美味しい食事って幸せだよね

 ほけーっと2人の会話を眺めていると、急に志穂が俺の方を向いて聞く。

「それでさ、私が本を選んでいる間何してたの?」

「何って、ちょっとおしゃべりしてた」

「ふーん。どんな?」

 どんなって言われてもな。何と言おうか考えていると、横から片倉さんが言う。


「あのね、お兄さんに私が困っていたとき助けてもらったの。ほら、お兄さんて色々知っているじゃない。そのことでまた相談に乗ってもらっていたの」

「じゃあ、最初から待ち合わせしてたんだ?」

 志穂が追及する。片倉さんに目で合図を送ったが、あっさりと

「そうよ」

「そうなんだ。だったらさ、お兄ちゃん、その格好はどうなの?」

「どうって」

「お姉ちゃんは、こんなおしゃれな服着ているのに、お兄ちゃんの服ダサすぎ」


 いや、言うほどダサいか?自分の黒パンツにTシャツと青のデニムシャツ姿に目をやる。

「パンツは色落ちしてるし、派手なプリントTシャツは子供っぽいし、シャツはダボダボじゃない。別に一人で出かけるならいいけどさ」

 えーい、うるさい、うるさい。これでも比較的マシそうなの選んだんだよ。いつもは制服だから私服なんてほとんどないんだ、しょーがないだろ。

「お姉ちゃんもそう思うでしょ?」

 片倉さんは下を向いて肩を震わせている。深呼吸をして顔を上げると笑いをこらえきれずクスクスと笑う。

「もうちょっといい格好はできるかもね」

「ほら、お兄ちゃん。そんなんじゃ振られちゃっても知らないからね」

 もう、やめてください。あなたのお兄さんの心の耐久力はもうゼロよ。そんな俺を救うように、料理が運ばれてくる。


「ごはん、普通盛りの方は?」

 と聞いてくるので手を挙げる。給食で使うようなアルミのお盆に、アルミ皿とプラスチックの茶碗とみそ汁椀、食器は明らかに安物だ。ちょっとがっかりしたが料理を見てその思いはすぐに消えた。ほとんど丼と言っていいサイズのお茶碗には、つやつやとしたお米が山盛りになっており、メインの豚天は千切り野菜の脇に10個以上積みあがっている。続いて、2人の料理も運ばれてきた。3人でいただきます、と言い箸をとる。


 まずは豚天だな。ICカードサイズの豚天をつかみ、口に入れる。サクリとした食感に続き、塩で下味をつけた豚肉の味がじゅわーと広がる。揚げてあるのにちっともくどくない。あっと言う間に1つ目が消える。その姿を見ていた片倉さんが、ね、言ったでしょ、といった目線を送ってくる。うなずきながら2つ目に箸をのばした。次はご飯と一緒に味わう。少し硬めに炊いてあるご飯の甘みと豚天の塩気がぴったりだ。やべえ、箸が止まらねえ。続いて、赤味噌のシジミ汁と鷹の爪を利かせた白菜の漬物に箸をつける。なんだこれ。これで420円だと、信じられない。


 食べるのに夢中になっていたが我に返り、志穂に目をやる。志穂のばくだんは真ん中に卵が入ったメンチカツのようだ。箸で割ると黄身が流れ出している。卓上のソースをかけて口に運ぶと、志穂の顔に驚きが広がる。きっと俺もあんな顔をしているのだろう。そんな二人の姿に満足そうに片倉さんはアジフライを食べている。そして食事を再開するとしばらく3人とも無言で食べ続けた。


「さすが片倉さんがお勧めするだけあって、おいしかった。うまく表現できないけど……」

 一番最初に食べ終えた俺が感想を漏らす。さすがにあの量を食べたので少し口の中が油っぽい。作業着姿のお客さんにならい、俺もカウンターからお茶らしきもの入れて3つ取ってきた。飲んでみるとほうじ茶だった。そうこうするうちに、片倉さんも志穂も完食する。ふー、満ち足りた気分に思わずため息が出る。


「お姉ちゃん、おいしかった。もう1個ぐらい食べられそう」

「それは良かった。気に入ってもらえてうれしいわ」

 おいおい、俺の拳大のもの2個も食べておいて3個目はないだろ。さて、お会計だ。3人で1300円弱か。これなら払えるが、伝票はないのかなと思っていると、

「ここは私が払うからね」

「いや、それは」

「大丈夫。これがあるから」

 片倉さんが、ハンドバッグから紙片を取り出す。地元の店舗で使える商品券だ。

「ボランティアの謝礼でもらったの。有効期限があるし気にしないで」

 そう言ってさっさとお店の人のところに行き会計を済ませてしまった。お店の人にごちそうさまでした、と言い店を出る。


 駅の方に向かいながら、

「俺らの分だけでも払うよ」

「いーよ、いーよ。いつもごちそうになってばかりじゃ気が引けるもん」

「でもさ」

「いいってば、それよりも、あのお店、芳葉さんのことはナイショね。グルメ情報サイトとかにも情報をアップしたりしないで」

「ああ、それはしないけど」

「前にね、情報サイトに載ってからお客さんが増えちゃって大変だったみたいなの。お二人でやってるお店でしょ。待っているお客さんで周りにも迷惑かけちゃって困ったそうなんだ」


 そりゃ、あの値段でこの味じゃ評判にもなるよな。でも、この近辺の高得点のお店を探したことあるけど、芳葉なんて見たことないぞ。

「それで、情報サイトにお店の情報を消すよう頼んでも消してもらえなくてね、ご主人困ってたときに常連さんの一人がいいこと思いついたのよ」

「どうしたの?」

「常連さんみんなで最低評価をつけて、ひどい口コミいっぱい書き込んだんですって。もちろんご主人の了承済みよ。それで、今は以前の平穏さを取り戻せたってわけ」

「そうなんだ。で、片倉さんはどうやって知ったの?」

「ボランティアのリーダーさんに連れて行ってもらったの。お店の奥さんの友達なんだって」


 そして、志穂に向き直って言う。

「志穂ちゃん。あのお店気に入ってくれた?」

「うん。とってもおいしかった」

「じゃあ、あのお店がずっと続けられるように今日のことはナイショね」

「分かった。志穂、誰にも言わない。約束する」

「お願いね」

 話しているうちに駅に着いた。まだまだ一緒に居たいが、そろそろ家に帰らないと母親が心配するな。


「それじゃ、今日はご馳走様」

「ううん。気に入ってもらえて良かった。じゃあね」

 そう言って、片倉さんは改札の方に歩き出す。改札を通り抜ける寸前に、志穂が走って行って呼び止めた。志穂が何か言うと、えっというような顔をしたが、すぐになにやら言っている。二言三言話をすると、お互いに手振って、志穂は戻ってきた。改札を通り抜けて振り向く片倉さんに俺も手を振る。片倉さんはくるりと向きを変えるとホームに上がっていき見えなくなった。

 



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