まあネットにも当然悪い人はいます

 担任が変わったので2学期から登校したけれど、うまくいかず、結局は引っ越しをしたこと、小学校の人間関係が色濃く残る中学校ではやはりうまく溶け込めずに過ごしたこと、小学校時代の出来事でずっとからかわれるクラスメートのことを見て、小学校時代のことが露見するのをずっと怯えていたことなどを話す。もう学校に閉じ込められるのはこりごりだったが、結局は高校に進学することになり、城西を受験したというところまで話すと1時間ほど経っていた。


「たいして面白い話でもなかったでしょ。退屈しなかった?」

「ううん。そんなことないよ。どうして榊原くんが大人びて見えるか気になってたし」

「いや、片倉さんの方がよっぽど大人じゃない。ボランティアだってやってるんだしさ」

「ううん。私はまだまだ子供だよ。兄のお陰であまり苦労したことないし。誰かに助けてもらってばかり。まだ自分の足で立ててないもん」

「いや、苦労をしないで済むならその方がいいよ。俺だって好きでした苦労じゃない」

「そうかもしれないけど、そんな経験しても、榊原くんは一人で乗り越えて来たわけじゃない。すごいよ、立派だよ」

「うーん。それは違うよ。俺だって家族が支えてくれたし、ヨッシーさんも助けてくれたから」

「ヨッシーさん?」

 あ、やべ。ついつい名前を出しちゃった。さすがに包み隠さず言うわけにはいかないよな。言っても変な人と思われるだけだろうし。どこまで言おうかな。


「ネットで知り合った人。すごくいい人でさ、俺が不登校になったときにも色々アドバイスくれたり、励ましてくれたりしたんだ」

「ネットで会った人とそんなに簡単に親しくなって大丈夫なの?」

「普通はそうなんだろうけどさ。その人は特別。4年ぐらいの付き合いだけど変なことなんて一度もないし」

「まあ、片倉くんは腕に自信があるだろうから、いざとなっても平気なんだろうね。私がネットで知り合った人に会うって言ったら、兄さん、おかしくなっちゃうかも」

「まあ、それはそうだと思うよ」

「え?どうして?それって変じゃない?」

 急に口調が厳しくなる。


 ああ、なんかスイッチ押しちゃったみたいだ。なんて言えばいいんだ?

「えーと。俺が言ってもどうかと思うけど、ネットってさ、簡単に自分の属性を偽れるじゃない。それでさ、世の中には一定の数の悪い人っているよね。そういう人にとってネットって便利なんだと思う。ネットで会う人が全員悪人じゃないのは当たり前だよ。でも悪い奴はそこで網を張って待ってるんだ。次の被害者をね」

「だったら、榊原くんだって」

「そう軽率だったと思う。俺はたまたま運が良かっただけかもしれない。それにさ、俺はヨッシーさんに会いに行ったことはないよ」

 うん、嘘は言ってないな。確かにこっちから会いに行ったことはない。


「でさ、その被害には男女関係ないものもある。あやしい宗教の勧誘とか、必ずもうかる商売とかさ。もちろん男性だけを狙ったものもある。呼び出されてのこのこ出かけたら可愛い女の子がいて、舞い上がってると画廊に連れていかれて高額の絵を買わされるとかね」

 この先は言いにくいんだけどな。思わず下を向く。


「まあ、でも大抵は金銭的な被害ですむよ。高い授業料だけど人生そのものにどうこうって話じゃない。でも女の子の場合はさ、お金だけじゃなくて、えーと、ものすごく辛い目にあわされる……」

 ちらりと片倉さんの方を盗み見る。


「そうね。その通りね」

 片倉さんはふーっと深いため息をつくといつもの表情に戻った。そして、少し寂しそうな顔をすると、

「やっぱり、私って子供だね。子供扱いされたと思ってムキになっちゃって、そういったところにまで考えが及ばないなんて」

「いやいや、俺だって子供だって。さっきのは全部受け売り。この間の占いサイトの件もぜーんぶ、そのヨッシーさんの受け売りなんだってば」

 なんだか、やっぱり片倉さんは俺のこと買いかぶりすぎなんだよな。それに妙に自分を子供だと思って気にしてるみたい。


「あのさ、片倉さんて、なんだか自分のことを子供だと思って随分気にしてるみたいだけど、そんなに早く大人にならなきゃダメなのかな?俺なんてまだまだヨッシーさんに子供扱いされてるけど、まあそうだよなってことで気にならないけど」

「榊原くんは子供扱いされてイヤじゃないの?父とか兄とかに可愛がってもらってるってのは分かるんだけど、もうちょっと大人扱いしてほしいなってことはない?」

「父親に子供扱いされたらムカつくかな。でも、実際まだ子供だし。まあ、俺は妹に対してえらそーに兄貴面できるとこが違うのかな。意外と片倉さんのお兄さんも背伸びして兄貴面してるのかもよ」


「そうかなあ」

「それにさ。片倉さんて十分大人っぽい感じがするけど」

 そこが魅力的なんですけどね。恥ずかしいから言えないけど。

「あー、無理にそんな風に言ってくれなくてもいいよ」

「いやいや。だって、高校の周りの子達って仲間内で群れてワーキャー言ってるだけじゃない。片倉さんはそんなことないでしょ」

「むー。本当にそう思う?」

 そんな真剣な顔で見つめられると……。


「思う。思う」

「うーん。榊原くんがそう言ってくれるなら。ウソでも、ありがとう」

「ウソじゃないよ。俺の正直な気持ち。片倉さんの周りの友達もきっとそう思ってると思うよ」

「そっか。今度聞いてみる。でも、やっぱり榊原くんてすごいな、精神的に余裕があるというか、そんな感じがする。あまりいい思い出じゃない過去のこと聞いても平気だしね」

「そんなことないよ。この間も話したとおり、これはショック療法みたいなもんでさ」


「そうかなあ。なんか色々と過去のこと暴いた感じで悪いような気がする」

「俺が話したいから話しただけだよ。それじゃあ、片倉さんが小さかった頃の話ちょっとでいいから聞かせてよ?そうだ、さっき、懐かしそうにしていた絵本あったけど、何か思い入れある本なの?」

「ああ、あの本のこと?青髭って童話知ってる?」

「見ちゃいけないって言われた部屋を見てしまって身の危険が迫る話だよね」

「そう。5歳ぐらいだったかな。表紙の絵に惹かれて借りたんだよね。まだ、読めない字があって、母に読んでもらってたんだ」


 目の前にいる片倉さんがずーっと小さくなっていって、まだ幼い女の子になり、母親の膝の上で本を読んでもらっている姿を想像する。

「幸せな結婚をしてめでたしめでたしだと思っていたら、言いつけを守らなかった女の人が青髭に殺されそうになっちゃって。最期の祈りをささげて時間を稼ぐんだけど、もうだめだってなったその時にお兄さんの騎士に助けられるでしょ。ホッとしたとたん、急に怖くなって泣き出しちゃったのね」

 うん。結構怖い話だよな。トラウマもん。少なくとも小さな子供向けって感じじゃない。


「そしたら、兄がすっ飛んでやってきて、『詩織、大丈夫だ。悪い奴は兄ちゃんが必ずやっつけてやる』って。大真面目な顔で言うから、あまりの剣幕に驚いて泣き止んじゃった」

 なるほど、片倉さんのお兄さんはその時からずっと騎士をやっているんだ。合点がいった俺の表情を見て、片倉さんもうなずく。

「そうだよね。私も分かってはいるんだ。私が子供扱いされるのも、私が傷つかないように、苦しまないようにするためってことは……」

 うわー、折角話がついて終わったと思ったのにまた戻っちゃったよ。俺、話題の選択センスなさすぎじゃん。


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