それが語るはタブーに触れる戒めか?
初デートってことでいいんでしょうか
金曜日の夜、片倉さんから電話があった。マウスを放り投げ、スマートフォンを引っ掴み電話に出る。
「もしもし、こんばんは」
「こんばんは。榊原くん。今日は兄が迷惑かけてないよね?」
「ああ、会ってない」
「なら、良かった。ほら、今日は部活できなかったじゃない。放課後何かやらかしてたらと思って」
「何もなかったよ」
「そっか。それで、明日なんだけど、図書館で用事があって、11時には終わると思うんだ。その後って時間とれる?」
取れる。取れます。もちろん。
「分かった。11時に行くよ」
「図書貸し出しカウンターのそばにいるね。それじゃ」
「じゃ、また、明日」
<おーい、sbkさん、どうした?>
やべ。みんなを待たせちゃってた。
<ごめんなさい>
<準備OK?>
<OK>
”遺産の守護者”でお目当ての品が手に入らなかったので、今日またリベンジしようと集まった。途中の敵もそれなりに強いので、ある程度はスキルや魔法を消費してしまう。そして遺跡の最深部、守護者と遭遇して戦闘が始まる。汎用のBGMとは違って、荘厳な調べが流れる中、巨大な竜が出現する。
行動はこちら側の方が早い。俺と”マックス”さんが突っ込んで攻撃をするが、ほとんどダメージが入らない。まあ、それは想定のうち。後衛が様々な支援魔法・スキルを展開する。攻撃力上昇、防御力上昇、回避率上昇……。”ヨッシー”さんが相手の攻撃を引き付ける挑発攻撃に成功した。これで相手は、防御力の弱い後衛を狙うことは無くなるはずだ。
安心したのも束の間、相手のターン、初手から灼熱の
<マジかよ?>
<なんかおかしくない?>
<このままじゃ全滅だ。しゃーない、撤退>
”ヨッシー”さんが”マンティコアの翅”を使い、拠点の町”ラガシュ”の広場に戻る。死亡したキャラクターは”生命の聖水”で蘇生させる。以前は高嶺の花だった高価なアイテムも今では常用品だ。
<今見て来たんだが、今日のアップデートで敵のバランス調整をしましたとさ>
<なに~>
口々に怨嗟の声があがる。
<まあ、昨日倒せたのがおかしかったんだろうな>
<当分はまた戦力強化ですかね>
”ヨッシー”さん宛に指名チャットを送る。
<明日は日中ちょっと出かけます>
<ほうほう。頑張れ>
翌朝起きるとあいにくの雨。6月だというのに結構肌寒い。約束の時間が近づいてきたので出かけようとしたら、妹に呼び止められた。
「お兄ちゃん、どこ行くの?」
「ちょっと、図書館に」
「じゃあ、あたしも行く」
げ、そうなるか。毎週末図書館通いをしている妹に図書館に行くと言えば、こうなる展開は予想しておくべきだった。志穂は借りていた本をまとめてバッグに詰めると、
「おまたせ~、いこ」
お昼は家で食べるか聞く母親にいらないと答えながら慌てて思考を巡らす。幸いなことに我が市の図書館はかなり立派だ。児童書を扱うコーナーは別室になっている。そこに入れば志穂は2時間は本漁りに夢中になっているだろうから、後で迎えに来ると言って、貸し出しカウンターに行けば、それなりの時間は喋れるな。よし。
志穂の本で膨れているバッグを持ってやる。これ何冊入っているんだ。結構重いぞ。10分歩いて図書館の入っている建物に着いた。11時までにはまだ間があるが、探知器を通り抜け、図書館に入る。志穂が借りていた本を返却し、児童書コーナーに向かうのに付き合う。ポップなカラーリングの別室に入っていき、児童書コーナーの横にあるガラス張りの部屋の前を通ったときだった。志穂が小声で言う。
「あ、あれ、いちごちゃんじゃない?」
指さす先には片倉さんがいた。未就学児なのだろう、小さな子供たちを集めて、読み聞かせかなにかをやっている中に、エプロンをつけた片倉さんの姿があった。ガラス越しに手を振る志穂。そして、小さな男の子の世話をしていた片倉さんがふと顔を上げる。ばっちり視線があった。目を見張る。そして、志穂に向かって、小さく手を振った。
「ふーん」
訳知り顔で俺の顔を見る志穂。なんだよ、その眼は。
「それじゃ、ここにいるから。忘れずにちゃんと迎えに来てよ」
ささやくと志穂は書架の中を歩いて行った。
俺は肩をすくめて、貸し出しカウンターのそばに移動する。カウンターの近くには、特設の展示台があり、月ごとに統一のテーマで選んだ絵本が陳列してある。今月のテーマは青色のようだ。暇つぶしにいくつか手に取ってパラパラと目を通す。それほど待たずに声をかけられた。
「お待たせ」
振り返ると片倉さんが思ったより近くに立っている。デニムパンツと薄いピンクの長袖カットソー姿に黒のハンドバッグを肩から下げている。いつもの制服姿より大人びた感じだ。俺が声をかけるより早く、あら、といった顔をして展示台の1冊の大型の絵本を手に取った。
全体的に薄暗い部屋のなかで一人の男性が花嫁衣裳を着た女性の手を取っている。はにかむ女性とは対照的に、男は何か考え込むような表情をしているが、目を引くのは顔の下半分を覆う見事な青髭だ。しばらく、その表紙を見つめた後、そっと本を元に戻す。そして、片倉さんは先に歩き出した。こちらはご主人様に付き従う飼い犬のように後ろをついて歩く。
図書館を出て2人でエレベータに乗る。エレベータの中で片倉さんの斜め後ろに立つと、ふわっと桃のようないい香りがした。片倉さんは最上階の5階で降り、建物に併設されている喫茶店に入っていく。休日の午前中のためか、ほとんど客はいない。窓際の席に座る。頼んだコーヒーを置いて店員さんが離れていくと片倉さんが口を開いた。
「気が付いたら榊原くんがいるんだもん、驚いちゃった」
「驚かせてごめん。出がけに妹が一緒に行くっていいだしてさ。約束の時間までまだあるから大丈夫かなと思ったんだけど」
「そっか」
「読み聞かせやってるんだ?」
「ううん。私はお手伝いだけ。今年からボランティアで始めたんだ」
「そうなんだ。すごいね」
「すごくはないよ。ちょっとしたお手伝い。ここ結構利用しているから」
「へえ、どんな本読むの?」
「主に推理小説。榊原くんも読む?」
「ちょっとだけ。コナン・ドイルとか」
「ホームズ読むんだ。ね、どの話が一番好き?」
声が弾み、うれしそうに聞いてくる。この反応、筋金入りのシャーロキアンなのか?うかつなことは言えないな。
「あ、ごめん。今日は別の話があるんだったね。時間はどれぐらい大丈夫なの?」
「妹はあそこに行ったら2時間は声かけても帰ろうとしないから、まだしばらくは大丈夫」
「それじゃ、この間の話の続き教えて」
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