気軽に他人をシスコン呼ばわりするんじゃねえ

「ほれ、メッセージ見なくていいのか」

「いや、ヨッシーさんと話中じゃん」

「ああ、構わんから出ろよ。俺も気になる」

「それじゃ、すいません」

 スマートフォンを見ると、やはり、片倉さんからだ。


<今日は色々とありがとう。それでね、兄に誰と一緒だったか聞かれて、隠すのも変だし、答えちゃった。事情は説明したから大丈夫だとは思うけど、一応伝えておくね。それと今日の話の続き、明日は先約あるので、明後日時間あるかな?それじゃ、おやすみなさい>

 マジか。片倉豪の巨大な姿が目蓋に浮かぶ。


<警告ありがとう。明後日は特に予定ない。おやすみ>

 手早く返信し、顔を上げるとにやにや笑ったヨッシーさんが口笛を吹く真似をする。

「おやすみなさいのメッセージなんて、まるで恋人同士のようじゃないか」

「いや、これはただの事務連絡とその返事だろ」

「そうかもしらんが、文字面だけみればなあ。しかし、瞬時にふみのやり取りができるとはなあ便利な時代だよな。まあ、墨の香りとともに相手の筆跡を確認するのも趣があってよいものではあるがな>


 遠くを見つめるような表情で、何かを思い出しているようだ。そんなひとときを邪魔するのは心苦しいが、遅い時間なので先ほどの会話の続きを聞く。

「それでさ、さっきの話の続きだけど、直接告白するのはあまり有効じゃないってのはどういうこと?」

「ああ、簡単な話さ。相手はまだ恋愛をする気がなさそうだからさ」

「そうなのかな?」

「お兄さんがすぐそばにいるからな」

「邪魔をするってこと?」


「そうじゃない。まあ、そういう面もあるか。ただ、それよりもな、立派な兄に比べたら周りの男どもは頼りなくて見劣りするってことが大きいな。その2人なんだかんだで仲がいいんだろう?」

「そうだね。そんな感じはする」

「な。2歳年上の出来のいい兄と張り合うのは厳しいぞ。だから、いきなり恋愛ではなくて、相手の信頼を積み重ねていくのがこの場合の作戦としては成功率が高い」


「それでさ、なんでヨッシーさんはこの件にこんなに熱心なの?」

「え? 何か不満か?」

「いや、そうじゃないけどさ。随分と片倉さんにこだわる感じがして」

「だってお前、その子のこと好きなんだろ?」

「まあ、それは否定できないんだけどさ。前に、これを逃したら後がないみたいなこと言ってたでしょ」

「ああ、言った」

「そこが分からなくて」

「ああ。それは志穂ちゃんがいるからさ」

「なんで、ここに志穂がでてくるんだよ?」

「だって、お前、妹の事大事だろ」

「ああ、もちろん。でも、妹は妹だし、関係ないじゃん」


「それが関係あるんだなあ。啓太が誰かと恋仲になったとするだろ、その相手は自分を最優先にすることを期待する。そこに志穂ちゃんが存在すると、相手はそれに嫉妬してしまう。『私と妹どっちが大事なの?』ってな」

 裏声で変な声真似するのやめてください。


「それは、違うと思うんだけど。妹は大事、彼女も大事。それじゃダメなの?」

「大抵の場合はダメなのさ。ただ、片倉さんの場合はその点あまり心配しなくていい。彼女自身もお兄さんに大切にされてきたんだからな。妹は別枠ってことを理解してくれるはずだ」

 そういうことか。なんか、気を回しすぎって感じもするけどな。まだ、付き合い始めてもないのに。


「まあ、世間は簡単にシスコンだのなんとかコンだの言いすぎる。親子兄妹は選べないんだからさ。自分が大事にしたいと思える肉親がいるってことの有難さ分かってないんじゃないかねえ」

 なんか妙に熱く語ってるな。まあ、ヨッシーさんは無理もないか。親子2代の父子相克とか、なかなかにハードな人生を送ってんだもんなあ。


「自分を慕う妹が愛おしいというのは不思議じゃないし、妹の幸せを願う気持ちに疚しさは一点もない。なのに斉の襄公のような不届き者のおかげで、無用な誤解を受けてしまうんだよな」

「せいのじょうこう?誰それ?」

「春秋五覇の一人、斉の桓公は知ってるか?」

「うーん、知らないや」

「管鮑の交わりは?」

「それなら分かる。仲の良いことを表す言葉だよね」

「そうそう、それは管仲と鮑叔のことなんだけど、その二人が仕えたのが斉の国の桓公。中国古代の春秋時代の名君とされているんだけど、その兄が襄公なのさ」


「ふーん。ヨッシーさんて色んなこと知ってるよね」

「まあ、漢籍は俺の生きてた時代じゃ常識だから」

「で、その人何したの?」

「妹に手を出した。さらに、妹の旦那を殺してる」

「え?」

「ドンビキだろ。それを史書に書かれて二千年以上の後まで語られちゃうんだからな。悪事を為した本人は墓の中で恥ずかしさにヘソでも噛んでろってとこだが、後世の妹好きがみな邪な気持ちを抱いていると思われるのはたまらんな」

「そうですね」


「ということで、話が長くなったが、いかにその子が貴重な存在なのか理解したかい」

「分かったよ。でも、それが好きになる理由ってのは変だと思うけど」

「もちろん。あくまで付随的なものさ。ところで、もっと目の前の大きな問題について思いを巡らせる必要があるな」

「もっと大きな問題?」

「ああ。片倉さんのお兄さんさ。部活誘われてるんだろ。そろそろ決着つけないとしびれを切らすんじゃないか」

 へいへい。おっしゃるとおりでございます。自分が当事者じゃないからって気軽に言ってくれるじゃないか。


「で、三択のどれを選ぶんだ。まあ、帰宅部を続けるという選択肢はないのは分かるな?」

「そうかな」

「この状況で中立を選択するのは両方に印象が悪いぞ」

「そうかもしれないけどさ」

「煮え切らないな。あ、ひょっとして俺に遠慮しているのか?だったら、つまらん遠慮はしなくていいぞ。そういう変な気遣いをするな。それは俺の望むもんじゃない」


 人の考えていることを全部見通せるわけじゃないって言ってたけど、”ヨッシー”さんは本当は心が読めるんじゃないか。部活をするってことは、平日の数時間、いままで遊んでいた時間が無くなるってことだ。それはつまり、その時間”ヨッシー”さんをほったらかしにするってことで、今まで散々お世話になってきた恩を仇で返す感じがするのだけど……。


「それじゃあさ、それでヨッシーさんは平気なの」

「まあ、ちこっとはつまらんが、ほんの数時間だろ。それにだな、今の状況が今後どうなっていくのか、ヒジョーに興味がある」

「それって覗きみたいなもんじゃない。趣味わるー」

「ということで、それなりに俺も楽しませてもらってるので気にするな。剣と弓、兄と妹、好きな方を選べばいい」

「語弊がある要約はやめて欲しいな。まあ、今晩もうちょっと考えてみるよ」

「まあ、明後日も大事だしな。下手なことして嫌われるなよ」


「色々なアドバイスは肝に銘じておくよ。なんか、ズルしてる感じがして後ろめたさもあるけどさ」

「なにがズルなんだ?」

「ほら、俺はヨッシーさんのアドバイスによって実際の自分以上に相手に良く見せてるわけでしょ」

「アドバイスを実行できるのも実力のうちさ。それに今は色んな分野でAIが人間を支援する時代だぜ」

「なんで、ここにAIが出てくんのさ」

「あの世インテリジェンス、つまりはAIだろ?」

「なんだよそれ。だいたいヨッシーさんまだあの世に行ってないじゃん」

「成仏できない哀れな魂に対してそんなひどいことを言うのね。啓太ってイケズ」

 また変な声色を使ったと思ったら笑い出し、そしてフッと消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る