部活?パスパス

 うちの高校は、諸事のんびりしていると言ったが、部活に関してものんびりしている。別に入りたくなければ、入らなくてもいい。そういう制度ではあったが、盛んな部はそこそこ強い。野球部は過去に1度だけとはいえ甲子園に出たこともあるし、剣道部もインターハイ出場している、らしい。そういったところが新入生を確保するのは簡単だが、そうではないところは毎年苦労することになる。


 そこで、なるべくスムーズに勧誘活動を行えるようにというのが、部活のオリエンテーリングだ。4月末の金曜日の午後、まだどこにも入部届を出していない1年生は、首から氏名を書いた札をぶら下げて、体育館内の各部のブースを回らされることになる。


 こんなメンドクサイことになるんだったら、どこか適当な部にとりあえず入部届だけ出しておくんだったと不謹慎なことを思いながら、俺は頃合いをみてバックレようとテキトーに通路を流していた。左右のブースからは、名札をもとに勧誘の声がかかる。もう入部届を出した1年生にとってみれば、同じクラスの同級生は貴重なターゲットだ。めざとく見つけると、声をかけている。ただ、俺に声をかけてくるやつはいない。クラスで話をするのは何人かいるが、そろって帰宅部組だ。


 もちろん、上級生はクラスに関係なく、声掛けをしてくる。

「榊原くん、ちょっといいかな?卓球って興味ある?」

 そういった声かけに対してあいまいな笑みをうかべながら首を横に振り、始まって10分ではまだ脱出には早いかな、と思いつつ、出口の方に移動を始める。


「榊原啓太くんって、あの榊原くん?」

 声をかけてきたのは、例の片倉さんだった。あの、というからには過去に自分のことを知っているのだろう。だが、こちらには見覚えがない。どこかで会ったことが……という思考をできる状況ではなかった。今日の片倉さんは弓道着を着ている。黒い袴と白の上着は、凛とした雰囲気を作り出し、大勢の人いきれによる蒸し暑さのためか頬をほんのり上気させた顔と相まって、破壊力抜群だった。これは反則だろ、と訳のわからない感想を抱く以外に頭が働かない。すべての機能が視神経に集まってしまったかのようだ。


「やっぱりそうだ。小学校のとき、剣道の全国大会に出てた榊原くんだよね」

「え」

「わたし、あのとき大会を見に行ってたんだ。すごかったよね、あの試合」

 懐かしい記憶だ。あの頃はまだ……。

「榊原くんはやっぱり剣道部入るんだよね。じゃあ、うちには来ないかあ。あれ?でも、今日回ってるってことは、まだ決めてないのかな」

「ごめん。ちょっと」

 口の中でもごもごと言いながら、出口を目指して歩き出す。

「もし良かったら弓道部も考えてみてよ」

 その声を背中に受けながら、俺は足早に体育館から出て行った。


 高校から自宅までは、幹線通りを自転車で25分、ぶっ飛ばせば15分の距離だ。4月の爽やかな風を受けて自転車をこぐ俺の背中は、冷や汗で濡れていた。小学生時代の俺を知っている存在がいることに動揺している。そう、小学校時代のことであって、小学校生活を知っているわけではない、と自分を落ち着かせるように言い聞かせる。だが、わずかでも自分の過去への扉へのカギを持つ存在がいることは疎ましかった。そのカギがいつ自分の知られたくない秘密を暴くカギにならないとも限らないからだ。


 自宅マンションの駐輪場に自転車を止め、鍵でオートロックを解除する頃には少し落ち着きを取り戻していた。エレベーターで8階に上り、自宅のカギを開ける。オリエンテーリングを早々に切り上げてきたせいで、家にはまだ誰もいない。妹の志穂が帰ってくるまでにまだ1時間弱はあるだろう。


 自室に入り、パソコンの電源を入れる。ログオンし、Call of the Ancient Legacyを起動。5年ほど前からプレイしているゲームで、通称はCAL、ほぼ毎日のように遊んでいる。しかし、画面には非情にもメンテナンス中の文字が表示されていた。なんだ、メンテ延長かよ。仕方なく、ブラウザを立ち上げて、チャットルームにアクセスする。するとすぐに、


<ヨッシー:お、今日は早いな。なのにメンテ延長とかついてねーな>

 良かった。"ヨッシー"さんがいる。

<sbk:ですね。まあ、でも、こっちにヨッシーさんがいて良かった>

  ”sbk”は俺のゲーム内とチャットルームのユーザー名。

<ヨッシー:ん、どした?>

<sbk:今日、学校で小学校の頃の俺を知ってるというのに会っちゃってさ>

<ヨッシー:ふーん。で、昔の傷がうずいたってわけだ>


 いつもどおりカンがいい。学校でのやりとりを説明し、アドバイスを求める。

<ヨッシー:でもなー、どうしようもないだろ。話を聞く限り、あの件を知ってるわけじゃなさそうだし、放置でいいんじゃないか>

<そうかな>

<ヨッシー:取り越し苦労はしてもしょうがないだろ、心が重くなるだけだし、百害あって一利なし>


 まあ、その通りではある。理性では分かっているつもりでも、感情的にはすっきりしていなかったが、”ヨッシー”さんがそういうならと納得することにした。

<ヨッシー:そんなことよりもさ、その子、かなり可愛い子なんだろ。やったね、お近づきになるチャンスじゃんか。うらやま>

<sbk:いや、そんなことねーし>

<ヨッシー:照れるなよ。お近づきになっておいて損はないだろ。学校行くモチベになるじゃないか。ほんとは興味あるんだろ?な、今度写真みせろよ>

<sbk:人の話聞いてんのか。写真なんて持ってるわけないだろ、このロリコン>

<ヨッシー:ひでえ>


 日ごろから何でも”ヨッシー”さんにはしゃべっているのだが、片倉さんのこと可愛いと話していたことはちょっと後悔した。でも、こんなチャットをすることで少しは心が晴れた。

<ヨッシー:お、メンテ終わったみたいだぞ、行くか?>

<sbk:ごめんなさい。そろそろ妹が帰ってくるから、後でいい?>

<ヨッシー:OK牧場>

<sbk:なんだよそれ。じゃ、またね>

 しばらくすると、玄関の方で音がする。

「お兄ちゃん?帰ってるんだ」

 俺のかけがえのない妹、志穂の声がした。


 

 

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