ちょ、お前、何聞いてんの
「お昼ご飯おいしかったねえ」
「ああ、そうだな。しかし、よくあれだけの量を食べれたな」
「うん。最初は驚いたけど、食べれちゃった」
ひとしきりお昼ご飯の話をした後、自宅マンションが見えてくると、志穂が黙り込む。覗き込むと、俺の顔を見上げて言った。
「お兄ちゃん、いいこと教えてあげようか」
「なんだ、いいことって?」
「いいこと。知りたい?」
こういう勿体ぶった口調をするときは、大抵ろくでもないことを思いついた時だ。返事をしないでいると黙ったままなので、
「知りたい」
「えーとねえ。片倉さんてカレシいないんだって。お兄ちゃんチャンスじゃん」
そう来ましたか。改札でこいつはそんなことを聞いていたのか。
「いきなりなんだよ」
「えー、だって、お兄ちゃん聞けないでしょ。だから、代わりに聞いてあげたんだよ」
「だから、なんでそんなこと聞く必要があるのさ」
「だって、お兄ちゃんが片倉さんに気があるのはバレバレだしさ。告白してカレシが居るからって断られたら、ショックじゃない?」
「だったら、居ないのに断られたらもっとショックじゃないか」
「あ、そうかも。まあ、でも居るよりは見込みあるでしょ。お兄ちゃん頑張ってね」
翌週月曜日の放課後、俺は武道棟の前に立っていた。今日は梅雨の中休み、快晴というわけにはいかないが晴れている。建物に入り、剣道場を目指す。挨拶をし一礼して道場に入ると、目ざとく俺を見つけたのだろう、ひと際巨大な男がすっ飛んでやってきた。
「おお、やっと来たな。待ちわびたぞ」
いえいえ、そんなにお待ちいただかなくても。つーか、ラスボスの城にたどり着いた冒険者を迎えた魔王みたいなセリフだな。ちょっと違うか。
「で、今日は見学に来たと思ってよいのかな?」
「いえ、申し訳ないのですが、入部のお誘いをお断りしに来ました」
「なんと!」
満面の笑みを浮かべていた片倉先輩の顔が曇る。ああ、こうやって近くでよく見るとこの兄妹ってよく似てるんだな。
「直々にお誘いいただいたのに申し訳ないのですが、実はもう4年も面を着けていません。ですので……」
「そうか!別に当部は剣道一筋でなくとも構わん。高校から始める者も大歓迎だ。なんの問題もないぞ」
うーん。やはりこれでは納得しないだろうな。
「まあ、ここまで来てくれたのも何かの縁だ。とりあえず今日1日だけでも見ていってくれ。この後予定はあるのか?」
あると言って帰るのが楽なのだろう。とりあえず直接詫びて入部を断るという任務は達成してのだから。ただなあ、こういう嘘はつきたくないんだよな。
「予定はありません」
「そうか、そうか。ではぜひ」
そういって片倉先輩は肩を抱かんばかりにして中へと誘う。まあ、ここは一つ付き合うとしますか。
案内された場所に正座して辺りを見回す。俺が入った時よりも人が増えており、30人弱といったところか、主将の号令がかかり、学年順と思われる順に整列した。練習前の掃除をしていた一団が3年生と思しき列に並ぶ。礼をして稽古がはじまった。準備運動を終え、素振りを命じた片倉先輩が俺の横に座る。
「一つ質問してもよろしいですか?」
「ああ、なんでも聞いてくれ」
「先ほど練習前に掃除をしていたのは、3年生の方ですか?」
「そうだ」
「えーと、普通は1年生がやるものでは?」
「普通が何かは知らんが、ここでは違う」
「なぜですか」
「合理的ではないからだ。1年生はまだ着替えるのも遅いし、色々と不慣れだ。限られた時間を有効に使いたいからな。だから上級生がそういったことをやる」
「そうですか」
「何かおかしいか?」
「いえ。ちょっと見慣れないのでお聞きしただけです。ちなみに以前からこの部ではそうだったんですか?」
「いや、そうじゃない」
「そうですか。回答ありがとうございます」
すっと立って片倉先輩が素振りをしていた一人の側に行き声をかける。自分でやって見せ、相手に繰り返させ、また何かを言っている。切り返しの練習が始まってしばらくするとまた片倉先輩が来る。
「どうだろう。なぜ、うちに入らないのか理由を聞かせてもらえないか?ブランクがあってもまた始めればいいだけだろう?」
「理由は……極めて個人的なものです」
「しかしなぜだ。まだ、竹刀は手放していないのだろうに」
そういって、視線を顔から手に移す。バレていたか。
中学の3年間も一人で竹刀は振っていた。”ヨッシー”さんに、
「まあ、試合に出る出ないはともかく、体を鍛えるためにも続けりゃいいんじゃねーか。いざという時に誰かを守るのに役に立たなくもないだろ」
「いざというときって何さ?」
「ほら、通り魔が誰でも良かったってよく言うだろ。ありゃな、『自分より弱い』誰でもいいってことさ。お前が強ければ一緒にいるだけでそのリスクは減るんだぜ。まあ、頼れるお兄ちゃんと思われるだけでもその価値はあるだろ?」
まあ、”ヨッシー”さんに言わせれば、なんでも価値があることになっちゃうんだけど。勉強をきちんとしておけば、聞かれたときに何でも応えられて、お兄ちゃんすごーい、になるだろ。勉強しておけば将来の選択肢は広がるし、経済的に安定する可能性も高い。万が一、妹さんが経済的に困窮したときも助けてやれるわけさ。何かいいように操縦されているような気もしたが、嫌な気はしなかった。
「まあ、事情があるのなら、あまりしつこくしても嫌がられるだけだな」
「すみません」
「では、最後の頼みだ。一番手合わせ願いたい。身体上の理由で立合いできないわけではないのだろう?」
真剣な表情でこちらをじっと見てくる。場違いだが、何かを思い詰めているときの目元が似ていると思った。うなづいて立ち上がる。それを見て相手は相好を崩した。
「倉庫に面・防具がある。古いが手入れはきちんとしてあるはずだ。好きなものを選ぶがいい」
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