つらい現実
チャットルームを開く。
<ヨッシー:ああ、来てくれたか。良かった。いい大人がみっともない姿をみせてゴメンな>
<sbk:ヨッシーさんが謝ることないよね>
<ヨッシー:sbkさんが来る前に決着つけたかったんだけど、長引いちゃって嫌なところ見せちゃって悪かった。子供相手にありゃひどすぎる>
<sbk:子供?>
<ヨッシー:そりゃ分かるよ。9月1日から急に昼間いなくなるんだもん。それに前にさ、大人の会話に着いてこれないことがあったよね>
そうか子供ってバレてたのか。しかし、そう簡単に子供ってこと認めるわけにもいかないし……。
<ヨッシー:そうか。ネットじゃ見知らぬ人に自分のこと教えちゃいけないって習ってるわけだ。じゃあ、はい、とも言えないな。まあ、いいや、俺が勝手にそう思ってるってことで>
先ほどの、お前がいなくなればいい、その言葉の棘が痛くてつい聞いてしまう。
<sbk:ねえ、僕ってじゃまなのかな?>
<ヨッシー:いやいやいや、あれは完全な八つ当たり。だいたいPKパーティやったの俺じゃない。なんでそれでsbkさんが出てけって話になるのさ。変だろ>
<sbk:でもさ、他でもそうなんだ。ゲームの中でなら、そんなことは無いって思ってたのに。でもやっぱり、ここでも。僕の何が悪いの?>
震える手でキーボードを打つ。
<ヨッシー:ゲーム内でのことだったら、もう俺の結論はわかるよな。sbkさんは悪くない。でも、それだけじゃ納得できないというなら、何があったのか聞かせてくれないか。ああ、細かいことはいいから、人の名前とかはね>
つい、感情に任せて質問したものの、事情を聞きたいといわれると……。
<ヨッシー:あのさ、今日のこと、sbkさんがもう気にならなくて、これまで通りにCALで遊べるっていうなら、それでいいんだ。今すぐ戻って遊ぼうぜ。でも、今日のことが原因で、遊びに来づらくなったりして欲しくないんだよ>
<ヨッシー:完全に俺の都合で悪いんだけど、友達と一緒の方が楽しいんだ。だからさ、skbさんの力になりたい>
僕は”ヨッシー”さんの友達なの?友達なんて、せっかく仲良くなっても、父さんの転勤が決まれば、お別れしなけりゃならない。でも、ネット上ならずっと友達でいられるのかな。”ヨッシー”さんはいい人だ。この3カ月CALで嫌な思いをしたことはない。
<sbk:あのね>
”ヨッシー”さんに昨年来の話をする。あるスポーツでいい成績を収めたこと。授業中、北条早雲のことで先生にちょっとしたことを指摘したら物凄い剣幕で怒られたこと。誤解から先生に睨まれるようになり、やがてクラスの皆に除け者にされたこと。ついに学校に行けなくなったこと……。
<ヨッシー:なんかすげーなあ。sbkさんって小学生だろ、つーことはまだ元服もしてないよな。今時の子供ってこんなに大変なのか>
<sbk:ヨッシーさんの子供の頃の学校ってこんなじゃなかった?>
<ヨッシー:ああ、うん。そうだな>
<sbk:それで、どう思う?>
<ヨッシー:やっぱり、sbkさんはぜーんぜん悪くないじゃん>
<sbk:僕のこと、ひいきにしてるんじゃなくて?>
<ヨッシー:ああ、もちろん。どー考えても、その担任の先生ってのが悪い>
<sbk:じゃあ、でも、なんであんなに急に怒り出したのかな。やっぱりなんか僕が悪いことを>
<ヨッシー:違うよ。人には他人には分からない変なスイッチがあるんだよ>
<sbk:変なスイッチ?>
<ヨッシー:もう、想像するしかないけどさ、sbkさんのやってたスポーツと同じスポーツが得意だった男の子にさ、間違いを指摘されたことが原因で授業をめちゃくちゃにされたことがあるんじゃないかな。また同じことが起きるんじゃないかっていう怖さがスイッチを押すんだ。それで変な行動にでてしまう>
<sbk:じゃあ、僕がスイッチを押したんだよね。それって僕のせいってことじゃない>
<ヨッシー:そこにスイッチがあるなんて知りようがなかったんだ。知ってて押したわけじゃない、sbkさんは悪くないよ。それにさ、その先生は必要以上の反撃をしてるじゃないか。クラスの生徒を使って一人の生徒を攻撃させるなんてまともな大人のすることじゃない>
<sbk:それじゃあ、クラスの子が僕を除け者にしているのは、先生がやらせていたの?>
<ヨッシー:そうだと思うよ>
<sbk:あんなにひどいことを先生に言われたからって、それだけでするのかな>
<ヨッシー:するんだよ。人はね、自分が偉いと思う相手に言われると、人が死ぬようなことだってやってしまうんだ>
<sbk:ちょっと信じられないな>
<ヨッシー:そうだな。でもこれは有名な実験で確かめられていることなんだ>
<じゃあさ、先生がいなくなったのにどうして?他の学校に行ったというのはウソなの?まだ、学校にいてみんなに命令してるの?>
氷の手で、心臓をつかまれたような気がした。まだ、田代先生が近くにいるの?今でも時々夢でうなされるあの声が蘇る。ちょっと剣道ができるからって生意気よ。
<ヨッシー:いや、そうじゃない。その先生はもういないよ。ただ、新しい担任の先生は頼りない感じなんだろ。だから、みんなは前の先生の方が偉いと思っている。新しい先生の言うことを聞いていないだけだ>
<sbk:だったら、時間が経てば、またみんなと元通りになれるかな?>
期待を込めて聞く。
<ヨッシー:うん、そうかもな>
<sbk:それって、いつぐらい?>
しばらく間が空く。
<ヨッシー:いや、気休めはやめよう。残念だけど、もうそれは難しいと思う>
そんな……。
<ヨッシー:人の心って難しいんだ。先生が変わったってことは、sbkさんが学校に通えなくなったことで、色々調べられたんだと思う。その中で、クラスメートは注意されたり、叱られた。先生に言われた通りにしただけなのにね。それって不満だよね。でも指示を出した先生はもういない。だから、その不満は今いる人に向かっちゃうんだ>
<sbk:それっておかしいよ>
<ヨッシー:おかしいね。もうちょっと成長すれば、そのおかしさに気付ける子もでてくるかもしれない。でもそれは今すぐじゃない。すまんな。大丈夫って言ってやれればいいんだけど>
ちゃんとした大人から自分が悪くない、と言ってもらえてホッとした。父さんや母さんも大人だけどこちら側の人間だ。心のどこかで今の状況は自分にも悪いところがあったんじゃないかと思い続けているのはきつい。それを明確に否定してもらえたことはうれしかった。同時に今の状況から容易に抜け出せることはないと言われたことに動揺する。
<sbk:ううん。ありがと。今日はもう落ちるよ>
<ヨッシー:ああ、また明日な>
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