大切な妹とダメな兄
翌日は土曜日。志穂が行きたいと言っていた水族館に珍しく家族で出かける。最近、土日は両親が出かけて妹と2人で留守番が多かった。あの夜以来、俺と父さんの間はギクシャクしたままだが、表立ってケンカをすることはない。右手を父さん、左手を俺とつないで、志穂はあちらの水槽、こちらの水槽と見て回る。
触れ合いコーナーでサメが触れるのを知り、興味津々だが、サメという名前にちょっとためらっている。
「かみつかれたりしないかな」
「大丈夫だよ」
「じゃあ、お兄ちゃんやってみて」
悠々と泳ぐ1匹のサメがそばに来たので触って見せる。ざらっとした感触が手に残った。振り返ってみて、ほら平気だろ、という顔をして見せる。意を決したのか真剣な面持ちで、身を乗り出して水に手を入れる。その手首をそっとつかんでサメに触らせてやる。
「ひゃあっ」
変な声を出して、水から手を出すと、クスクス笑い出した。
「変な感じ。でもおもしろーい」
昼時になり、広場で母親の作ったお弁当を食べる。良く晴れており、日中はポカポカしていて外で食事をするには丁度いい気温だ。甘い卵焼き、鳥のから揚げ、ちくわキュウリとプチトマト、そしておにぎり。家族で出かけるときの定番メニュー、志穂の好物スペシャルだ。
「いただきまーす」
早速、おにぎりに手を伸ばした志穂が、顔をしかめて、一かじりしたおにぎりを僕の方に突き出す。
「梅干しだった。お兄ちゃん交換して」
「梅干しのも食べなさい」
そういう母さんをちらりと見て、別のおにぎりを手に取り、中身を確認してから志穂と交換する。
「やったあ、たらこ。お兄ちゃんありがとう」
にこにことしておにぎりを食べる。梅干しはあまり得意じゃないけど、ま、いっか。
午後は、イルカのショーを見て大はしゃぎし、ショップで買ってもらったイルカのぬいぐるみを大切そうに抱えて、大満足な1日を過ごした志穂を連れて、家に帰ったのは、もう暗くなってからのことだった。興奮冷めやらぬ志穂も1日の疲れが出たのか、夕食中に寝そうになり、母さんが世話を焼いて寝かしつける。それを見届けてから、自室に入った。
<こんばんは>
ログインして挨拶するのに被せるように”ヨッシー”さんが反応する。
<こんばんは>
他のメンバーからも挨拶が返ってくる。そして、個人チャット着信の合図。
<今日は土曜日なのにずっと来ないから心配してた>
<すいません。ちょっと出かけてただけ>
<ならいいんだけどさ。ぜんぜんログインしないからちょっとな>
心配してくれてたんだ。なんか誤解させちゃって申し訳ないな。
<少しだけインしようと思ったんだけど、妹が早く行こうってしつこくて>
<妹?ふーん、そうか。それなら、仕方ない>
<”ヨッシー”さんも妹さんいるの?>
<ああ。いる。だから良く分かるよ。そうだ、みんな待ってんだ。青の洞窟いこうぜ>
”青の洞窟”は、適正レベル40以上。うちのメンバーは30台が多いのでちょっと厳しい相手だが、入手できるアイテムが貴重なのでぜひクリアしたい。敵は全体攻撃をしてくるのが多く、壁役の”ヨッシー”さんが攻撃を引き付けきれなくて、クリアしても生き残りが”ヨッシー”さんだけになってしまう。これでは入手したアイテムの取得に参加できないため、あまり意味がない。
今日は作戦を変えて、全員防御のなか、”ヨッシー”さんが1体ずつ倒す作戦になった。激戦の結果7名中3名が生き残る。自分もなんとか生き残り組。そして、期待の入手アイテム……。やった、狙っていた”祝福された長剣”だ。おめでとうというメンバーのお祝いのメッセージがチャット欄に並ぶ。装備してみると今までとの差は歴然としていた。これでやっとアタッカーの役割を果たすことができそうだ。自分が強化されたことで戦力が向上し、その日と翌日の”青の洞窟”周回では全員が生き残れるようになる。各人がアイテムを入手できるようになり、メンバーの戦力が飛躍的に向上して、”マックス”さんが抜けた分の戦力ダウンは問題にならなくなった。
こうして、つまらない学校と楽しいCALといういつもの生活が戻ってきた矢先、この生活に大きな変化を起こす出来事が起こった。
その日は開校記念日とかで授業はなく、朝から家で遊んでいた。母親に用事があるため、久しぶりに志穂のお迎えを頼まれていた俺は、遅れてはまずいのでキリのいいところでゲームをやめて家を出る。かなり早かったが幼稚園に向かった。まだ帰りの時間まで時間があるせいか、園児たちが園庭で遊んでいる。柵の外から志穂の姿を目で探すと砂場にいた。そして、何やら言い争いをしているのが、風に乗って途切れ途切れに聞こえてくる。
「……かえして……」
「やだよー」
「ねえ、スコップか……」
「……つかってるんだもん」
「……のいじわる」
そこに幼稚園の先生が割って入る。2人をたしなめているが、相手の子が叫ぶ。
「だって、こいつのにいちゃん不登校じゃん。姉ちゃんいってたもん」
その声に志穂の顔がパッと赤くなる。そして、両手いっぱいに砂をすくうと相手の子に投げつける。
「お兄ちゃんは……」
風向きが変わり語尾は聞き取れない。相手の子が泣き出し、大騒ぎになる。いたたまれなくなり、幼稚園から離れる。
近所の公園のブランコに座って、今見た光景を思い出す。怒りと恥ずかしさとがないまぜになって頭の中がぐるぐる回る。しばらくそうしていたが、はっとして時計を見る。まずいお迎えの時間だ。走って幼稚園に向かう。
園児の少なくなった玄関で志穂は待っていた。こころなしか寂しげだったが、僕の姿を見つけると表情が変わる。
「おにいちゃん、遅い!」
「ごめん」
「じゃ、かえろ。先生、さようなら~」
連れだって、家に帰る。帰る道すがら、以前のように楽しそうに幼稚園でのことを話す志穂に質問する。
「そうか。幼稚園楽しいか?」
「うん、どうして?」
「いや、ちょっと……」
言葉を濁しながら、情けなさに胸が張り裂けそうだった。そんな気持ちを知ってか知らずか、志穂は
「今日はおやつ何だか知ってる?」
「プリン」
「帰ったら一緒に食べようね」
「ああ」
そう言いながら妹の顔がまともに見れなかった。
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