったらこうやって話せるわけだしさ」

「女子の話題なんて分からねーし、場がしらけるの確実だよ」

「まあ、確かに難易度は高いかもしらんな。女子グループとの会話ができれば世話はないか」


 しばらく”ヨッシー”さんは考えていたが、

「じゃ、俺一旦帰るわ」

「え?帰っちゃうの?」

 なんだよ。俺じゃもう無理と思って匙投げるのか。まあ、俺はこんなヘタレですから仕方ないですけどね。

「いやいや。このPCのマシンパワーだと俺の全能力が使えなくて、必要最低限の考えしか出来んのだわ。いろんな知識はインデックスつけてクラウドに置いてあるんで、あっち戻らんと使えんのよ。ちょっと待ってろよ」


<ヨッシー:よっしゃ、これで能力100%だ>

<sbk:で、どうしたらいい?>

<ヨッシー:じゃあ、来週土曜日デートに誘え>

<sbk:いや、それ無理でしょ>

<ヨッシー:無理じゃねえ。調べたら、来週土曜日は幼児向けお話教室がある。終了が11時なのは前回と一緒だ。その後デートすりゃいい。好都合なことに駅前の商業施設内の映画館で11時30分開演の映画があるからそれに誘え>

<sbk:いきなり映画に誘うなんてハード過ぎない?>


<ヨッシー:ああ、もうごちゃごちゃうるせえ。だったら何ならできるんだよ?1歩進まねえとどうしようもないだろ>

<ヨッシー:いいか、この映画は20世紀初頭を舞台にした冒険活劇だ。ホームズものと年代が同じだから、その雰囲気がたっぷりと味わえる。小説の実写化は好みがあるから分からんが時代背景が一緒というだけなら問題ない。好きな小説の想像が捗るってもんだろう>

<ヨッシー:それで映画の終わりが13時40分だ。遅めのお昼は、そうだな。同じビルの飲食店街にある喫茶店でアフタヌーンティーが楽しめるから、そこがいいだろう。映画の中に入り込んだ気分で食事ができるからな>


<sbk:アフタヌーンティーって何?>

<ヨッシー:サンドイッチやケーキなんかと一緒に紅茶を飲む、まあ軽食兼おやつだな。イギリスの食習慣だよ。ゆっくり喋れるからちょうどいいだろ。その後は、まあ、あまり先走ってもな。とりあえず誘うのが先だ>

<sbk:なんて誘えば?>

<ヨッシー:見たい映画があるんだけど良かったら一緒にどうかな、でいいだろ。高校生らしくストレートかつ直接的でよろしい>


「おまたせ」

 映画館の入口でポスターを眺めていると声がかかった。振り返ってみると明るい青と白の細い縦ストライプのワンピースを着た片倉さんがほほ笑んでいる。今日もまた魅力的だな。チケットは発券済みなので問題なし。

「何か飲み物買う?」

「映画見るときは集中したいからいいかな」

「じゃあ、開場始まったし入っちゃおうか」


 結構広い映画館なのにもうかなりの人が入っている。席はL列の23番と24番。通路のすぐ後ろの列の端の席だ。ここなら前の席の人が長身だったり落ち着きのない人だったりして映画に集中できないということがない。22番は男性が座っていたので、23に俺が座り、24を片倉さんに勧める。今日は快晴で気温は30度超えで暑いが、映画館の中は空調が効いていて快適だ。というよりちょっと効き過ぎかも。ハンドバックにスマートフォンをしまっていた片倉さんがちょっと身震いする。着ていた麻のジャケットを脱ぎ手渡しながら、

「良かったら羽織る?」

「榊原くんはいいの?」

 ちょっと躊躇するが、受け取ってふわりと肩に羽織る。

「ありがと」


 映画『コロネットクラウン』は、20世紀初頭のロンドンを舞台に、密かに盗みだされたイギリス王室の戴冠用王冠を取り戻すため、陸軍情報部の若き中尉が活躍する筋書きだ。裏で糸を引いているのはエジプト独立を目指す過激派一味。当時のファッションを忠実に再現した衣装をまとった主人公たちが、イギリスの各地を舞台に争奪戦を繰り広げる。


 途中待ち伏せされた主人公に暗闇の中から急に躍りかかるミイラ!のシーンでは、片倉さんがビクッとして体を寄せてくる。思わず手を握り締めてしまう俺。気まずい。すぐに振り払われるかと思ったら、しばらくそのままでいた。主人公が危機を脱すると、片倉さんは、そっと俺の手を握り返してから手を送り返してきた。王冠を取り戻してめでたし、めでたしになるまでの2時間、ハラハラドキドキの連続であっという間だった。


 エンドロールが表示され、館内が明るくなる。映画を見ていただけなのに妙な疲れが残るが、俺としては大満足な内容だった。体が強張ってるのは、あれだな。主人公の相棒と敵役がサーベルと湾刀で一騎打ちするシーンに体が反応してしまったのだろう。おっと、俺は楽しかったけど、片倉さんはどうだったのかな?席を立つ横顔をみるとうっすらと頬が赤い。映画館を出て人通りがまばらになると、

「あー、面白かった。一騎打ちのシーンとか凄かったよね」

 目に見えないサーベルを持っているかのように腕を振り回す。とたんに貸していたジャケットがずり落ちそうになり、慌てて掴む。

「ごめん。借りてたの忘れてた。ありがとう」

 ジャケットの袖に手を通しながら、想像のチャンバラを受けて立つ。2・3合打ち合ってから、

「降参。お腹すいたし、お茶しに行こう」


 予約してあったので、入店待ちの列に並ばずに案内された。アフタヌーンティーセットを2つ注文する。お茶の種類はアッサムとセイロン。映画の話をしているとほどなく紅茶と3段のケーキスタンドが運ばれてきた。一番上がケーキ、2番目がスコーン、一番下がサンドイッチだ。映画みたいね、と片倉さんも喜んでいる様子。紅茶を入れ、食事をしながら映画の話で盛り上がる。


 お茶が無くなっても、お代わりがもらえるので、話をしすぎて喉が渇くと言うことがない。映画から自然と借りた本の話になり、俺の感想を伝える。

「うーん、個人的にはイタコ探偵が一番かな」

「どうして?」

「探偵と助手が入れ替わるのが面白いし、なんというかなあ、2人の関係がいいよね」

 俺の感想を受けて、片倉さんの語りが始まる。誰でも自分の好きなものをしゃべるときって楽しいよなあ。共通の土台があるから聞いてる俺も置いて行かれないし、楽しそうにしゃべるのを見ているだけで、こっちも楽しくなってくる。結局2時間お店でしゃべり、最後は他のお客様がお待ちですので、と追い出されるようにして店を出た。

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