真・シスコン同盟誕生!
新巻へもん
美しい花には棘があり、面白いサイトには罠がある
なぜ俺なんぞに声をかけるのさ?
「SNS占い?ばっかじゃねーの」
思わず大きな声が出てしまった。周囲の注目を集めてしまい、複数の視線がこちらを向く。しかし、言われた当の本人はあっけらかんと、隣の空いた席に座りながら、
「ねえ、そんなに真剣に考えることないじゃない。ちょっとした遊びだから付き合って。あたしの情報は入力済みなんだから、榊原くんの情報入力してよ」
ふう。今度は声が大きくならないようにしなきゃ。まあ、こうなっちゃあまり意味はないが、これ以上注目を集めたくない。なるべく落ち着いた声で、
「それ、たぶん詐欺だから」
「え。でも、ほら、これ最近女子の間で人気のサイトらしいよ。結構当たるっていうんで人気らしいし……」
「ちょっと貸して。入力項目は、えーと、CHAINのユーザー名に、氏名、性別、生年月日、電話番号」
やっぱりだ。メッセージアプリCHAINのユーザー名を入力するだけなら、まだ、ただのしょーもない占いサイトである可能性がある。CHAINのアカウントは高校生なら大抵持ってるし、ユーザー名が分かってもそれがどこの誰かは分からない。何かあれば、破棄して作り直せばいい。しかし、氏名や他の情報も一緒になると話は別だ。
「SNSで相性占うのに、なんで他のデータがいるんだ。おかしいだろ」
「ユーザー名だけよりも、もっと正確に分かるんだって」
「あのな、CHAINのユーザー名だけなら、それが誰かは赤の他人には分からない。だろ?」
「うん」
「で、今ここに入力されてるデータがあると、”あどらーさん”は片倉詩織15歳女子ってことが分かってしまう。ご丁寧に電話番号まで分かるんだぞ。JKと仲良くなりたいなあ、というどっかのおっさんにデータ高く売れるよな?」
「あ」
「まだ、データ送信はしてないんだな。あぶねーから消しちゃうぞ」
データを消して、ブラウザを閉じ、スマートフォンを返す。そのとたん、冷たい声が聞こえてきた。
「さすが、オタクは何でも知ってるのねえ」
ああ、くそ。メンドクサイ奴が……。同じクラスの藤川愛莉が少し離れたところに立ち、整った顔に不似合いな嫌な笑みをたたえながら、こちらをにらんでいる。その後ろにはいつもの取り巻きが4・5人。険悪な雰囲気に気づいているのか、いないのか、能天気な片倉の声がそれに応じる。
「そうだよねえ。榊原くんってホント物知りだよね。感心しちゃう。お陰で個人情報漏れなくて助かっちゃった。じゃ、休み時間終わるし、自分のクラスに帰るね」
と同時にチャイムが鳴り始め、他の生徒も自分の席に着席を始める。藤川もインド洋すら凍り付かせそうな、冷たい一瞥を俺に投げつけて、席に戻りだした。
数学の竹井先生の少し甲高い声をぼんやりと聞きながしながら、今の境遇に思いを巡らす。6月中旬の梅雨に煙る校庭を眺める俺の心は、天気と同じようにどんよりと重苦しかった。はあ、なんで、こんなメンドクサイ目に合うんだろう……。
俺、榊原啓太は都立城西高校の1年生だ。都立城西は、そこそこの大学進学実績を持つ割には、諸事のんびりとした高校で、上位進学校にありがちなギスギスとした感じや、いくつも窓ガラスが割れていたりするような困難校の殺伐とした空気はない。ここで3年間の高校生活を目立たぬようにまったりと過ごす予定だった。
その淡い希望を打ち砕いてくれたのが、俺と同じ1組の藤川愛莉だ。藤川は入学式でも、すげー可愛い子がいるといって評判になったほどの派手な美人だし、メイクもばっちりキメている。スタイルもいいし、体の要所・要所が見事な発育を遂げていて、人目を引かずにいられない。高校生活を送りながら芸能活動もしているらしい。性格は気位が高く、自分が1番じゃないと我慢できないタイプで、態度もデカい。入学早々1か月もしない間に、自らの派閥を築き上げていた。
最初の頃は、俺は藤川の視界にすら入っていなかったと思う。藤川の基準に合格したイケてる男女を周りにはべらせていたが、幸か不幸か俺はその基準を満たしていなかったようだ。しかし、忍者のようにクラスの空気となるよう努力をして、なんとかうまくいっているとほっとしていられたのは、片倉詩織が俺に話しかけてくるまでの束の間のことだった。
2組の子もかなり可愛いんじゃね?というささやき声は俺の耳にも入っていた。高校に通うのは親との約束で、義務を果たすためだけにステルス高校生活を送っていたが、流石に1日中無言というわけにはいかないし、目立たないためにもある程度は他愛もない会話に付き合う必要がある。この年頃の男子高校生の話題と言えば、もちろん中東における政治情勢ということはあるはずもなく、誰が可愛いだの、誰のが大きいだのというリビドー全開の話にならざるをえない。
その2組の片倉さんと俺の前の席の中川は、クラスこそ別だったが同じ中学だったということで、中学時代のエピソードを周囲の席の人間に語ってみせた。彼女は中学で男女問わず割と人気者だったが、特定の相手と付き合うということは無かったそうだ。彼女がそういう興味があまりなさそうということもあったが、彼女には2つ年上の兄がいて、ちょっかいを出すことを禁止していたというのだ。
「でな、その禁止命令を破って、しつこくデートに誘っていた奴がいたんだわ。まあなかなかのイケメンでさ。そしたら、ある日を境に全く声をかけなくなったどころか、近くに行くこともなくなったんだ」
「なにがあったんだ?」
中川は握りこぶしを作り親指を立て、自分の喉に向け、横に引いて見せながら、
「兄貴にシメられたらしい。なんつーか、すげー兄貴でさ。あだ名は世紀末覇王だぜ。ちなみに、その兄貴はこの高校にいるんだな。つーことで、彼女に手を出すのは命がけだね。ま、俺なんざ彼女に相手されるわけねーけどな」
中川から話を聞いたからというわけではないだろうが、その日、帰宅しようと校門に向かう途中で、連れの子と笑いさざめきながら廊下を歩いているところをすれ違った。ショートの黒髪と生き生きとした目が印象的な女の子で、「駅前の豊島屋のいちご大福はねえ、ほーんとサイコーなんだよー」という弾んだ声も心地いい。噂になるだけのことはあるな、と思ったのは一瞬で、ま、俺にはカンケーないや、と家路を急いだ。
隣のクラスの女子との接点なんて、そう簡単にできるものじゃない。高校生にとって、クラスの間の壁は刑務所の塀なみに高い。なかにはそうじゃないのもいるだろうが、少なくとも俺にとってはそうだった。そもそも、隣のクラスと接触しようという気すらなかった俺が片倉と言葉を交わすことになる可能性はほぼゼロである。ただ、物事はゼロでなければ存在するのだという真理を、俺は部活のオリエンテーリングの際に知ることになるのだった。
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